キュン死五秒前
燈川愛湖
キュン死
「好きです。」
ピリリリリリリリリ。目覚ましの音で飛び起きる。いつもと違い、心臓がどくどくと暴れている。そんな心臓とは裏腹に私の気分は最悪だ。
佐山れいか、20歳。大学生。茨城県出身。東京の大学に進学し、一人暮らし中。ここまでは普通のプロフィールだ。だが私には特別な能力がある。それは毎晩必ず、予知夢をみることだ。こう聞くとたいそうなものに聞こえるが、すごいものでもない。その日のうちの、どこかの場面がぼんやりとわかる程度だ。だが、小学校、中学校、高校の運動会の結果や文化祭の出来事は全て事前にわかってしまっていた。何も知らない友達と同じテンションで笑い合うことも出来ずに今まで過ごしてきた。
そこで、今日の気分が最悪な理由は、今日の夢にある。
私は今日、友人の璃子と「Hatukoi」のライブに行く予定なのだ。「Hatukoi」は上京する前から推している5人組アイドルグループのことだ。彩りや新鮮さがなかった私の日常に色をつけてくれた。そんな存在だ。
そんなグループのライブに行けるのだ。どんなにこの日を楽しみにしていたことか。なのに、なのに。神様は私に優しくはなかった。私が今日みた夢はライブに行っている場面だった。
私の推し、ショウタくん。いつもライブでは、「今日の一言」というファンサがある。あるライブでは、「お前らをお姫様にしてやるよ!」と言っていて、このライブ映像を見て私も好きになったのだ。毎回違ったことを言ってくれるから、ファンの毎回の楽しみになっている。少し俺様なところがたまらない。
今日の夢はショウタくんの「今日の一言」の場面だった。
「好きです。」
この一言が今日の夢だった。心底がっかりした。いつもと違うテイストのコメント。知らずにライブに行きたかった。キュン死でも何でもしてみたかった。こんな能力さえなければ、とどんなに恨んだことか。それでも今日という一日は進んでいく。
「おはよー!れいか、今日は楽しみだね!」
璃子と合流し、ライブハウスへと向かう。
「おはよー。相変わらず元気だね。」
「れいかも相変わらずテンション低いねー。今日は待ちに待ったライブだよ?テンション低くする方が難しいよ!」と、いつもよりも高いテンションを羨ましく思う。
「やっと生でライブが見れるからね。私もこう見えてテンション上がってるよ。」
そうなの?という風に首をかしげる姿がかわいらしい。コロコロ変わる表情はこちらも見ていて楽しくなる。
「きゃー!こっち来てー!」
ライブは最高潮の盛り上りだ。璃子も目がハートになっている。そろそろショウタくんの「今日の一言」があるのだろう。ショウタくんがセンターに向かっている。他のメンバーがしゃがむ。くる。
「お前らの初恋、俺が奪ってやるよ!」
「れいかー!ねえってば!」
璃子の呼びかけにはっとなる。
「ごめん。ちょっと考え事してて。」
予知夢の内容と違ったことに驚きすぎて、私はライブが終わってもこの場に突っ立っていた。何で。こんなこと今まで一度も。
「もう私帰るからね。れいかも明日大学でしょ?早く帰った方がいいよ。」と、だいぶ困った顔をしている。
「分かった。私もなるべく早く帰るよ。ちょっと用事を思い出しただけだから。また大学でね。」
璃子は納得しきれていないようだったが、「また明日」と手を振って帰っていった。
今日起きたことが信じられない。確かに今日の夢は、このライブハウスでショウタくんの一言をきく場面だった。ぼんやりとしていてもこの場所だったことは確実だ。なのにどうして違うセリフを。
「どうしたの?もうライブ終わってから一時間くらい経つけど」私の他に人はいない。私に向けられた言葉だった。
「ショウタくん?!なんでここに!」声の主は間違えるはずがない。私の推しだった。
「何でって、片づけ手伝ってるだけだよ。たしか名前、れいかちゃんだっけ?オンラインのイベントに参加してくれた。」
「私の名前…。」
自分が認知されていたことに驚きを隠せない。嬉しすぎる。忌々しい能力の代わりに神様がくれたプレゼントだと思った。
すると突然、ショウタくんは真面目な表情になり、私の前に歩いてくる。
「俺、実は前にオンラインのイベントで話してかられいかちゃんのこと忘れられなくて。ずっとまた会いたいと思ってた。」
心臓がドクンドクンと脈打つ。足に力が入らない。立っているのがやっとだ。何かのドッキリ?思考が急激に停止していく。言葉を発する余裕もない。
そんな私を見てショウタくんはまた口を開いた。
「好きです。」
キュン死五秒前 燈川愛湖 @toukawa_ako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます