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「な、何が起きた?」
防患隊基地の作業場。八雲宗輔はモニターを前に愕然としていた。
先日を上回る機動力を持った識人による刃尾への集中攻撃。想定する限り最悪の、いや想定さえも上回るあり得ない悪夢を前に歯噛みしていた彼の目に、衝撃的な光景が飛び込んで来た。
防戦一方に追い込まれていた建御雷が突如防御さえも停止し、識人の鎌状器官が第一刃尾を切断するに任せたのだ。
全長一〇〇メートル近い刃尾は先端五分の二程までを失った。鏡のような切断面からは赤褐色の人工循環体液が迸る。副操縦士は生命危機のため即座に巨大脳から分離され、制御を失った刃尾は力無く地に落ちた。
当然、建御雷の身体制御には著しい困難が生じ、高機動型の異形のチョウに対する形勢はますます不利になる。
その筈だった。
「おい、どうなっているんだ、あれは!」
八雲は機体主任技術者の権限で基地内回線を使い、機体管制室へと連絡を付ける。だが、突然の事態に大混乱に陥っているのは向こうも同じなようで、原因は不明という悲鳴のような声が返ってきただけだった。
「クソッ!」
八雲は作業場を跡にし、すぐ近くにある管制室へ直接赴く。その間もモニター内に変化は無い。
建御雷は外見上、あらゆる機能を停止していた。巨大脳から分離された第一刃尾のみならず、その全身が格納庫にあるときのように力を失い、単眼さえ赤い輝きを失っていた。
「また毒か? だが、それにしては何か変だ。……一体何が」
管制室に彼が脚を踏み入れると、普段はここにいる筈のない研究員も含めた雑多な人々が溢れ返り、困惑した顔で議論していた。八雲はそのうちの一人、技研局の同僚に近付いて尋ねた。
「どうなっているんだ」
「その、それが……」
同僚はモニターの一角を指す。赤色の点滅した字で示されるその情報は、
「巨大脳が分解されている!? 何故だ?」
「さっぱり分からないんだ。今、整備士も総出でシステムの再確認をしているが、めちゃくちゃな有様で再構築どころじゃない。というか、分解自体も不完全で非常に危険な状態だ」
「……先程の刃尾切断が原因じゃないのか? 前例の無い事態だ。破損部位を巨大脳から切断するセーフティが暴走したのかもしれん」
「いや、それは無い。巨大脳の分解はあの切断の直前、数秒前に起きているんだ」
八雲は思い出す。モニターの中、攻撃を受ける直前に建御雷の前進が一度停止したのを。ヤクモシステムの開発者として、いかなる不具合が起きたのかを脳をフル稼働させて思考する。だが、まともな考えもまとまらないうちに、
「建御雷、再起動しました!」
機体を監視していた通信士の声に、室内の誰もが戦場を映すモニターに目を遣る。安全圏を飛ぶ偵察機から撮影されたそこで、確かに建御雷は覚束ない足取りで立ち上がっていた。赤光する単眼が、空中へ退避して困惑するように静止していた識人へ向けられる。
「い、いや、巨大脳は分解されたままです。主操縦士の操縦棺は操縦神経系から完全に切り離されています!」
再び室内にざわめきが広がる。八雲は背筋に冷たいものを感じながらも、茫然として呟いた。
「なら、あれを今動かしているのは……何なんだ」
直後、画面の中。
『ggyyyyyyuuuurrrurrrruu‼︎』
長く、大きな音が響いた。地を揺るがすどこか生物的な重低音。
それを発した影は、直立しつつ大空を見上げて醜悪な口を大きく開け、もう一度獰猛に吠えた。
それは建御雷の、その素体となった識人の咆哮だった。
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