第7話 恋人の証

 「……ぷはあーッ、勝利の後の一杯は格別だあ」

 ナンパ野郎の2人組を文字通り木っ端微塵に粉砕した華も恥じらう女子高生二ノ宮翠。彼女は自販機で買ったポカリを一気に半分ほど飲み干すと、まるで1週間の仕事を終えた解放感に溢れたサラリーマンの様な台詞。労働を終えた後の一杯が格別に美味いのは間違いないが、彼女がそれを知るのはまだもう少し先。

 「……あれ、よく捕まんなかったな俺達」

 一方同じく勝利した筈なのに全く嬉しそうでないのは亮太。真夏の労働を終えた後の一杯を家で味わおうとしたら家の冷蔵庫にビールを入れ忘れていたことに気付いた時の様な表情。

 「大丈夫だよ。ちゃんとテニスのルールに乗っ取って勝ったんだから」

 「……」

 そう、テニスは相手のボディに当たっても当てた側の得点になる。そのことはマリオテニスやテニプリで予習済みだ。――そうさ、相手が何故か壁に磔になっていてもルール的には何ら問題ない。……うん、きっとそうさ。

 テニスのルールにそこまで熟知していない亮太は現実から目を背けることにした。

 「大丈夫。円谷君の時とは違ってちゃんと加減もしたから」

 加減してアレなのか。

 「さ、デートの続きしよーよ」

 残りを一気に飲み干した翠は立ち上がる。

 「……え、まだすんの?」

 色々な出来事があって亮太のHPは真っ赤だ。正直に言うと帰りたい。そんな本物の彼女に言った瞬間フラれても文句が言えない本音がつい漏れてしまった。

 「……なんか言った?」

 ジロリと睨み付けてくる翠。偽彼女に対しても0点の発言だった様だ。

 「……ハイ喜んで」

 逆上されてまた力に訴えかけられたら自分に明日はない。亮太は渋々頷いた。

 「それで? どこ行くんだ?」

 「……それ彼女に決めさせるの? クラスの友達言ってたよ。そういうのは彼氏にリードしてほしいって」

 「うッ」

 ダイバーシティだの男女平等だの言われているここ最近だが、草食男子には変わらず手厳しいようだ。

 「でもしょうがないだろ。俺偽彼氏だし」

 開き直り自己正当化する亮太も亮太である。

 「……まあ、確かにそっか。円谷君だしね」

 「……」

 何でかは知らんが今のは割と傷付いたぞ。

 そう言われると意地でもどうにか応えようと思うのは男の性。亮太は経験に乏しい頭をフル回転させる。そして、1つの可能性に至り、

 「それなら、ここに併設されてるゲーセンはどうだ?」

 そう、このスポパラはスポーツ施設だけでなく、ゲームセンターも併設されているのだ。まさしくテーマパークの様。決してラウンドワンの二番煎じとは言ってはいけない。

 「ゲーセンって……もしかしてUFOキャッチャーやマリカーやプリクラがあるアレのこと?」

 「お、おう……」

 何でそんなに説明口調? とも思ったが、思っていたより反応が良い。

 「いいね、行こうよ!」

 思いの外ウキウキの翠。これから偽デートの延長戦が始まる。



 「おお……ここがゲーセン……!」

 制服に着替えて移動すると翠が目を輝かせる。

 「もしかして初めて?」

 「……うん、まあね」

 微妙にきまり悪そうなリアクション。先ほどからのリアクションからそう推測したのだが、はしゃいでいるのを見られて照れ臭かったのか。

 「せっかくだ。思いっきり遊ぼうぜ。何からやる?」

 帰りたいと思っていたが、いざ来てみるとワクワクするもの。翠も初めて来たのなら楽しんでもらいたい。そういう意味を込めて言葉を掛けると、翠は表情を緩ませて辺りを見回す。するとある一点を指差しながら、

 「あ、じゃああのパンチングマシーン――」

 「残念ながら初めてゲーセン来た奴はアレはできない。上級者向けなんだ」

 前言撤回。ゲームセンターを出禁になる前に自分が止めねばなるまい。

 「あ、そうなんだ。それならしょうがないね」

 ――あ、あっぶねえ! どんだけ殴りたいんだよ! バーサーカーかよ!

