第2話 色々とスペシャルなお嬢様

 「……うん、ファミレスって初めて来たけど、美味しいね」

 スペシャルパフェという値段もスペシャルな一品を口にしながらご機嫌そうに言うのは二ノ宮翠。そして、その正面で苦い表情で苦いコーヒーを口にしているのが円谷亮太である。

 「え、ファミレス来たことないのか? ……ってああ、そうか」

 翠の言葉に亮太は目を丸くしたが、すぐに理由に思い至って勝手に納得。そうだ、こいつは金持ちだった。毎日専属シェフとやらが作る料理に舌鼓を打って庶民を見下しているに違いない。(偏見)

 何故2人がこうして対称的な表情を浮かべながら対面しているのか。それは端的に言えば亮太は翠に脅迫されているからである。まるで亮太が翠を無理矢理押し倒しているかの様に見える写真、アレがある限りは言うことを聞かざるを得ない。

 翠が「ご馳走様でした」と気品溢れる所作を見て食事が終わったことを確認すると亮太は本題へ切り込んでいく。

 「それで? 何だって偽彼氏なんて面倒なことを提案してきたんだよ?」

 亮太の問い掛けに翠は「んー……」としばらく考え込む仕草。そして、

 「私、モテるじゃん?」

 と言った瞬間「知らねーよ」とツッコまれるか、モテない人間に殺意を抱かれかねない発言。だが、残念ながらと言うべきか翠は本当にモテるので亮太は「そうだな」と首肯せざるを得ない。

 「そうでしょ? 私可愛いし、勉強も運動も出来るし当然よね。しかもそれに胡座をかかずに周囲にも気遣える性格。おまけに家も裕福なお嬢様だし」

 亮太のその反応に気を良くしたのか翠はニンマリと口角を上げると矢継ぎ早に自分の良いところをツラツラと列挙していく。よくもまあ自分の良いところ――しかも一部誇張表現あり――をこうも列挙できるな。

 そう、実は二ノ宮家といえば亮太が暮らしているこの地域ではちょっと名が知れ渡っている。翠の両親は二人三脚でベンチャー企業を立ち上げ、その会社は日本でも今最も勢いのある企業という声も少なくない。翠はそんな2人の両親のもとで生まれ育った正真正銘のお嬢様なのである。

 それにしても気遣える性格を自認しているのならもう少し自分に気を遣ってほしいものだ。

 「まあ、そんな良いところだらけの私だけに苦労もあるわけよ」

 そう言って翠は鞄からクリアファイルを出す。そのクリアファイルにはいくつかの封筒が挟まっている。そのうちの1つを取り出すと更にその中身を亮太に見せる。

 「うわ、なんだこれ」

 思わず亮太は嫌悪感を隠す努力もせずに声をあげてしまった。

 その中身は手紙。しかしただの手紙ではない。その内容は卑猥な言葉の羅列である。翠に対してどんな劣情を抱いているのかを生々しい表現で書かれている。

 「あとこんなのもあるよ」

 また別の封筒を渡してくる。

 「……この写真は?」

 「……さあ? 少なくとも私は撮られた覚えはないかな」

 つまりこれは隠し撮り写真ということか。その種類は翠が友人と話して笑い合ってるところ、食事をしているところ、授業を受けているところ等様々。

 「あとこれオマケ」

 そう言って何ともない感じで差し出すので見てみると、

 「……!? おいコレ!」

 それは何も衣類を身に付けていない翠の写真だった。その写真の翠は扇状的なポーズをとっていて、亮太は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 思わず写真を即座に裏返した亮太に翠は楽しげに声をあげて笑った。

 「あー、安心して。それ私じゃないから。顔は私だけど、アイコラってやつ」

 「アイコラ? 加工ってことか……」

 「うん。私もっと綺麗な身体してるし」

 「……」

 きっとそこは論点じゃないのでリアルなことを言わないでほしい。年頃の男子は大根や芋の形状でワイワイ盛り上がれるくらいにはおバカなのだから。

 「いや、そんなことより」

 亮太は想像しかけたアレコレを頭を振って追い払う。

 「こんなことを日常的にされているのか?」

 「日常的にってほどじゃないけど、まあ私が可愛くてお金持ちなのが妬ましいんだろうね」

 そういうことをサラッと言っちゃう性格が最たる原因ではないだろうか。まあ、これも言わないが。

 「というかよく平気だな」

 そう言うと翠は肩にかかった髪を払う。

 「まあ、人気者にはアンチもつくものだしね。私の友達がたまたま私の机を漁ってたある男子を見つけてその時に吐かせたらしいから解決済みだよ」

 「……」

 被害者の様でまるでマフィアの様なことを言う翠に亮太は唖然。そういえば5組の江呂山君が何故かボロボロになってたけど何でだろうな……。

 「とりあえずその辺のことは分かったけど、それと俺が偽彼氏になることってどんな繋がりがあるんだ?」

 「うん、そうね。嫌がらせする側の立場になって考えてみてほしいんだけど、彼氏のいる女の子って手を出しにくくない?」

 亮太はその状況を想像すべく瞑目。彼氏のいる女の子に手を出すか……。

 「……ちょっとそういう特殊性癖の話は分からないな」

 「いや、手を出すってそういう意味じゃないから。私の受けてる嫌がらせの話ね」

 「ああ、そっか! イッケネ!」

 亮太はテヘッと舌を出す。

 隙あらばついそっち方面に想像を膨らませてしまうのは思春期ゆえ。亮太は気を取り直して考え直してから咳払い。

 「……こほん。つまり彼氏という存在がいれば牽制効果があるというふうに考えてるのか?」

 「うん、そういうこと。話が早くて助かるよ」

 「そんな回りくどいことしなくても誰かに相談とかしたらどうだ? 例えば友達とか、家の人とか」

 「友達にはこんなことで手を煩わせたくないし、家の人達ってすごく過保護なんだよ。こんなことあったって言ったらやれ転校だとか言い出しかねない」

 「なるほど、大変だったな……」

 殆ど初対面の筈の自分にはこんな面倒ごとやらせる癖にな、という言葉は飲み込んで亮太は深く同情する姿勢を見せる。

 そう、それは姿勢だけだった。亮太の頭の中にあるのは先程屋上で撮られた亮太が翠を押し倒している(ように見える)写真を如何に削除するかだけである。

 確かに翠が面倒ごとに巻き込まれているのは理解しているし、気の毒だと思うところもある。しかし、短時間しか接していないとはいえ翠のこのパンチの効きすぎてる性格から深く関わり合うべきでないと亮太の中でアラートが鳴り響いている。――まあ、この後翠が席を外した時にこの睡眠薬を仕込んで眠りこけたその隙に何とかスマホのパスコードを解除して写真を消してやるぜ! アレがある限りは言いなりになっちゃうからな。

 「まあいきなりこんなことを言われても困るよね。私、ちょっとトイレ行ってくるからその間にでも少し考えておいてよ」

 「!」

 いきなりの好機! だが、ここで焦ってはいけない。

 「ああ、ゆっくりじっくりトイレ行ってきなよ」

 一緒に出掛けている女子に言う台詞としては0点だが、亮太の態度はぱっと見冷静そのもの。ただデリカシーが著しく欠けているだけで何か企んでいるようには見えない。

 「ほーい、んじゃ行ってくるね」

 「おう」

 「……あ、それとさっきの写真、もう私のPCに送ってあるからね」

 「どちくしょおおおおおッ!!」

 どうやら亮太の考えていたことは全て筒抜けだったようだ。どうやらこの腹黒美少女に従うほかないらしい。

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