第8話 人生にモテ期は3度あるらしい
「……ん? 何だコレ?」
翠と付き合い始めた週末。亮太は日課のロードワークを終えて、ひとっ風呂浴びた後。夕飯前に音楽でも聴きながらストレッチでもしようとスマホを見るとLINEの通知がきている。
亮太の名誉の為に補足しておくと、決してLINEの通知が来ることが珍しいわけではない。琉とはサッカーや漫画の話で盛り上がるし、ここ数日は翠とも他愛のない話をしているし、翠と付き合い始めてからはその他の人物からも頻繁に嫌がらせのメッセージが送られてくる。
「ってまた知らない奴からかよ」
どうやらまた嫌がらせの類らしい。ホーム画面の通知には【???さんからメッセージが来ました】という表示。デスゲームの開幕かよ。
「何だこりゃ」
やれやれと思いながらメッセージを開くと、
【明日の朝7:30、屋上にて待つ】
「……」
誰とは言わないが、何故どいつもこいつも人を呼び出す時に屋上を使いたがるのか。しかも朝のホームルームは8:30から。何故休み明けの月曜日に部活があるわけでもないのにそんな早い時間に行かなければならないのか。これはシカトするに限る。
亮太がそう決めてストレッチを始める為に音楽をかけようとしたところで、携帯がまたも通知を知らせる振動。
「……なんだよ。……!?」
【なお、この呼出に応じなかった場合、この写真が拡散されることを肝に銘じよ】
こんなメッセージと共に添付された写真。それは先週末に昼休みに屋上で翠と食事を摂ってから教室前での別れ際、翠がふざけて亮太に投げキッスをしたあのシーンだ。
思い返してみるとあの時舌打ちの様な音が聞こえた気がする。まさか撮られていたとは。こんな画像が拡散されたらまた学級裁判不可避だ。いや、弁明する前に殺られる可能性すらある。
「しょうがないか」
亮太は渋々了解とメッセージを返信して、ストレッチを開始した。
シャッフルで再生されるお気に入りの曲をBGMに身体をほぐしながら、明日の憂鬱なイベントについて考えていると、ふと疑問が湧いてきた。
――というか、何で連絡先交換してない奴からメッセージ来るんだ?
そういえばあの学級裁判以降、よく知らない奴からメッセージが送られてくることが増えた。何故だろうか。亮太は首を傾げるが、キッチンから聞こえてきたジューッという油の弾ける音に気を取られる。
「お、今日は唐揚げか! よっしゃ!」
好物に気を取られ、彼は割と重要な疑問を数秒で忘却の彼方へと追いやった。この後に亮太はこの問題についてもついでに明日まで提出の課題についても思い出すことなく、しっかりと睡眠を取った。
♢
翌朝7:25。亮太はここ数日ですっかりお馴染みとなった屋上に佇んでいた。本来であればまだノンビリと登校の支度をしているところだ。
早く寝たし、睡眠時間はいつも通りの筈だが憂鬱さも相まって眠い。思わず溜息を吐く。
何で週の頭からこんなことをしなければならないのか。
しかも相手はわざわざあんな隠し撮りの写真を使ってまで呼び出す様な輩だ。ロクな用件のはずがない。呼び出しは先週ぶりの出来事だが、今度こそカツアゲ――いや、それ以上のことがあるかもしれない。万が一の逃走手段として屋上から飛び降り五点接地も覚悟しておく。
亮太がYouTubeで何度も確認した五点接地をイメージトレーニングしていると、屋上の扉が開く音が。
「!」
亮太は最早身に染みついたと言っても過言ではないファイティングポーズ。仮に相手が突進してきてもカウンターを叩き込んでやる。
亮太が決意を固める中で現れた相手は意外にも髪を金色に染めた女子。格闘技の経験則から自然と相手の体格を観察する。決してセクハラなどでない。
身長は155センチくらいだろうか、平均より少し低いように見える。恐らく中学時代まで運動経験はありそうだが、今はやっていない。亮太は剥き出しになっているやや肉感的な白い太ももとブレザーの上からでも分かる2つの大きな膨らみからそう判断。大事なことだから繰り返すが、これは断じてセクハラなどではなく、言うなれば相手の戦力分析である。
決して荒事には向いてなさそうに見えるが、亮太の中で警戒感は高まった。
