第12話 邂逅

 善は急げ、ということで亮太は早速翠へ連絡を入れさせられた。LINE通話で呼び出すこと1コール目で出てきた。

 『円谷君? どうしたの? 忙しいんだけど』

 1コール目で出てきたクセに、という言葉を飲み込み、亮太は下手に出る。こういう時変なプライドを持っても裏目に出るということは16年間も弟をやっていると嫌でも理解している。

 「忙しいところ悪い。ちょっと紹介したい人がいるんだ」

 『し・ょ・う・か・い〜〜??』

 久しぶりに実家に帰ったら気の向かない見合い話が来た遊びたい盛りの娘の様なリアクションである。念のため琉と花梨に断って席を外して電話を掛けて正解だった。こんな気怠げな二ノ宮翠の声を聞いたらあっという間にお嬢様の幻想がブチ壊れることだろう。

 「ああ。二ノ宮さんと友達になりたいみたいなんだよ」

 『はあ……。なんて人?』

 「佐倉花梨」

 『え……ッ!?』

 翠にしては珍しく驚愕の声。まさか翠も花梨のことを嫌っていたりするのだろうか。

 そういえば男子の預かり知らぬところで女子同士が敵対し合っていたことが中学時代にあったことを思い出した。女同士の戦いとはよく言ったもので、男子同士の取っ組み合いの喧嘩なんか可愛いレベルの恐ろしい出来事だった。

 「えっと……その、まずいか?」

 恐怖を抑え込みながら聞くと、

 『円谷君、今どこ?』

 と言葉のキャッチボールを無視した返答。

 『…………ん、ここは学校近くのマクドナルドだね。放課後にこういうところには1人ではなかなか行かないことを踏まえると今佐倉さんと一緒だね?』

 「……え、ちょい待ち? なんで俺の居場所割れてんの? そして何その推理? コナン君?』

 『ナ・イ・ショ♡』

 電話越しのキャンディボイスだが全く可愛くない。むしろ恐ろしい。この二ノ宮翠を前に隠し事など通用しないのではないだろうか。

 『とりあえず今から行くね。……それと私に無許可で女子とこんなところにいたことは後々じっくりゆっくりザックリ話し合おうか」

 気のせいだろうか。何か凶器の匂いがする。ザックリ刺されないかしら。

 「いやいやいや、大丈夫だぜ! 忙しいんだろ? 別に今すぐどうこうじゃないし!」

 『バスケ部が今やってるシャトルランの脱落順を1人で予想してただけだから問題ないよ』

 ――暇じゃねーか! 何だその陰湿な趣味! コイツ本当にお嬢様?

 『そういうわけだから覚悟しておいてね、ダーリン♡』

 そう言って翠は一方的に通話を切った。

 亮太は今すぐ逃げ出したかったが、何故か居場所が割れてるのでどうあっても逃げ道はない。そう悟り諦めて席に戻ることにした。



 「お待たせ」

 それから翠が来たのは電話を終えて3分後のことだった。やっぱり暇だったようだ。

 「おう、待ってたぞ(大嘘)」「二ノ宮氏来たナリか」「……ども」

 席順は一応カップルということで気を遣われて、亮太の隣は翠と隣り合う為に空けてあり、琉と花梨と向き合う形になる。

 三者三様翠を迎えると、翠は1番愛想のない挨拶をした花梨の方へと目を向けるとその大きな瞳を更に見開く。――ううッ、嫌な予感!

 亮太は胃の痛みを感じていると、まだ話すら始まっていないのに翠に「ちょっと」と言われて半強制的に立たされ、トイレ前に連れ込まれる。

 「なんだよ、どうしたんだよ?」

 「佐倉花梨ってあの金髪の子だよね」

 「ああ。だって琉とは話したことあるから分かるだろ」

 「うん、でもちょっと信じられなくてさ」

 「信じられない?」

 一体全体どういうことなのか。亮太が首を傾げると翠は真面目な顔で、

 「うん、私が密かにいやらしい目で見ていたあの花梨ちゃんとまさかこんな棚ぼた的な形でお近づきになれるなんて……!」

 「……」

 おい、何だそのワキワキとしたいやらしい手つきは。抱いているのは敵意でなく劣情だったのか。

 「言っておくけど、変なことするなよ」

 「分かってるって。私にも立場というものがあるからね。……ねー、一応聞いておきたいんだけどさ、女子同士でもウッカリ胸触っちゃったりしてもセクハラになるかな?」

 ……二ノ宮翠、何も分かっていない。変なことをする気満々である。

 「なるに決まってるだろ」

 「そっか、残念。……ん、待てよ? 仲良くなってお泊まり会とかすればそんな姑息なことしなくてもパジャマ姿や一糸纏わぬ姿まで……むふッ!」

 「色々落ち着け。鼻血出てるぞ」

 「おっと失礼」

 決してお嬢様からは出てはいけない本音がアレコレ聞こえた気がするが、気にしてはいけない。そう、亮太も年頃。それこそアレコレ想像してしまうからである。ちょっとここは釘を刺しておくか。

 「これ黙っておこうと思ったけど、佐倉さんは本当は二ノ宮さんのこと嫌ってんだよ」

 「はあッ!?」

 亮太が衝撃の真実を伝えると翠は目を丸くする。

 「なんで!? こんなに可愛いうえに愛想も良いし、成績も良くてスポーツ万能。挙句の果てには文句ひとつ言わずに円谷君と付き合っているこの人格者であるこの翠ちゃんのどこに嫌う要素があるっての!?」

 「……そういう隠しきれていない醜い本性が透けて見えたんじゃな――いや、何でもありません」

 「……よろしい」

 翠はにっこりと笑うと亮太の眼前で寸止めした左ジャブを引っ込める。――こいつ、教わった技で何しやがんだ!

