第13話
「何度も席を外して申し訳ない」
「今頃、外ではマスコミが騒いでいるんでしょうね」
「彼らも仕事だからな。物好きな熱気で凄いですよ」
「僕の顔に、異変があると気づいたんですよね?」
「他の刑事から捜査を行なったところ、現在のあなたの顔と一致しない別の男性の顔写真がデータとして送られてきました」
「それを見たその顔こそ、本当の僕です」
「どうして顔を変えたんだ?」
「昔の自分にはコンプレックスが多かったんです」
「例えばどんなことで?」
「肥満体質だった容姿もそうですし、今より運動もできなくて疲れやすい身体でした。それと、誰が見てもただのお人よし。自分は優しくしているつもりではないのに、いつの間に年配者に気を遣うようになったり、小さな子どもたちには絵本の読み聞かせや勉強も教えていくようになった時もありました」
「それを慈善と呼ぶのではないですか?」
「慈善か。確かに何か手助けになればいいと考えて接していた時がありましたね。別海にいたころは多感な時期もありましたが、あまりにも人気の少なさにむなしさを感じて、次第に人から離れて一人で過ごすようになっていきましたね」
「整形手術を受けたのはいつでしたか?」
「二十八歳くらいでした。投資で貯まった金であちこちの美容整形の医院に行きました。断られることもありましたが、何軒目かのところでようやく受け入れてくれたんです」
「顔を変えると自分も変わる。そう考えていましたか?」
「そうですね。僕は弟の顔立ちに憧れていました。男らしい自信ある目鼻立ちがずっと気になっていて、いつか彼のようになりたいと思っていました」
「その顔になるまではどのくらい時間をかけたのですか?」
「約五年かかりました。途中でパーツがよじれてきたこともあって、そういう時は駆け込みするように医者に頼んで修復してもらいましたし」
「つぎ込んだ額はどのくらいでした?」
「一千万でした。その間知人の投資家にも借りてのちに返済していきました」
「その顔になった気分はどんなものでした?」
「包帯を外した当初は自分でも見惚れてしまいました。これで女性とも付き合える。しばらくは困ることがなくなって投資が楽しくて仕方がなかった。それに女性からも複数人かからいくらか振り込んでくれて、気がついた時には五千万以上貯まっていきました」
「女性関係も戯たわむれ放題でしたか?」
「好みはありますよ。その辺は選んで付き合っていきましたし。今こうしている間も……僕の事を考えてくれているでしょうね」
「ただあなたにはその自由がご自身で揉み消してしまったようなもの。いくら引き返そうとしても、慈悲は後には立ちません」
「これが……僕の未完となる境地か。こうして大失態をしてあいつの手元には届かないまま、地獄を見るのか……」
「もう少しで署の捜査官らがこちらに戻ってきます。その後に逮捕状が出て被疑者として拘置所に搬送されますので、ご自宅には帰れません」
「あなたに二つお願いがあります」
「何ですか?」
「所持金がない。いつも飲んでいる常備薬や入眠剤が家にあるんです。それを取りに僕を一旦帰してもらえませんか?」
「精神科にも通われていたのですか?」
「はい。それがないといつかまた出所した時に何も持っていないと不便です。お願いします」
俺は傍にいた書記官に声をかけ巡査長や係長と相談すると、捜査官が同行するなら一時帰してもよいと許可してくれたので、新谷にそう伝えると頷いていた。
「もう一つの頼み事というのは?」
「どうか弟が見つかったら僕や家族の事を教えてあげ、彼の話も聞いてあげてください」
「弟さんは家族がどうなったかも知らないんですか?」
「はい。唯一純真な心でどこかで生きていることだと思うので、伝えてあげてください」
それから巡査部長と係長が同行して彼の家へと向かい、リビングにあった処方箋と財布を持ち出して再び車に向かおうとした時、彼はトイレに用を足したいと言い出したので、係長が中に入り異物がないかを確認した後、彼が入った。
その僅か数分後だった。
新谷はトイレットペーパーのホルダーを取り外し、本体の後ろに付着させていたある錠剤を複数個取り出してそのまま飲み込むと、ふらついてその場で倒れて意識を失った。その音に気付き、生島と係長がドアをかけると、目を開いたままうつ伏せになっている彼をすぐさま運び込んで署へ戻った。しかし一時間も経たないうちに息を引き取った。死因は錠剤に含まれていたリン化亜鉛だった。遺体を検察へと身柄送検の扱いで搬送したあと、署内の捜査本部は解体されていった。
新谷の真相についてはある程度までしか取り調べが行なえなかったが、彼が最後に告げていた弟の身元を捜査していき、四日後に札幌中央警察署から一報が入り、北海道の石狩市に近いところにある養療所にいることが判明した。
翌日の飛行機の便で俺はその場所へと向かい、施設の中へ通されるとケースワーカーに案内されて彼の弟がいる病室へと向かった。
「先日もお話したように、新谷さんは脳性麻痺が残っている状態です。刺激を与えるような言動はとらないようにしてください」
「わかりました」
室内に入ると誰もいなかったので、中庭へ足を運んでいくとベンチにある人物が座っていたので、ケースワーカーが声をかけるとその人はこちらを振り向いた。俺は唖然とした。患者用の部屋着にブランケットを膝にかけて座るその人は新谷眞紘とうり二つの人物だった。
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