第11話

その頃私は、監察医務院で本谷塔子の検案及び司法解剖を行なうのに立ち会い、遺体に残る血痕や内臓の中に異物が混入していないかを監察医と検証していった。新谷が話していた通り、共犯者の男が事件当時にビニールシートの上から凶器や素手で殴られた痕が、肩から足首にかけて数十ヶ所に付いていた。その中に喉の気管に異物が引っかかるように、詰まった状態である物が見つかったので取り除いていくと、紙幣らしきものが出てきた。


「生島さん見てください」

「これって……万札ですか?」

「切れ端の隅に番号が振られてあります。おそらく万札のようなのです。それから、札の顔の部分に指紋も検出されました」

「指紋ですか?」

「共犯者もしくはその実行犯のどちらかの指紋となります。これを鑑識に回しますね」

「ここでは検案しないのですか?」

「異物があった場合、そちらに回すようにとあらかじめ阪野さんから指示があったんです」

「わかりました。お願いします」


やはり阪野警部補は見抜いていた。それから鑑識課に移動して逮捕当初に精密検査を行なった際に、検査した新谷の血液や指紋を採取した器具を鑑識官が出してきて専用の機械に照合していくと、万札についている指紋が新谷のものと一致した。私は署に戻り係長に告げて取調室に向かい、一度阪野警部補を呼び出してその報告をした。


「万札が喉に入っていた?」

「はい。本谷さんが亡くなる前に新谷と口論した際に彼から無理矢理飲み込まされたものと推定できます」



再び取調室に戻り、新谷に十一番目の被害者である本谷の身体から異物が混入していたことを告げ、真相を伺ったところ、自分が入れたことを認めたので詳細を聞き出した。


「共犯者の男に彼女を引き渡す前、指輪をせがまれて口論になったと言っていましたよね。その経緯とは何でしたか?」

「その当日に本谷さんから急に言い出したので、日を改めて話し合いたいといったのですが……そうしたら、突拍子もなく抱きついてきて、私はあなただけのものだから、愛している気持ちを見せて欲しいと言われたんです」

「だが、あなたはその言葉に逆上して身体を突き放したんですよね?」

「はい。あらかじめ渡された通帳とその時に持ってきた万札が入った袋を僕の顔に叩きつけたので、怒りが一気に沸点に達したので、彼女の顔を押さえ込んで数枚口の中に詰め込みました」


「その時相手は意識はあってやったのですか?」

「玄関に立てかけてあったポールで思い切り殴りました。そのうちに意識をなくしてそれから口の中に詰めていきました」

「どうして詰めたんですか?」

「彼女は金の扱い方が酷かったんです。手に入った途端にすぐに散財する癖があり、それに呆れていました。僕はそのような人間を求めていなかったのに、彼女を知れば知るほど獣になっていった。それに歯止めをかけたくてその行為を行なったんです。あの世に行ってからも、その金を持って悔い改めろという意味でね」


当時、新谷は安易に彼女を捨ててしまうとこれまで振り込まされてきた金がなくなってしまうと、投資で稼げなかった分とのすり合わせを行なうのに焦りを感じていたので、わらにもすがる思いで交際を続けていたという。彼は金には困っていないように見せかけて、本当は不特定多数の人物から貢がせていたことも自供してきた。


「最後に十二人目の被害者の曽根啓一郎さんについてですが、この方との接点は?」

「同じ投資家の仲間でした。僕に初めて投資を教えてくれた人です」

「どうしてその人に殺意を抱いたのですか?」

「彼は……僕が思っていたより傲慢な人で、自分が投資を始めた頃、株価の数値を見破ることができないときはよく𠮟っていたものでした」

「叱るように付き合っていたのは新谷さんがそれだけ見込みがあったから、よくしてあげようと厳しくしていたようにも伝わってきますが……また誰かと似たような人間だと感じていませんでしたか?」


すると、彼は突然高笑いをし出したのでやめるように促していったが、椅子から床に身体を伏せて笑い続けていた。


「どうした?何がそんなにおかしい?」

「あの人は、この世で一番殺したい奴と被っていてずっとどのタイミングで殺ってしまおうと企てていたんですよ。あはは……」


その様子を見ていた生島が中に入ってきて彼を宥めると再び椅子に腰を掛けた。


「その似ている人物とは誰なんですか?」

「弟です。ずっと共に争ってきて貶されてきたあの傲慢な弟です。外観は似ていないのに……中身はあいつそのもの……!」


憤怒した新谷は机を叩き出し俺の首元を掴みかかってきて目玉が飛び出るほどこちらを睨みつけてきた。


「俺は弟ではない。それ以上苛立てても無駄だ。落ち着け!」


興奮気味に息を荒立てて椅子に座るとしばらく無言でいたので、どうしたのか訊いてみた。


「取り乱して申し訳ないです。でも、あなたにそう言われるとあいつの事を思い出してそのたびにベランダから叫び続けていたんです」

「叫ぶと周りに気づかれないか?」

「今いるマンションは防音性に優れている。何をどう暴れても隣人には漏れることがないので自分のやりたい放題なんです」

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