何せ金髪ミニスカートのうえ、切長でやや目つきが悪いギャルだ。奴らはイケメンやイツメン以外には辛辣。きっと罵詈雑言を浴びせてくるか、イツメンで取り囲んでくるか、その両方をかましてくるに違いない。
清々しいまでのド偏見だが、彼はギャルに純情を弄ばれた経験があるので異常に敵視しているのだ。
「……」
だがいつまで経ってもイケメンもイツメンも現れない。
そして謎にファイティングポーズをとったままの亮太を見てそのギャルも怪訝な表情。
「……何やってんの?」
「……いや、何でもない」
何やってるのかと言われていつまでもファイティングポーズを取っていられるほど亮太のメンタルは逞しくない。亮太がポーズを緩めるとギャルは問い掛けてくる。
「アンタが円谷亮太……君?」
「……ああ、そうだけど」
亮太は呆気に取られていた。ギャルのことだ。会うなりキモいだの死ねだの言われると思っていた。【オタクに優しいギャル】という言葉が一時期流行ったが、案外ギャルは優しいのかもしれない。
状況を客観的に見ればただごく普通に何者かを問われただけ。この程度で優しいと思うあたり亮太の女性遍歴が気になるところである。
「そういうキミは?」
「わたし? わたしは佐倉花梨」
「サクラカリン」
亮太はアホみたいに言われた名前を復唱。そういえば彼女の名前を出して男子がいろめきだっているのを見た記憶がある。……具体的にどんな話題だったかは本人の前では言えないものだが。
「とりあえずいきなり呼び出してごめんね」
「いや、別に」
亮太のリアクションが某女優の様になったのは内心ドギマギしていたからだ。翠と付き合う様になったとはいえ人一倍女子に慣れていない彼は人一倍女子に弱い。――お、落ち着け! こういう時は二ノ宮さんのあの憎らしいドヤ顔を思い出すんだ!
「わたしが聞きたいのはこの写真に関することなんだけど」
そう言って花梨は自身のキラキラとデコられたスマホの画面を突き付けてくる。そこに映っていたのは昨晩LINEでも送られてきた翠の投げキッス写真。
「まあもう噂で聞いてるけど改めて聞くね。単刀直入に聞くけど、円谷、アンタは二ノ宮翠と付き合っているの?」
「……あ、ああ、付き合ってるぜ」
偽物の関係とはいえ、こう人前で付き合ってると言うのはまだ慣れない。
「ふーん、そっか。……二ノ宮さんのことは好き
?」
「……も、もちろん、す、好きだぜ……」
――誰か俺を殺せ!
何で朝っぱらからこんな辱めを受けなければならないのか。
「そっかそっか」
亮太のぎこちない回答に満足いった様子の花梨は頷きながら亮太に近づいて来て、距離はどんどん縮まる。
「え、ちょ、ちょいちょい!」
あっという間にパーソナルスペースに入り込まれ、2人の距離はもう30センチもない。
至近距離にある花梨の顔を見ると、その頬は紅潮している。そして、花梨はそのまま亮太の頬を両手で包み込み目を閉じて顔をゆっくりと近づけてくる。2人の唇の距離はあと10センチもない。
――あ、女の子の手ってやっぱり柔らかいな。唇はもっと柔らかいんだろうな。……じゃなくって!
危うく誘惑に負けそうになったが、亮太は鋼の意思で理性を取り戻し、身をかわす。
「ちッ」
「い、いきなり何すんだ!」
走ったわけでもないのに激しく息が切れる。MK5(マジでキスする5秒前)だった。
「分からない? アンタのことが好きだからキスしようと思ったのに」
「……は?」
この金髪美女が?
一瞬膨らむバラ色の妄想。しかし、その妄想は亮太の過去の経験則から生まれるドス黒い何かで塗りつぶされ、否定される。
「いや、あり得ない! こんな初めて話す女子が俺のことを好きなんてあり得ない! なんだ、何が目的だ!? 金か! 金ならないぞ!」
やたらと実感がこもった断定口調で悲しすぎる自らのあらゆる実情を吐き散らす亮太。
その亮太の勢いに思わず花梨も「今までに何あったの……」と呆気に取られる。しかし、すぐに気を取り直すと、
「お金なんかいらないよ。欲しいのはキミだよ」
とまたも急接近。
「うわッ……!」
鍛え抜いた反射神経で亮太は素晴らしい反応を見せる。しかし、避けた先には一体何故そこにあるのかとツッコミを禁じ得ない物体、バナナの皮が!
