翠色の青春

うりぼー

第1話 青春16歳

――円谷亮太君へ

 お話したいことがあります。今日の16時に屋上で待ってます。

        二ノ宮翠より――


 この4月で高校2年生に進級したばかりの円谷亮太は今朝このような手紙を下駄箱にて受け取った。

 宛名は間違いなく自分だし、差出人のことはよく知っている。

 二ノ宮翠。高校1年生の秋という中途半端な時期に転入してきた同級生だ。クラスも違うので接点などない。ただ、向こうは亮太のことをよく知らなくても亮太は翠のことをよく知っている。

 それは恋心を寄せているという可愛らしい理由ではなく、彼女が生粋のお嬢様だという可愛らしくない理由で、早い話が有名人だからだ。

 それだけでない。翠は非常にモテる。

 160センチちょっとのスラっとしたモデル体型に目鼻立ちが整った小顔。セミロングの漆黒の髪はゆるふわサラサラで天使の輪っかが浮かんでいる。要はとてつもない美少女なのである。

 ただ彼女が優れているのは容姿だけではない。

 スポーツ万能かつ全国模試でも常に上位にその名を連ねているほどで、それを鼻に掛けずに分け隔てなく接するというそれこそ漫画やラノベの登場人物並みのスペック。そんなだから翠は非常にモテる。大事なことなので2回言った。

 そんな人物からの突然の呼び出し。これが意味するところは――

 「カツアゲ……だな」

 待ち合わせの時間15分前。屋上にあるベンチに腰掛けながら自身の物騒な考えを口にする亮太。

 有名人の美少女からの呼び出しと来れば、まともな高校生なら真っ先に告白という青臭い想像ならぬ妄想をするところだろうが、まともでない彼は血生臭い想像を巡らせる。

 早い話がこうだ。美少女からの呼び出しという餌にまんまと引っ掛かった獲物を屋上という隔離された空間にて取り囲んでリンチ。そして金を巻き上げる。――恐ろしく狡猾なやり方、俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 過去に数十回類似した手段で純情を弄ばれた男は心構えが違う。

 では何故そこまで馬鹿みたいに深読みしたのにも関わらずにわざわざ屋上にノコノコと現れたのか。亮太は過去の屈辱を晴らすために逆に奴らを手玉に取ってやろうと考えたのだ。

 亮太の財布には今子供銀行の紙幣が大量に入っている。奴らがカツアゲに成功したところで手に入るのは所詮は使えないお金。すぐに気が付いて悔しがるざまを楽しむのも良し、気が付かないで無銭飲食をしてこっぴどく叱られるのを後で知るも良し。まあ後でぶん殴られるだろうが、人の純情を弄んだ罪は重いということを教えてやるのだ。……決してワンチャン本当に翠からの告白があるなんて思っていない。いや本当に。

 心中でどこの誰かに向けたかも分からない言い訳をした亮太は屋上の入口から死角になっている位置へ身を隠すことにした。いきなりの対面を避ける為だ。

 すると、

 「わっと」

 急に動いたから何かにぶつかりそうになったようだ。

 「あ、ごめ――」

 そう口にしかけて亮太は固まった。何故ならそこにいたのはあの二ノ宮翠だったからだ。翠は亮太の姿を確認するとすぐに話し出す。

 「ごめんね、呼び出しちゃって。他に誰か来た時のことを考えてここで様子窺ってたんだけど、何か円谷君一人でぶつぶつ呟いていたから気色悪い――じゃなくって邪魔しちゃ悪いかなって」

 どうやらまさかのワンチャン。亮太を呼び出したのは本当にあの二ノ宮翠だったというわけだ。暴言が聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだろう。

 亮太はこんな時の為に鏡の前で何度も練習したキメ顔をしながら、問い掛けることにする。

 「いや、それは大丈夫。……ところで二ノ宮さん、一体なんで俺を呼び出したんだ?」

 「……えーと、それはね……」

 何だかモジモジと言いにくそうな翠。

 「円谷君、今日私にここ呼び出されていることは誰にも言ってないよね?」

 「ああ、手紙とは別に書いてあったし」

 そう、あの手紙と別に思い出したかのように別の紙があり、そこに『このことは他言無用でお願いします』と書かれていたのだ。

 「そう、それなら良かった」

 安心したように翠は微笑むと軽く深呼吸。

 「……円谷君」

 「は、はい……」

 ただならぬ空気に亮太は息を呑み、思わず敬語になる。

 「円谷君、私の彼氏になってください」

 そう言うと翠はこともなげに衝撃発言を繰り出す。

 「…………」

 なんとまさかの告白。9割9分9厘ないと思っていた事態に亮太はすぐにパニックに陥る。――お、落ち着け! いや、待てよ!?

