第13話 一目惚れ
花梨を追い掛け、またも亮太はマクドナルドのトイレ前へ。
トイレに近い席の他校の女子の集団から「あの人、さっきは違う女の子トイレに連れてなかった?」「ウソ、サイテー!」等というヒソヒソと言うには大き過ぎる声が聞こえてきた。そういうことをファストフード店で騒ぐ方がサイテーな気もしないでもないが、亮太は何も言えない。
「……どうしたんだよ急に」
軽く走っただけにも関わらず花梨は肩で息をしており、頬もほんのり蒸気して赤い。明らかに様子がおかしい。亮太は外野の声は聞こえないフリをして声を掛ける。
「もしかして急に体調悪くなったのか?」
これは只事ではない。そう判断して亮太は気持ちトーンを柔らげて再度声を掛けるとどうやら当たりだったらしい。花梨は小さく頷く。
「……反則でしょ」
「……は?」
何かファールでもあったのだろうか。亮太が首を傾げると花梨は続け様に不貞腐れた声で続ける。
「何あの顔の良さ」
「……? 俺のこと言ってんのか?」
「んな訳ないでしょ」
確かにそうだけど、もうちょいオブラートに包んでほしい。男心は複雑なのだ。
「……二ノ宮翠のことだよ」
「……ああ、まあ確かにそうかもな」
……ってなんか惚気る奴みたいになってしまった。
とはいえ翠は性格にこそ問題あれど基本的には大変可愛らしく美しい見た目をしている。変に否定するのも彼氏としてアレなので間違っていない筈。
途端に亮太は目の前で俯いている花梨がとても不憫に見え始めた。付き合っていた彼氏と別れる原因となった人物のスペックの高さを痛感してしまったのだろう。もちろん、花梨には翠にない良さだってある(知らんけど)。だがそれを他人がいくら言ったところで本人の中で湧き上がる敗北感は計り知れないだろう。
亮太がどう声を掛けるべきなのかと迷っていると、消え入りそうな声で花梨はつぶやく。
「……一体どうしてくれんのよ。……二ノ宮翠を見た時からなんというか、その動悸が止まらないの……」
「……そうだな」
怒りやら劣等感やらで心拍数が高くなっているのだろう。亮太は姉に虐げられてきたこの16年の生活で築き上げた対感情が昂っている女子スキル――テキトーな相槌――を駆使する。
「顔も何だか熱いし、二ノ宮翠の目見れないし、頭の中でさっきの『よろしくね』が反芻しているし、意味分かんない……」
「……そうだ……な?」
――ん? 何だ? どこか違和感があるような……
「あの顔思い出せば出すほど段々覗久君のことがどうでも良くなってきちゃう……!」
「……んんん?」
……え、マジ? つまりそういうこと? いや待て。まだそう決まったわけじゃない。とりあえず落ち着こう。まずは事実確認だ。
「あのー……まさかとは思うけど、佐倉さんは二ノ宮さんのこ――」
「はあッ!? 好きになったりしてませんけど!?」
「……」
これは確定だ。それにしてもこの子ホントちょろいなッ! まだものの数秒しか話してないぞ!
「もう……なんなのぉ……」
そう言って顔を押さえ込む花梨。
まさしく亮太も「なんなのぉ……」と言いたい。
いよいよ状況がややこしくなってきた。元々は花梨と江呂山を復縁させる為の集まりだったのにも関わらず、そのメンバーの1人に惚れてしまうだけでも厄介なのにその相手は自分の彼女(偽物)である。……マズい、どう考えてもキャパオーバーだ。もう自分1人の手には負えない。
「……とりあえず、怪しまれるからこのことは琉に話してもいいか?」
デリケートな話題ではあるので確認を取ると師匠呼びしているだけあってそれなりに信頼しているようだ。花梨は大人しく頷く。
亮太はとりあえず事実だけを書き、琉に送信。するとものの1分程度で返信が来た。
【亮太、気合ナリよ】
……恋愛マスターもキャパを超えてしまったようだ。
とりあえずこうなってしまってはすぐにどうにかすることができない。結局花梨が急遽体調不良になったことにしてこの会はお開きにした。
♢
帰り道。琉が花梨を、そして亮太が翠を自宅まで送ることに。
「花梨ちゃん心配だね。お風呂1人で入れるかな? 私ついていった方が良いんじゃ……?」
「家の人がいるだろうから大丈夫だろ。家までも琉がついているし」
下心満載の翠の提案を亮太は正論をもって一蹴。翠も翠だが、今の花梨にそんな仕打ちをしたらどうなるか考えただけで恐ろしい。
すると突然翠に迫られて胸ぐらを掴まれる。
「……それで? 何があったのかな?」
「……ま、待て……話せば分かる」
――って最近よくこの類のセリフ言ってる気がするな!
