第5話 放課後デートタイム
「へえ、ここがスポパラか。まるでテーマパークみたいだぜ」
まるで某30代のエリートサラリーマンの様な台詞を言うのは華も恥じらう女子高生の翠。
学級裁判という名の死刑執行を無事乗り切った亮太は命じられた通りに放課後翠と共にデート(笑)をすることに。
翠が堂々と交際宣言をしたこともあって2人は堂々と放課後デートに行くことができたが、だからといって好奇の視線を向けられないわけではない。
これはついさっきの出来事だ。翠とはクラスが別々なので下駄箱にて待ち合わせをしていた時のこと。
先にクラスの半数以上が翠の覇気(?)により気絶したこともあり、早々にホームルームを終えた亮太は翠を待っていた。そこに他クラスの女子3人組が楽しそうに会話しながら現れた。
一瞬その女子の中に翠がいるかと思って視線をやると翠はそこにはいなかった。
しかし、亮太の視線に気が付いた3人組はその視線に固まり、亮太をじっと見る。
「……?」
もしかしてさっきトイレに行った時に社会の窓でも閉め忘れたかしらん? と亮太は視線を自らの股間へ。
「いやあああああああああああッ!」「準備できてるか確かめてるううう!」「私達も催眠術にかけて犯すつもりだあッ!」
彼女達は口々に叫ぶと一目散に走っていってしまった。
「……」
昼休みから放課後の間で自分は卑劣な手段を用いて見境なしに女子に手を出す鬼畜野郎に成り下がったらしい。ちょっと泣いた。
そして同じ様なやりとりを4回終えてバックれて不貞寝でもしようかと思いかけたところで翠が「あ、円谷君お待たせ♡」とキャンディボイスと共に現れ、今回のデート場所であるスポパラへと行った次第である。
スポパラとはスポーツパラダイスの略。バッティングセンターやフットサル、3on3やテニスといったメジャーなものから、スポーツチャンバラやスカッシュといった日本では珍しいスポーツまで出来るスポーツ施設で、決してスポッチャのパクリなどではない。断じて。
高校生以下は1200円で3時間遊べるという良心的な価格なので亮太にとって琉をはじめとする運動部の友人と遊ぶ場所として重宝している場である。ちなみにここで遊ぶことを決めたのは翠。合流するや否や亮太の意思を確認することもなく即決。ある意味最高に漢である。
料金を払い終えると、
「じゃあ私着替えてくるから。……覗かないでね♡」
「……」
翠の戯言を亮太は完全無視。ここで変に反応すれば揶揄われることは避けられない。翠は不満そうな顔を見せたが「照れてるんだよね。分かるよ」とウザさ全開の台詞を残して制服のスカートをはためかせながら更衣室へ。しかしさっきのあざとすぎる台詞には一定の威力があるらしい。何故か近くにいた男どもが倒れたり、鼻血を出していた。本当に翠は何かしらの覇気の使い手なのかもしれない。
♢
「お待たせ、円谷君」
そう言って現れた翠は制服から一転スポーツ仕様。丈が長めの明るい色のウェアに黒いショートパンツ。健康的に引き締まっている脚は同じ黒いレギンスに包まれている。しかも運動用に普段はおろしてる髪の毛を高い位置で結んでのポニーテール。
「……」
何故女子はスポーツウェアだと魅力が増すのか。亮太が中学生の頃から抱いている疑問である。このテーマで論文が書けるのではないかと本気で考えている。思わずマジマジと見ていたのに目ざとく気が付いた翠はニンマリと口角を上げる。
「あー、もしかして翠ちゃんのこのスポーツのすがたの魅力にあてられちゃったのかなあ?」
「アホーラのすがたの間違いだろ」
亮太の渾身の皮肉の一言にも翠はまるで動じず、
「ちゃんとこっち向いて言ってくださーい」
――う、うざってえッ! でも悔しい! 可愛いと思っちゃう!