 「…………」

 「円谷君なんでファイティングポーズ取ってるの……?」

 「……いや、何でもない」

 どうやらここまでが仕込みで油断させたところでカツアゲという可能性もなさそうだ。そもそもこの屋上は2人きりだ。翠が怪訝な表情になっている。

 「……それで、どうなの?」

 「ど、どうって……」

 繰り返しになるが、二ノ宮翠は非常にモテる。亮太にとっては高嶺の花。断る理由などないが、何故? という気持ちが強い。挙げ句の果てには未だにドッキリか何かだと疑う始末。

 焦れたのか翠がグイッと距離を縮めてくる。

 「そんなに堅くならなくたっていいじゃない? 彼氏役といってもこんなスーパー美少女の私と付き合えるんだからさ」

 「うーん、といってもなあ……って……ん!?」

 「? どうしたの?」

 「ちょっと待って。今なんて言った?」

 「あー、ごめん。流石にスーパー美少女は言い過ぎか。超美少女だね」

 「いや、意味合いは殆ど変わらないから……ってそこじゃない!」

 ちょこちょこ普段の優等生キャラとかけ離れた言動が見受けられるが、こっちが素なのか。だとしたら厄介だ。

 「……今“役”って言った?」

 「うん、言ったけど」

 それが何か? といった具合に首を傾げる翠。

 「……」

 何だろうか。この告白した訳でもないのにフラれた気分。

 亮太がそんな謎の敗北感に苛まれていることに全く気が付いていなさそうな翠は期待に満ちた目で亮太の顔を覗き込んでくる。

 「それで? どう? この翠ちゃんの彼氏役そう味わえるものじゃないよ? やってみない? 絶対損しないよ〜」

 詐欺感丸出しの営業トーク。幸せになれるツボや万病に効く水とかの方がまだマシなレベルだ。

 亮太は穏やかに笑みを浮かべると、深く頭を下げる。

 「謹んでお断りします」

 「……え、何で?」

 翠は信じられないとばかりに目をパチクリ。

 「こーんな可愛い私と付き合えるんだよ? え、ウソでしょ? 本当にち〇ち〇付いてる?」

 ――こら、女子高生が〇ん〇んなんて言うんじゃありません!

  亮太は内心で激しくツッコみながら端的に自分の意思を伝える。

 「だって面倒だし」

 「そんなあ……」

 翠は本気で落ち込んだ様に俯く。流石にそんなにあからさまに落ち込まれるときまり悪いが、ここは意思を曲げてはいけない。数々の面倒ごとに巻き込まれてきた過去により発達した面倒ごとセンサーが反応している。ダメ、ゼッタイ。

 「そっかあ……」

 もう一度、そう呟くと翠はいきなり亮太に向かって拳を振りかざす仕草。

 「!」

 校内では清楚なお嬢様として知れ渡っている翠からかけ離れたバイオレンスに不意を突かれる形になった亮太だが、反射的に右手を前に突き出してそれを防ごうとする。

 翠はそれを予期していたのか、亮太のその突き出した腕を両手で押さえ引き込み、肘に手を置いて引き倒す。

 「うッ」

 合気道か。流れる様な動作で亮太は引き倒される。

 「きゃー」

 だがどこかで技を失敗したのか、翠も棒読み気味の悲鳴をあげながらそのまま亮太の腕を引きながら倒れ込む。

 「ぐえッ」

 蛙の様な声をあげながら亮太は翠に折り重なる様な形で倒れ込む。

 「いてて……何すんだ……」

 ――パシャ。

 「……え」

 なに今の音。

 音が聞こえた背後に目を向けると、そこにはスマホのカメラが。そして、それは亮太に押し倒された形になっている翠が腕を伸ばして自撮りの操作が行われていた。

 「……なにやってんの?」

 一瞬のことで頭の整理が追い付いていない亮太は翠を押し倒した形のまま、アホヅラ。

 翠もそれを特段気にした様子もなく、スマホをチェックしながら「うん、よく撮れてるね」と満足げ。そして、翠はニンマリと口角を上げると操作していたスマホの画面を亮太に突き付けてくる。

 「!」

 「……どうかな?」

 そこに写っているのはどう好意的に捉えても亮太が有り余るリビドーのまま翠に襲い掛かっているその瞬間。

 100人に聞けば100人が亮太にギルティ判定を下すシロモノに亮太の背中には大量の冷や汗。

 「……とりあえず、話聞いてくれるよね?」

 「……」

 こんなものが出回れば学校どころか社会的に抹殺される亮太は黙ってコクコクと頷く。

 こんなことならまだカツアゲやドッキリの方がマシなくらいだ。

 そして、もう一つ。

 二ノ宮翠、間違いなくコイツは清楚なお嬢様なんかではない。

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