亮太の足は見事にそれを踏み、昔の漫画の様につるりと足を滑らせる。
「ほげえッ!」
間抜けな声をあげて彼は地面に仰向けに倒れる。
「……! チャンス!」
「くっ! しまった!」
花梨はすぐさまマウントポジションを取る。金髪美女に馬乗りにされるという人によっては大変羨ましい状況だろうが、今は恐怖でしかない。
仮にこの状況が翠にバレたとしよう。こちらの本意じゃないにしても浮気行為なんてしたら木っ端微塵にされかねない。何が何でも抵抗しなければならない。絶対に負けられない戦いがここにある。しかし、
「ぐぎぎぎぎぎッ!」
完全にマウントポジションを取られるとなかなか力ずくで回避するというのは難しい。ましてや花梨は亮太の肩口を手で押さえつけている。これじゃ力を入れようもない。
「ちょっと暴れないでよ!」
「そりゃ暴れるよ!」
「良いじゃない、そんな抵抗しなくても! ちょっとキスするだけだから! ちょっとセ……するだけだから……ね?」
「『ね?』じゃねーよッ! 」
――何だよ、【セ……】って! 恥ずかしくて言えてねーじゃん!
一体なんなんだこの状況。普通に恐怖でしかない。
「もう……いい加減に……しろッ!」
痺れを切らした花梨はその体勢のまま身体を捻り、男子の急所である股間を強打するという禁断の技を繰り出す。
「……! あふぅん……ッ!」
男子諸君には理解できると思うが、男子は急所にある程度の衝撃を受けると機能停止するという致命的な弱点を持った生き物。亮太はたちまち抵抗する力を失う。万事休す。
「ようやく大人しくなったね。……じゃ、じゃあいただきます……」
花梨はごくりと生唾を飲み込むと先程と同じ様に目を瞑り、自身の顔を亮太に近づけていく。
嗚呼、R18作品でもないのにこんなに早く高校生男子が貞操を失って良いのだろうか?
亮太は薄れていく意識の中でそんな訳の分からないことを考えていた。
花梨の整った顔が近付いてくると、恐怖によるものか、それとも別の感情によるものか亮太の心拍数は上がる。
ちょっとキツめの顔立ちだが、翠とは別方向に整っている顔だ。香水かシャンプーかは分からないが、何だか良い匂いもするし、身体が密着していることで柔らかな感触が触れている箇所を通じて伝わり不思議な幸福感に包まれる。すると亮太の意識も変わってくる。
――あれ? でも冷静に考えれば翠とは本当に付き合ってる訳じゃないんだし、ここでナニしようが俺悪くなくね? じゃ、じゃあしょうがないよな! だって向こうから襲ってきたんだし! ウン!
人間ピンチになると、無責任になるもの。亮太は割とあっさり自分の運命を受け入れ、一時の快楽に溺れることを泣く泣く(?)決意。
ファーストキスはせめてそれっぽくと亮太は目を閉じる。目を閉じるとそれ以外の感覚が研ぎ澄まされる。触れている部分の柔らかな感触、そして鼻腔をくすぐる良い香り。鼻先にも柔らかい感触が、髪の毛だろう。もうそれほど顔が近付いてきているのだ。なんとなく分かる。香りも近付いている。
「ふぇ……べっくしょーいッ!!」
くしゃみをした。亮太は盛大にくしゃみをした。キスが目前に迫った状態で亮太は盛大にくしゃみをした。
「わあッ!」
亮太はもう自分の運命を受け入れようと悲壮(?)な決意で無防備状態だった。そんな状態で柔らかな髪の毛で鼻腔をくすぐられ続け、盛大なくしゃみをしたらどうなるか。必然、その飛沫は目の前にいる相手に飛び散る。花梨は悲鳴をあげて顔を上げる。自分を押さえつける力が弱まり、亮太はゆっくり身体を起こすと花梨は立膝の状態で呆然としている。その整った顔を亮太の鼻水で汚された状態で。そしてそれを見る亮太はボーちゃん顔負けの鼻水を垂らしながら間抜けヅラでそれを見る。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………ごめ――」
「何すんのッ!? サイッテーッ!!」
「ぶへッ!」
――ばちーん!
自分は悪くない様な気もしたが、女子の顔を汚したのも事実。とりあえず謝ろうとしたが遅かった。パニック状態に陥った花梨から強烈なビンタを受けた。……でもこれって少し理不尽じゃあるまいか?
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