第11話 小笠原琉の恋愛指南2

 「モテる奴がモテる……」

 「……え、何それ」

 突然トートロジーを繰り出した親友に亮太は目を丸くする。

 「……はッ! まさか!」

 花梨も何かに思い至ったかの様に突如目を光らせる。

 ――いや、何で分かるんだよ。自分がおかしいのか。 

 亮太は自分の16年の人生に疑問を持たざるを得ない。

 「亮太、これは恋愛学においてもずっと言われていて今やあらゆるラブコメにて提唱されている理論ナリ」

 「……」つまり、どういうことなんだってばよ?

 そもそも恋愛学って何だよという疑問を亮太が抱くのも無理はないし、琉の語尾のせいもあってかふざけているようにしか思えない。だがこれは大学で履修可能な学問であることを後に知ることになる。

 「そうナリな、分かりやすく説明するナリね。亮太、例えば商品AとBを買うか悩んでいる場面を想定するナリ。値段や品質等公表されているデータはほぼ同一条件。だけどAは多くの人が買っているのにも関わらず、Bを買っている人は少ないという違いがあるナリ。……亮太だったらどっちを買うナリか?」

 「……うーん、まあ失敗できない買い物ならAじゃないか。なんかよく分かんない商品買って後悔したくないし」

 「つまりそういうことナリよ」

 「……?」

 今の話がどう結びつくというのか。亮太の頭はまだ疑問符で埋め尽くされている。

 「人は高評価を得ているものに食い付きやすいってことナリ。これは商品選びにしても恋愛においても同じことが言えるナリ。商品にしても恋愛にしても他人から評価されていないということは不安や不信に繋がるナリ。またまた質問になるナリが、ブランド品持ってる人のことを亮太はどう思うナリ?」

 「ふむ……」

 亮太は言われるがままブランド品に身を包んだ人物について想像を巡らせる。

 「そうだな、金に物を言わせて欲望のまま生きてる醜い奴。もしくは自分ではろくすっぽ金を使わずに他人をATM扱いしてるいけ好かない奴」

 「「…………」」

 亮太の偏見まみれかつ正直過ぎる回答に何故か琉も花梨も黙り込む。――あれ? 俺なんかやっちゃいました?

 琉は軽く咳払いをして気を取り直す。

 「……ま、まあそういう見方もあるナリな。だがこういう見方をする人も多いナリ。『あんな良い物を持ってるなんてあの人はオシャレだ』と。恋愛に置き換えると『あんなにモテてる人なんだからあの人は良い人に違いない』と。そうすると何が起きるかと言うと不思議なことにそのブランドにより人が集まるナリ」

 「え、ちょい待ち。服とかは分からんでもないけど、恋愛も? 何で? 競争とか避けたくなるもんじゃないの……いや、確かに言われてみると……」

 亮太にも思い当たる節があり、自身の主張への自信がなくなる。

 「これは人間の本能に植え付けられている考え方とも言われてるナリ。ラノベでそう言ってたから間違いないナリ」

 ラノベで言われてたからそれが必ず合ってるかどうかは分からないが、琉の言うことにある程度の説得力はあるように思えた。

 「……いや、ちょっと待って? 俺一応二ノ宮さんと付き合ってるんだけど? 今のところモテモテのモの字もないんだが? あ、もしかして女子内では密かに噂になってるとか?」

 期待を込めて花梨の方へ目を向けると彼女は明後日の方向へ顔を向ける。

 「……」

 何故か返事がないので恋愛マスターである琉の方を同じ目で見ると、琉は悲しげに目を伏せて、

 「…………どんな事象にも例外というものは存在するナリ」

 厳然たる事実を述べた。どうやら自分は例外、つまり催眠術の使い手だと思われている様だ。例外にも程がある。



 一頻り泣き終えたので亮太は気を取り直す。

 「つまり話の流れからすると、佐倉さんをモテる様に仕向けるってことでいいのか?」

 「そうナリね。さっき男子の連絡先をって話からピンときたナリ」

 「そうか、さっきの話に当てはめると佐倉さんはモテない女として見られるってことだもんな……っていってえッ!」

 「……何か言った?」

 「……いえ、何でもないです」

 拳骨なんて久しぶりだ。亮太は痛む頭部をさすりながら前言撤回。

 「でもモテる為にモテるって意味分からないんだけど……」

 確かに。――モテるって何だ!?

