第10話 小笠原琉の恋愛指南

 「……それでこのオレに声が掛かったってことナリか」

 そう言って親友である小笠原琉はクイっと上げた眼鏡を光らせる。

 場所は学校近くのマクドナルド。琉と向かい合う形で花梨と並んで4人掛けの席で座り、各々食べたいものを食べていた。亮太はチキンフィレオのセットで琉はてりやきバーガーセット、花梨はダブルチーズバーガーセットとアップルパイだ。

 花梨の元カレである江呂山覗久へのアプローチへの協力を余儀なくされた亮太の気持ちをひと言で表すのなら困惑。

 無理もない。亮太の恋愛遍歴といえば中学時代までは数多過ぎる失恋と悪意に溢れる悪戯の餌食となり、高校に入ってからも特にそういった浮いた話が悪戯ですらなく、挙句の果てには脅迫された上での偽装彼女という有様。ロクな恋愛戦略など練られるはずもない。だから友人に頼ったのだ。

 「……ちょっと大丈夫なの?」

 花梨は疑惑の眼差しを琉向けて隠す気もない声のボリュームでその疑惑を亮太にぶつけてくる。

 「安心するナリ。オレはこう見えても恋愛マスターだ」

 「「え」」

 思わず失礼なハモリ方をする亮太と花梨。琉との付き合いもそこそこの長さになるものの今までそんな浮いた話など聞いたことがない。――まさか、知らない間に裏切りに遭っていたのか!

 亮太達の失礼千万なリアクションに特に気を害した様子も見せずに琉は得意げ。眼鏡が怪しく光る。

 「古今東西ありとあらゆるラブコメ作品を制覇したこの恋愛マスターのオレに死角などないナリ」

 「……」

 やっぱり友人は友人のままだった!

 亮太は安心すると同時に花梨が怒り出すのではないかと恐怖に駆られた。

 でも仕方ないじゃないか。今亮太は表向き翠と付き合っていることになっている。するとどうだ。亮太が「あのぅ……恋愛についての相談を……」などと話し掛ければ男子連中には「ああんッ?!」と凶器片手に凄まれ、女子達には「きゃあッ!」と変質者に出くわしたかの様な悲鳴をあげられるのがオチだ。この学校における自身の立ち位置は一体本当にマジでどうなっているのだろう。

 閑話休題。そんなわけで亮太は今非常に協力者が得られにくいという世知辛い状況なのだ。2次元命のこの男に頼るのも無理ないと言える。――だから許してくれ佐倉さん! 亮太は恐る恐る花梨の様子を横目で確認すると、

 「し、師匠……?」

 花梨はその瞳をまるで少年が憧れのスポーツ選手と邂逅したかの如く輝かせていた。

 「え」

 花梨の予想外のリアクションに亮太は驚愕。何て言ったコイツ?

 何でさっきまで猜疑心まみれだったのにこんなコロッといっちゃうの? アイツの根拠9割くらいはフィクションだぜ!? いや、友人をよく思ってくれるのは嬉しいけど!

 「ふふふ、師匠か。くるしゅうないナリ」

 琉にとっても意外だったのか喜色満面。

 「はッ! よろしくお願いします!」

 ……チョロすぎる。あまりにチョロすぎる。……まあ話が全く進まないよりかは良いか!

 大概亮太も適当である。


 

 「それじゃあ始めるナリよ」

 琉が追加で頼んだポテトを摘む。

 「うっす!」

 花梨はそう答えた後に海老フィレオにかぶりつき気合いを見せつける。

 「おう」

 亮太はそんな花梨を見て、コイツよく食うな、と女子に対しての禁句をセットのドリンクと一緒に飲み込む。

 各々モチベーションは異なれど、同じ方向を向いたのは結構なことだ。

 「議論の方向性としては、江呂山氏に佐倉氏がどのようにアプローチしていくということで良いナリか?」

 「はいッ」

 「ああ、そんな感じだな」

 「それなら江呂山氏の人となりはデータとして欲しいナリ。どんな感じの人か教えてナリ」

 「はいッ、お任せください!」

 そう言って花梨はキーホルダーやらがジャラジャラ着いた自身の鞄から分厚いノートを取り出す。

 「江呂山覗久。2年5組出席番号4番。誕生日は11月8日のさそり座。身長176cm、体重64kg。好きな色は紫。現在部活には所属していないけど、中学まではサッカー部。手足とも右利き。好きな異性のタイプはギャル。ちなみに白ギャルも黒ギャルもOK。入浴する際に最初に洗うのは左腕――」