 「まあ、話しちゃうと佐倉さんにとって二ノ宮さんは恋敵なんだよ」

 「……ん? どういうこと?」

 ここからは個人のプライバシーに関わる問題だが、自身の安全の確保と何より動きやすさの為にはやむを得ないと亮太は心の中で言い訳を述べる。

 「佐倉さんは最近彼氏に振られて、その原因が二ノ宮さんなんだよ」

 そう言われた翠は顎に手をあてて少し考えこむと、

 「……もしかして、江呂山君?」

 「……さっきから思ってたけど、すごい推理力だな」

 「コナンのコミックスと劇場版を全部制覇してるし、大したことじゃないよ」

 そう言いながらも翠は悪戯が成功した子供のような得意げな表情で髪をかき上げている。

 「話を戻すけど、その江呂山なんだよ。元々佐倉さんが付き合ってたけど、二ノ宮さんと付き合う為に別れたらしい」

 「あー……そういえば彼女と別れたって言ってたっけ。鼻息荒くしながらそんな風に迫ってきたっけ? いつの間にか壁際まで追い詰められたなあ」

 「……え、それ大丈夫だったのか?」

 力で勝る男子が女子に無理矢理迫る。そんな醜いシーンを語られ、亮太は思わず心配になる。だが、亮太のそんな不安を吹き飛ばすかのように翠はぶいッとピース。

 「うん。全然ノープロブレム。やんわり断ってもしつこいし、無理矢理胸触ってこようとしたからかる~く膝で江呂山君の江呂山君を小突いたことあるんだ。それでオールクリア」

 「……」

 亮太は恐怖で唖然とするほかない。だが、翠は急に何かに思い至ったのか。慣れた仕草で片目を瞑ってみせる。

 「……ん、もしかして心配してくれてるの? それとも江呂山君にジェラってくれている感じ? 翠ちゃんに迫りたくなっちゃった?」

 今の話を聞いてそんなことする度胸湧くわけもない。そんな翠を軽くあしらうと亮太は軌道修正を図る。いい加減戻らないと怪しまれてしまう。

 「話を戻すぞ。まあ江呂山は話を聞いている限りだとサイテーな奴だけど、そんな奴を佐倉さんは今でも健気に思っているらしい。だからヨリを戻すことを狙って、二ノ宮さんと友達になろうとしているわけだ」

 「何でそこで私が選ばれたわけ?」

 「恋愛マスターの指示だよ。だから良いか? くれぐれも粗相するなよ!?」

 亮太が改めて釘を刺すと翠は担任に怒られた小学生の様に唇を尖らせる。

 「分かったよ。しばらくは気を付けるよぉ……。……あれ!? これってもしかして嫉妬!? 私、円谷君に束縛されちゃってる感じ?」

 「……あー、もうそういうことで良いから。いい加減戻るぞ。怪しまれるからな」

 「オーキードーキー!」

 何だか妙にご機嫌になった翠を連れ立って席に戻ると、案の定琉と花梨の2人は訝しげな表情を浮かべている。

 「どうしたナリか? 何か不都合でもあったナリか?」

 「いや、問題ないぜ。二ノ宮さんが腹を下し――いってえッ!」

 「――ううん、何でもない。大丈夫だよ。2人ともちゃんと話すのは初めてだから本当に私がお邪魔しても良いのかなーってちょっと確認してたんだ」

 亮太が蹴られたふくらはぎを押さえてケンケンしていると、2人は訝しげな表情を浮かべる。

 「どうしたナリか?」

 「何か昨日から脚痛いみたい。大丈夫。……だよね?」

 「お、おう……」

 軽く蹴ったのにも関わらず脚が攣った様な痛み。相変わらずの馬鹿力だ。亮太は確かにデリカシーがなかったなと密かに反省。

 亮太は痛みに堪えながら翠と並んで座る。

 「えーと……佐倉さん、二ノ宮さんを連れてきたぞ?」

 「ちゃんと話すのは初めてだよね。二ノ宮翠です。よろしくね」

 さっきまで手をワキワキさせてた奴と同一人物だと思えないくらいごく自然にニッコリとした愛想の良い表情を浮かべる翠。

 「……よ、よろしく……」

 花梨は先程までの勝ち気な様子から打って変わってどこかモジモジとした様子。もしかしたらあんなこと言っておきながらいざ本人を目の前にして緊張しているのかもしれない。

 「おい、どうしたんだよ? 緊張してん――」

 「うるさい」

 「……」

 小粋なジョークでも挟んで気を軽くしてやろうと思ったが、何故か亮太への罵声は淀みなく出てくる。

 「「「「………………」」」」

 そして気まずい沈黙が続くと耐えきれなくなったのか、花梨がガタンと立ち上がり、

 「……ちょっとこっちきて」

 花梨は亮太に一方的にそう告げるとトイレの方へ小走り。

 「お、おい!」

 亮太は花梨を慌てて追う。――畜生! 何でこんな短時間で何回もトイレに行かなきゃいけないんだ!

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