亮太がスポーツウェアとポニーテール好きな時点でこの敗北は既定路線。亮太は熱を冷ますべく買ったばかりのスポーツドリンクを半分ほど飲み干すハメになった。
「……それで? 何やる? 時間もったいないからきびきび行くぞ」
恥ずかしいのを誤魔化すべく亭主関白の如き態度をかます亮太。そしてそれを全て見透かしているのかニヤニヤしている翠。
「そういうもったいない時間こそデートの醍醐味でしょ」
案の定余裕の態度だ。
「まあ、でもせっかくの初デートだしそろそろ行こうか。……そうだな……あ! あそこのキックボクシングコーナーは?」
「え、キックボクシングあんの?」
翠が指差した先には確かにサンドバックやらパンチングマシーンみたいなものもあり、レンタル用らしきグローブも置いてある。
「何か私今無抵抗なものを思いっきりブン殴りたい気持ちなんだよねー」
「……」
ストレスでも溜まっているのだろうか? 笑顔で恐ろしくバイオレンスな発言をする翠に亮太は唖然とする。
「それに円谷君いるから教えて貰えるしね」
「……知ってたのか」
「仮にも同級生だしね」
まあそれもそうかと亮太は深く納得。
そう亮太はキックボクシング経験者。というより、今も時間がある時はやっている。……より正確に言えばやらされている。
経緯としては3つ年上の姉による影響だ。姉がいる弟の立場である者には分かってもらえると思うが、この世に生を受けたその瞬間から弟は姉という存在には絶対に逆らえないようプログラミングされている。
そして円谷家において姉はカースト最上位。亮太が小学校1年、姉が4年生の時のことだ。姉が気になっているクラスメイトのなんちゃら君がキックボクシングをやっているということで姉はキックボクシングをやりたいと駄々をこねた。姉をこれでもかと可愛がっていた両親は困り果てた。可愛い娘の願いは叶えてやりたいが、キックボクシングはもちろん格闘技は球技とかに比べて怪我のリスクも高い。そんな葛藤の中、両親が出した結論は我が家をキックボクシングジムにするということだ。共働きだった両親はあっさりと脱サラし、借金をしてまで家を大改造。円谷家は丸々建て替えて、地下にジムがある構造と化した。愛する娘が怪我しない様にいつでも見守れる様にしようという寸法だ。
その両親の寛大かつ過保護なやり方に姉は大いに喜び、キックボクシングにどハマり。自分が面白いものは他の人間も喜ぶに違いないと亮太は強制的にキックボクシングをやらされるハメになった。今ではジムも大盛況なこともあり、亮太はキックボクシングをやりながらジムの運営も手伝っている。
この亮太を取り巻く環境は同級生達の話題で出したことがあるので翠が知っているのもおかしくはない。
「私にコーチングしてよ」
「……ふむ」
基本的に翠にはからかわれてばかりだ。自分の得意分野とはいえ教える立場という上位の立場になれるのは悪くない。
「よし、やるか」
「よしきた」
早速2人はキックボクシングコーナーへ。翠は軍手の上にスタンダードなグローブを装着。そして姿鏡のある場所へ。
「じゃあ基本的なことからな。右利きだよな。だったらまずは腕を構えてくれ」
亮太は翠の隣にきて、見本を示す。
「こんな感じ?」
翠はそう言って両手を顔の付近に上げる。
「うん。そして右手は頬に近づけて。そして右足を半歩くらい引いて。……そう、それが基本的な構えだ」
「お、なんかそれっぽい」
「だろ? それじゃあまずは左ジャブな」
「待ってました!」
「今の構えから左足を踏み込んで、そのまま左拳を打つ」
亮太はふっと息を吐きながら左ジャブ。それからは風を切る音が。翠もそれを真似しようとするが、
「何か打ちにくい」
「利き腕と逆だしな。あと腕だけで打とうとしないで足に続いて肩や腰も回転させて連動させながら打ち出してみな」
見本を見せてやることにする。自らの拳が空気を切る心地よい感触を覚える。
翠は一度、亮太の言ったことと見本を咀嚼する様にゆっくりと二、三度動作を繰り返す。
「……よし」
「お!」
やはり元々のセンスが良いのか。翠が次にやってみせたジャブは初めて放ったものとは大きく異なり、鋭いものになっていた。
「良いね。そしたらそのまま右ストレート行こうか。後ろに引いてある右足を内側に捻りながら右拳を真っ直ぐ突き出す」
亮太は身体に染み込んだ動作で右ストレートを放つ。翠も少しだけとはいえジャブをやったことから亮太の技の練度がさっきより分かるらしい。目を丸くして声を上げる。
「わ、円谷君でもカッコいい!」
余計な二文字が入っているが、褒められるのは素直に嬉しい。思わず亮太は気を良くする。彼だって思春期真っ盛り。同世代の女子に褒められたら調子に乗ってしまうのもある意味当然。
「な、なーに! これくらい大したことないよ」
せっかくなら翠にも気分良く打ってもらいたい。褒められた亮太がそんなことを考えたのは心理学で言う『返報性の原理』と言えるのか、それとも彼が単純なのかは審議が必要だが、端的に言えばこの時の亮太は珍しく女子に褒められたことで間違いなく調子に乗っていた。
「そうしたらキックも教えるからその後にミット借りて俺がそれ持つから打ち込んでみるか?」
「……いいの!?」
亮太の提案に翠は表情を明るくする。それはキックボクシングへの興味か、思う存分ストレスをぶつけることへの喜びかは不明である。
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