 首を傾げる両名に向けて琉はまたも得意げに眼鏡をくいっ。

 「ふっふっふ、ここはやはり恋愛マスターであるオレの出番ナリな」

 どうやらさっき開始2分で言葉を失っていたことは綺麗さっぱり忘れた様だ。

 「何もモテるっていうのは実態が伴っていなくても良いナリ。要はそれっぽく振る舞うことが大事ナリ」

 「「……?」」

 「じゃあ2人に聞くナリが、2人の思い描くモテる人間ってどんな特徴を持ってるナリか?」

 「顔が良い」

 「うっわ……」

 迷うことなく即答した亮太をまるでゴミを見る目つきを向ける花梨。

 「何だよ! 本当のことだろ!」

 確かに事実ではあるかもしれないが、こういう時はもうちょっとオブラートに包んだ方が良いということを彼が知るのはもうちょっと先である。

 「まあ、それも1つの正解ナリな。佐倉氏は何かあるナリか?」

 「えっと……うーん……性格が明るいとか?」

 「おっ、良い回答ナリ」

 自分の回答に比べて琉のリアクションが良かったのが何だか悔しい。亮太は知恵を振り絞る。

 「……あ! まだあるぞ! 足が速い!」

 「「……」」

 一瞬静まり返るマクドナルド。何だか春先なのにやけに冷えるな。

 「……まあ、それも1つの正解かもしれないナリな」

 「よく、二ノ宮翠と付き合えたね」

 「……」

 どうやら自分がモテを理解するにはまだ早いようだ。 気遣いや哀れみの視線ほど堪えるものはない。

 打ちのめされる亮太を尻目に花梨は「うーん……」と考えを巡らせる。

 「あとは友達が多い……とか?」

 「それナリ!」

 嬉しそうに声をあげてずびしッと人差し指を立てる琉。

 「さっきの話と重複するところもあるナリが、一般的には友達が多かったりする方がモテるナリ。理由はそれだけ人と触れ合う機会が多ければその人となりが衆目に触れることも多くなるナリからな」

 なるほど。確かに言われてみればそうかもしれない。亮太自身の過去も振り返ってみると決してイケメンでないがクラスの中心的人物のお調子者がモテていた様な気がする。

 「なるほどな。でもその点は心配ないだろ。佐倉さんギャルだし」

 亮太は偏見にまみれた見解を述べながら隣に座る花梨に目をやる。

 「……」

 しかし、何故か気まずげに目を逸らす花梨。

 「え、おいどうした? まさか友達いな――」

 「ええ! いないですけど何か!?」

 うわ、開き直ったよこの人!

 「そ、そうナリか……」

 流石の恋愛マスターもこれは計算外だったらしく、唖然としている。

 「その元々はいたの……。だけどわたしが覗久君にアプローチされてるって話をしたら止めときなって彼の悪い話ばかりするから……。その時はもう正直彼に夢中になっていたからわたしもついムキになっちゃって……」

 それで喧嘩になったというわけか。あくまで亮太の見解であるがその友人達は善意で言ってくれていたのだろう。だがこの佐倉花梨という女は思い込みが強い。元々自分が好意を抱いている相手が悪く言われたら良い気がしないのが普通だろう。喧嘩になるのも納得である。

 「江呂山氏に再度アプローチする為にその者達を頼るのもリスクがあるナリね。それならば――」

 琉は眼鏡を光らせると亮太の方へと視線を向ける。何だか猛烈に嫌な予感がする。

 「えっと……琉? ちょっと待って? 誰に頼――」

 「二ノ宮氏に頼るなんてどうナリか?」

 まさしく嫌な予感が当たってしまった。

 「え、二ノ宮さんに……?」

 逆恨みとはいえ翠を一方的に嫌っている花梨はすごく嫌そうな表情。そんな表情に臆することなく琉は当たり前だと言わんばかりに頷く。

 「そうナリ。二ノ宮氏は知っての通り、学校内屈指の有名人かつ人気者ナリ。そんな彼女と友達になって一緒にいる機会が多くなれば必然的に佐倉氏が衆目に触れる機会は多くなるナリ。それに二ノ宮氏は江呂山氏に狙われているから江呂山氏に近付くには持ってこいナリ。何より二ノ宮氏は亮太の彼女。仲良くなるハードルも他の者に比べれば低いナリ」

 言われてみると理に適っているように思える。だけど、亮太的には面倒ごとは避けたい。なのでそれっぽい反論を1つぶつけてみることにした。

 「でもよ、江呂山の立場からしたら怖いんじゃないか? だって奴は二ノ宮さんを狙うってことを佐倉さんに言ってるんだぜ? その佐倉さんが急に二ノ宮さんと仲良くなろうとしていたら何かしら警戒されるんじゃないか?」

 「それは問題ないナリ」

 琉は静かに首を振ると、

 「話を聞いている限り、江呂山氏はそこまで物事を深く考えないで欲望に忠実なタイプナリ」

 「……な、なるほど……」

 全くもって反論の言葉が思い浮かばなない。完璧に論破された。花梨もそこについては特に触れずに、むしろ翠と近づくということへの抵抗が強いようで苦い表情を浮かべている。しかし、

 「師匠がそう言うなら……。それに覗久君とまたやり直せるならそれくらい……」

 どうやら江呂山への想いの強さが翠への抵抗を上回ったようだ。琉も花梨のその様子を見て満足そうに頷くと亮太の方を覗き込む。

 「……亮太、頼むナリよ」

 「……分かった」

 2対1。多数決のルールに従い、亮太は偽彼女を頼ることになった。 

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