 「オーケー、もういい」

 それ以上は怖いし、知り合いから犯罪者は出したくない。亮太は恐怖から夢中で語る花梨を遮る。

 「あ、そう? ……エヘヘ、何だか照れるなあ。わたし好きになると一直線だから……」

 確かに一直線である。その線の太さと長さが異常だが。

 「うん。そこまでの情報が揃っていればだいぶやりやすいナリ。じゃあ早速だけど――」

 琉の眼鏡が妖しく光る。

 「江呂山氏の好みの女性のタイプのことだけど、佐倉氏はそれに寄せる努力とかしてたナリか?」

 琉の問い掛けに花梨は得意げにふんすと鼻を鳴らす。

 「はい。その辺は抜かりありません。例えばですけど、彼が金髪がエロくて好きだって言ったその日のうちに髪染めたし、スカート丈短くしてほしいって言ったその瞬間にスカート丈上げたし、その他にも抵抗あることでも彼の言う通りにしてたんです。自分で言うのもアレだけど、わたし結構良い彼女だったと思うんです。なのに何で振られちゃったんだろ……」

 最初は自信ありげだったが、徐々にその言葉は悲しみによるものか萎んでいく。

 落ち込んでいるところ悪いが、良い彼女というより都合の良い彼女だったんじゃないだろうか。追い討ちをかける趣味はないので何も言わないが。――なに、大丈夫さ。自分が言わずとも自称恋愛マスターの琉が上手い感じで言ってくれるはずさ。

 しかし、亮太の期待とは裏腹に琉は眼鏡を曇らせ

 「……おかしいナリ……。何故そこまでしたのに……」

 「……」おいおい、恋愛マスター頼むぜ!

 早くもこの会議に黄信号が点り始める。

 「ですよね? やっぱりわたし二ノ宮翠が何か卑劣な手段を用いたとしか思えないんですよ。催眠術とか脅迫とか」

 「悪くない線だけど、それは考えにくいナリ。そういった搦手は一般的にモテない奴や見た目が不良っぽい奴が使用する傾向があるナリ。二ノ宮氏はこの凡例には当てはまらないナリ」

 実にフィクションじみた偏った見方なうえに、亮太は現に翠に脅迫されているが、亮太的には翠が妙な疑いを掛けられると面倒なので大きく頷いて同意を示す。

 「ああ、円谷の例がそうか……」

 幸いなことに花梨も納得した様だが、その根拠は間違っている。

 「あのな何度も言うけど、俺はそんな手使ってないからな」

 亮太のその言葉でこの場に沈黙がおりる。

 「……わたし何か彼に嫌われるようなことしちゃったのかなあ……」

 「何も決定的な出来事に限らないナリが、物事の積み重ねってことも考えられるナリね。細かなすれ違いで破局に至るケースも多いナリ」

 参考文献が殆ど全部フィクションで実体験が全く伴わないのに何とも説得力がある。花梨は再度自分の体験を重ねてみたが本当に身に覚えがないようだ。

 「でもわたし本当に身に覚えがないんです。男子の連絡先も彼に言われて全て消したし、基本的に彼を優先してきたんです」

 「!」

 花梨がそう言うと、琉は眼鏡を光らせ、そして謎が解けたコナン君の様に口角を上げる。

 「琉、まさか何か思い付いたのか!?」

 事件現場の探偵頼みの刑事の様な亮太の問い掛けに琉は力強く頷く。

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