 公共施設の損壊を咄嗟の嘘で回避したものの、今後の対応が非常に悩ましい。

 「……あ、それならアレは?」

 今度はどんな嘘をつこうか、そう恐る恐る翠の指差す方向を見ると、プリクラ機。

 プリクラ。平成に大流行りし、今でもナウでヤングなカップル御用達の写真を撮影する機械だ。文字を書き加えたり顔を加工したりと遊び心満載で、これをSNSにアップすれば世間からは陽キャとして認められる代物だ。……どういうわけか男子のみの使用を禁止してる場所もあり、亮太は無論未経験だ。

 「友達が皆持ってるから私もやってみたいって思ってたんだけど……」

 自信に満ちたいつもの勝ち気な表情はどこへやら。翠はいじらしくチラチラ視線を泳がせる。

 「……」

 正直亮太としてはプリクラそのものには興味がないこともないが、第一アレだ。小っ恥ずかしいのだ。それに翠と自分は偽物の関係。初プリクラがそんなので良いのかとも思う。

 「良いのか?」

 思わずそう問い掛けると、翠は目を丸くして小首を傾げる。

 「私が撮りたいんだけど……」

 憧れていた記念すべき初プリクラが自分で良いのかという意味で聞いたのだが、あまり意味は通じていなかったようだ。これ以上聞くのは野暮な気もする。

 「それじゃあ折角だしやるか」

 「……うんッ!」

 死線を彷徨ったり、ナンパされたりと大忙しな放課後だったが楽しかったのもまた事実。偽彼氏とはいえささやかな望みくらい叶えてやりたい。自分の感じている小っ恥ずかしさはなるべく表に出ないように心掛けながらそう言うと翠は表情をぱあッと明るくする。――全く。そんな表情されたら色々と恥ずかしがっていた自分が馬鹿みたいじゃないか。

 2人はやたら可愛らしいデザインをしたプリ機へ。

 何ともラブリーなBGMを聴きながら2人でお金を出し合うと、

 『好きな背景を選んでね☆』

 やたらとテンションの高い女の子の音声が響き渡る。なるほどこれは確かに女子向きである。

 翠は真面目な顔して、背景選択画面を凝視。

 「ねー、円谷君はどれが良いと思う?」

 「うーん、そうだな……じゃあこの普通のオーソドックスなデザインを――」

 「あ、このカップル向けのにしよ」

 ……こっちの話聞く気ないなら何で聞いた?

 翠はやたらピンクでラブリーなデザインを選択。ちょっと待って? 【Eternal Love】とか書かれてるけどいいのそれで? 別れた瞬間黒歴史にならない?

 早くも不安で一杯の亮太。一方翠は楽しそうにパネルを操作している。

 「へえ、デザインごとにお勧めのポーズあるよ。これ全部やろっか」

 「そうするか。……いや、ちょっと待て」

 画面を覗き込んだ亮太は同意しかけて、硬直。

 「ん? 何かあった?」

 「いや、これ……」

 亮太はその問題の部分を指差す。

 「ん? チューがどうかした?」

 「どうかしたもこうしたも……」

 今これ全部やるとか言ってなかったか? 偽彼氏がこれやったらセクハラではあるまいか? いや、同意の上なら問題ないのか? いや、付き合ってないのにそんなことするのはそもそも倫理観として……

 「よし、やるよ」

 亮太が珍しく常識的なアレコレを考えていたら翠は有無も言わさない調子でスタートを押す。

 「お、おい……」

 『じゃあ今から3回撮るよ。ポーズしっかりとってね♡』

 ――畜生! お前は気楽で良いよなあッ!