自分の言動に内心でツッコミを入れる亮太。自分の殺伐とした最近の生活に少々ゲンナリしてしまう。
「いきなりトイレに花梨ちゃんを連れ込んで、そのすぐ後に花梨ちゃんが体調不良を訴えた。ナニしてたのかな?」
確かに言われてみると怪しさ満点である。だが亮太は神に誓ってそんなことはしていないし、そもそも亮太は連れ込まれた側だ。目の前の偽彼女はもうそんなことを忘れてしまったらしい。……そうだ。こういう時は変にビクビクするから良くないのだ。堂々と毅然とした態度を取るのが正解だ。……と言っても何をどこまで話してよいか分からない。ならば!
「ああんッ!? 俺がナニしてようが二ノ宮さんには関係ないだろうが! 彼氏を信じられないなんてやってられるか!」
「何逆ギレで誤魔化そうとしてんのさ」
「ぐえッ!」
勢いで誤魔化そうと踵を返した亮太は襟首をガッチリと掴まれ、蛙みたいな声をあげた。――逆ギレ作戦失敗! まあ確かに今の自分のセリフは2点だ。
「なに? 本当に私に言えないようなことしてたの?」
翠は生ゴミを見るかの様な表情を浮かべて、アイアンクロー。
「ち、違う……! 本当に俺は何もしてないって……! 待って、本当に頭凹んでるって! ちょっ……何かミシミシいってるって!」
遠ざかる意識の中で頭が割れる痛みとはこういうものなのかと亮太が考えていると、やがて解放されるが脱力感のあまり尻餅をつく。
「……わ、わかってくれたか……?」
亮太の問い掛けに翠は答えない。
翠の目はある一点を捉えたまま動かない。
「……花梨ちゃ――佐倉さん?」
「……え」
翠の視線を追うと、そこには息を切らした様子の花梨の姿が。
「何で……帰ったんじゃなかったのか?」
「……はあ、はあ……し、師匠に……どんな選択をしても、応援するって言われたから……!」
「え」
何のこっちゃ?
亮太と翠は揃って首を傾げて、顔を見合わせる。
すると花梨は呼吸が整ったのか、顔を上げると並び立つ亮太と翠を見据える。
「佐倉さんどうしたの? 体調は大丈夫なの?」
つい数秒くらい前まで体格で上回る亮太を宙に浮かしていたバイオレンスゴリラから同級生を心配する優等生のお嬢様への変わり身の早さ。末恐ろしい。
「……だ、大丈夫!」
翠に顔を覗き込まれた花梨は紅潮していた頬を更に赤くして仰反る。
「そ、そう……?」
「うん!」
花梨の得もしれぬ圧力に流石の翠も押され気味。珍しい光景だ。
「に、二ノ宮……さん!」
「は、はい……!」
何かを決意したかの様な表情を浮かべる花梨。その勢いに押されて思わず姿勢をピンと正す翠。2人は夕焼けをバックに向き合う。……あれ? 何か良い雰囲気?