 混乱するあまり、機械の音声に憤る亮太であった。

 『まず1枚目。下に表示されているポーズを順番にやっていこう♡』

 「よし、じゃあ1つ目は……えーと、コレだね」

 翠が指し示したのは2人で手でハートマークを作るというアレ。初っ端からなかなかにラブラブ全開である。

 「……」

 もう既にプリクラを了承したのを後悔し始めている亮太。……それにしても手の重なった部分が妙に熱い気がする。

 「ほら、円谷君笑お。 ……ねえ。笑って。…………笑えよッ!」

 一体これは何ハラスメントだろうか。ぎこちなく笑みを作っているとパシャリという音が鳴り、一枚目の撮影が終わった。

 『はーい、じゃあ次はハグしてみましょう♪♡』

 機械が次なるポーズの指示を出してきた。

 何段階すっ飛ばす気だこの発情マシーン。

 「ほい」

 「いや、ほいって……」

 亮太の方を向いて腕を広げる翠。抱き締めろと言わんばかりのポーズ。

 「大丈夫だよ。ほら、サッカーとかでも選手交代する時お互いハグしあってるじゃん。仲間同士讃えあう姿勢でもあるわけよ」

 「むっ……」

 確かに言われてみるとそうかもしれない。変に意識するからアレなんだ。……そうさ、これにいやらしい意味なんかない。寧ろこれくらい平然とやらなければ今後周囲に偽カップルだと疑われかねない。――よし!

 誰に向けてか分からない言い訳を終えた亮太は深呼吸をすると、ゆっくり翠に近付き、やがてもうその気になればすぐ抱き締められるくらいの距離に。距離が縮まると必然的に身長が高い亮太が翠を見下ろす様な形になる。

 こうして近づいてみると2人の体格差がより明瞭に。身長差は10センチ程度だが、肩幅や厚みといったものがそれ以上の差があるように感じさせる。改めて二ノ宮翠は女の子なのだと気付かされる。一体どんなケアをしているのかというくらい綺麗な髪、玉のような肌、幼く見える時もあれば妙に大人びて見える時もある整った目や鼻、口といったパーツ。更に性格という致命的な欠陥はあるものの、勉強、スポーツ等もかなり出来が良いし、家柄だって立派だ。

 一方亮太は自分については良くも悪くも普通だと思っている。そんな自分がこんな美少女とこんな至近距離で接することなんてもうないかもしれない。

 ――や、ヤバい! 意識しちゃった! お、落ち着け! 二ノ宮さんは仲間……フレンド……相棒……共犯者……

 『じゃあ、3、2……』

 「……もう!」

 固まってしまった亮太に焦れた翠は亮太にえいと体当たり。亮太の腕に翠がしがみつく様な形になって、パシャリ。

 「あ……」

 自分が固まっている間にカウントダウンが迫っていたのか。

 「もう、ヘタレ!」

 言っていることはキツいが、翠はしてやったりな顔。

 「まあ、この翠ちゃんをハグするの照れるのは分かるけどね。でも円谷君は千載一遇のチャンスを逃しちゃったね〜。やっぱり恥ずかしかった? 照れ臭かった? 私を抱き締めた感触想像しちゃった?」

 「……」――う、うざってえ!

 でも今しがみついてきたのもなかなか刺激が強いぞ。安心したのと同時に翠の言う通り何だか大きなチャンスを逃した気分だ。

 『は〜い♪ しっかりハグできましたかあ? 出来た人は次はチューいってみましょう、きゃーッ♡ そ・し・て! ハグすら出来なかった雑魚雑魚ヘタレふにゃ◯ん野朗はもう後は適当に撮ってくださーい』

 「……」

 「ちょ、円谷君泣かないでってば! 円谷君がヘタレなのは認めざるを得ないけど、ふに◯ちんかは分からないじゃん!」

 恋愛至上主義の毒舌プリ機に亮太の心はポッキリ折られた亮太を必死に励ます翠。……これは果たして励ましているのか?

 「……うーん、円谷君にはまだ早かったか……。残念♡」

 「残念ってなんだよ……」

 「ん? そのままの意味だけど?」

 ニヤニヤとする翠。おのれ、プリクラどころかゲーセンすら初めてのくせに!