「いきなりでビックリするかもしれないけど、わたし二ノ宮さんが好き!」
「……え」
「もちろん円谷と付き合っているのも知ってる! だけど、さっき一目見た時から二ノ宮さんの声が……顔が頭から離れないの! だから、そのまずは友達になってくれませんか!?」
「う、うん、も、もちろん……」
本当に珍しいことに翠は動揺を隠し切れずに壊れた機械の様にコクコクと頷いている。
その翠の返答に満足いったのか花梨はむふーと息を吐くと亮太の方へ真剣な眼差しを向ける。
「いきなりで本当に悪いとは思ってるけど、宣戦布告させてもらうから」
その目に帯びた熱は紛れもなく本物。申し訳ないという気持ちも嘘ではない。だがそれ以上に花梨の翠への想いが本気だということだ。そうでなければわざわざ追いかけてまでこんなことしに来ない。僅か数秒のやり取りで翠への想いで上書きされた江呂山は微妙に気の毒だとも思ったがよくよく考えれば向こうも向こうなのでやっぱりなんとも思わない。
「それじゃあ、また明日学校で!」
言うだけ言って満足したのか花梨はくるりと踵を返すとまた走り去って行ってしまう。
「「………………」」
そんな後ろ姿を見て亮太と翠は顔を見合わせる。お互い「これからどうしよう」きっとそう思っていることだろう。
♢
本当に困ったことになった。
状況を今一度頭の中で整理してみる。
恋敵だったはずの翠に花梨が惚れてしまったことで、客観的に見ると花梨、江呂山、亮太がそれぞれ敵対するという三竦みの関係に。
「いやー、まさかこんなことになるとは……」
花梨が走り去ってきっかり2分後。ようやく動き出した亮太と翠はまた並んで帰路に着く。翠も驚きを隠せないといった様子だ。
「なんだ、もうちょい喜んでいるものかと。『いやー、モテる女は困りますなあ!』とか言うもんだと思ってた」
「円谷君は私をどんな女だと思ってるのさ」
――いや、そういう女だと思ってるけど?
という本音を言ったその瞬間アイアンクローの刑なのは身に染みてるので亮太はその言葉を辛うじて飲み込む。
「それでどうすんだ?」
「いや、どうするって振らなきゃダメでしょ。気が重いけど」
「まあ、それもそうか……」
と何気なく口に出してみたものの、亮太は思った。果たして本当にそうだろうか? と。
「ちょっと待てよ? 二ノ宮さんは別に佐倉さんのことが嫌いなわけじゃないよな?」
「うん、まあそりゃそうだけど。私だって女だもん。できればあの大きな胸を揉みしだきたいし、お風呂とか一緒に入ってその裸体をこの目に焼き付けて幸せな気持ちで一緒に寝たいよ」
言ってることはただのエロ親父だが、概ね予想通りだ。
「それだったら付き合ってみればいいんじゃないか? そもそも二ノ宮さんが俺と付き合ってるの男除けの為だろ。女子と付き合えば周りに男に関心はありませんってアピールになるだろ」
それに亮太だって翠の彼氏役から解放されるし、良いことづくめだ。一時的に振られた男というレッテルを貼られて笑いものにされるかもしれないが、学び舎でメンチを切られ続ける現状よりはマシだ。我ながら良いアイディアである。
亮太は自身の頭のキレに軽く感動してすらいるが、翠は何だか微妙そうな表情。
「……その言いたいことは分かるけど、円谷君はそれで良いの?」
「ああ! もちろんだZE⭐︎」
亮太はサムズアップとウインクのセットで力強く肯定。
「……」
「……いってえッ! おい、ノーモーションで蹴るのやめろ! しかも脛!」
亮太は蹴られた部分を押さえながらピョンピコ飛ぶ羽目に。――なんだ、何か不満でもあったのか!?
「あ……ごめん……」
亮太が涙と疑問符を浮かべていると翠が珍しく自らの行動に驚いた様子。どうやら無意識だったらしい。無意識でこの威力。本気を出せばどうなるのか考えたくもない。
「そ……その、よく考えてよ! ……い、幾ら私が人気者で可愛い翠ちゃんでもそんな円谷君を捨てる様な真似したら評判下がっちゃうでしょ! それにいくら私が花梨ちゃんのこと気に入ってるからって向こうはあんな一生懸命に告白してくれたのに私が性欲目的で付き合うなんてサイテーでしょ!」
「……あ、ああ……!」
何だか凄い早口で捲し立てられた。その勢いに圧されて亮太は思わず頷く。それにしてもここまで堂々と性欲目的だと言い切るのもある意味では凄い。
「まあでも冷静に考えて今すぐ結論を出す必要もないんじゃないか。まずは友達ってあっちが言ってたんだし」
「う、うん……そうだね」
実際は問題の先送りしかしていないのだが、2人は無理矢理納得して帰路に着いた。とりあえず今日は色々あって疲れた。
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