 「まあ、でもあんまりバカップル丸出しなのもアレか。だから最後は普通に撮ろうよ」

 「……普通?」

 『はーい、じゃあカウント始めますよ。3……2……』

 「こんな感じ」

 翠はそう言うとスッと亮太に少し寄り、ピースサイン。亮太も慌ててそれに合わせる。

 ――パシャリ。



 「ふ……ふふッ」

 「……いつまで笑ってんだよ」

 「だってえ、思い出すとおかしいんだもん」

 場所は昨日もお世話になったファミレス。身体も動かし、様々なゲームで遊び倒した亮太と翠は夕食デートまでしていた。そして、翠はさっきから何度も思い出し笑いをしている。

 一般的に思い出し笑いという行為は、周囲にいる他者からすればその人物がいきなり笑い出すということもあり不審極まることに異論は出にくいだろう。よって思い出し笑いをした日にはキモいだの異常者等と後ろ指さされること待ったなしの筈だが、翠はそんな姿すら美しく見えるから不思議だ。亮太からすれば翠が何をそんなにウケてるのかは聞いているという部分もあるかもしれない。

 翠は先程のプリクラのことで笑っているのだ。プリクラは撮影を終えて加工した写真データを実際にその名の通りプリントアウトしてくれたり、データとして送信もしてくれる。翠が笑いだしたのは実際にその写真を加工する場面のこと。

 端的に言えば亮太がアタフタしてる姿がハッキリと写されており、彼女にとってそれがツボだった様だ。……また1つ弱みを握られた気分である。

 「……ごめんごめん。……でも、コレ大切にするね?」

 それにしても翠はプリクラが妙に気に入ったらしい。さっきからスマホで眺めたり、シールを見てはニヤニヤしている。

 「こういうの筆箱とかに貼れば付き合ってるアピールできるかもね」

 「今どきあんまりいないんじゃないか? どっちかというとSNSに投稿するイメージだな。アホみたいなハッシュタグ付けて」

 「へえ、詳しいね。それなら私達も共用アカウント作ってアピっちゃう? 映えちゃう?」

 「いや、止めとこう。俺の命が危険に晒される」

 亮太はクラスメイト達の顔を思い出してゲンナリ顔。翠もそれに思い至ったのか苦笑。

 「まあ、それもそっか。それに円谷君の顔ぎこちなさすぎるし、かえって疑われちゃうかも。……まあこの翠ちゃんにいきなり抱きつかれたらこんな顔になっちゃうのも分からないでもないけどね」

 翠はまた楽しそうな顔で携帯の画像を開く。喜色満面(偽)で亮太の腕に抱きつく翠の姿。その上には【だーいすき♡】と見るも恥ずかしい文字が無数のハートマークと共に書き込まれている。

 「でも私の1番はこれかなー」

 そう言って翠が開いたのは最後の画像。2人で寄り添ってピースした1番ラブラブバカップルから程遠い写真。

 「何でだよ」

 「……んー、何となくかな」

 なんだそれ。

 そう思ったが、個人的にはこれが1番他人に見せられるものだ。

 「……にしても、もう少し円谷君にはこの翠ちゃんの美貌に慣れてもらわないとねー」

 「うッ」

 確かにプリ機での失態は思い出すと恥ずかしい。こうして普通に話すことはできるのに、いざスキンシップとなると途端に羞恥心が湧き上がってくるのだ。こんなことでは先が思いやられる。

 「今更だし最初にも聞いたけど偽彼氏俺で良かったのかよ?」

 「ん? 急にどうしたの?」

 「だってこの偽彼氏役ってどう考えても恋愛慣れしてる奴の方が適任だろ? 俺ぶっちゃけ女子と付き合ったことないんだぜ?」

 それに容姿も能力も何もかも釣り合っていない。決してこれは卑屈になっているとかではなくて、客観的に見てそう見えるだけだ。身も蓋もないことを言ってしまえばこの二ノ宮翠と完全に釣り合う高校生男子なんかいない気もするが、もうちょっとマシな人選もあったんじゃないだろうか。

 すると翠は亮太の言わんとしていることは分かったとばかりにふむ、と口元に手を当てて考え込むと、

 「……いや、少なくとも円谷君以上に適任はいないよ」

 と柔らかく微笑む。

 「何でそう思うんだ?」

 亮太の問い掛けに、翠はニコリと笑い、

 「そういうところかな」

 と意味ありげな言葉。

 ――一体全体どういうことだってばよ?

 バカにも分かる様に説明してほしいものだが、翠は質問は終わりだとばかりにドリンクバーに行ってしまったのでこの話題は打ち切りとなった。

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