第3話

朝八時を過ぎた頃、俺は警察署に出社をして連続殺人事件の捜査本部が設置してある会議室へと行き、相島巡査に新谷の釈放された理由を聞きだそうとしていた時、アナウンスが入ってきた。


『警視庁本部より報告。都内で起きた無差別連続殺人事件に関与した者として、拘置所に身柄を拘束している被疑者を○○警察署へと搬送中。大至急設置所に捜査チームを集合するように指示があり。繰り返す……』

「真……犯人ですかね?」

「わからん。あいつが釈放されてからまだ四十八時間も経っていないだろう。すんなり事がうまくいくわけがない」

「おい、会議が始まるぞ。さっさと座れ!」


他の巡査長の苛立ちが室内を響かせている。他の捜査官らも慌ただしく中へ入ってきて着席していくと、捜査一課長から次の報告が上がってきた。


「今回の事件についてですが、当初容疑として拘束していた新谷の保釈が認められたことから再捜査を行った結果、○○県の警察署に身柄を拘置していた佐枝さえぐさ美麗みれいという三十歳の女性が新たな容疑者としてこちらの署に搬送されることになった」

「その佐枝という女性ですが、何か証言になることを吐いたのですか?」

「質問については取り調べが新たにこれから行うのでこちらからは受け付けられない」

「一体どういうことですか?」

「佐枝が自供すれば真犯人として扱う事が可能といったところだが、現時点では断定できない」


捜査官らがざわつくなか俺はある事を投げかけてみた。


「課長。その女性ですが、新谷眞紘とこれまでに関与したことがあったのではないでしょうか?」

「申し訳ないがそれもまだ調査中だ。これから搬送されてくる女性に報道陣が待機している。二課の者たちはその対応を行なうようこれから署の前で待機するように。以上だ」


捜査一課長が退室をし、捜査官らが首をかしげながら話をしているその合間に、俺は廊下へ出て外の様子を伺いに行った。言っていた通りに報道陣がカメラを向けて待ち構えている。片側の顔を引きつり上げて鼻で笑うと、窓ガラスの向こうから一台の護送車がこちらへと入ってくるのが見えた。

捜査官がビニールシートで覆い隠してそのドアから佐枝らしき女性が搬送されてくるのが見えていた。その後取調室へと向かい担当の警部補らが入っていき、二時間ほどの質疑応答を行なった後、一旦佐枝を留置場に拘束し、再び捜査本部へと会議が行われると課長から報告が上がった。


「取り調べを行なった結果、佐枝が今回の無差別連続殺人事件の関与をし、殺害された十二人全ての被疑者だと自供。これにより真犯人は佐枝美麗三十歳女性と断定。新谷眞紘の容疑が証拠不十分となり本釈放が決定した」


俺はともかく捜査にあたった刑事や捜査官らが肩を落とし落胆していた。


後日、三軒茶屋駅から二十分ほど歩いたところにある、新谷の住むタワーマンションにやってきた。外観は思った通りの今どきのデザイナーズ系の建物で、一階から六階までが商業施設が入っていて、七階から二十階までが住宅用施設となっている。彼はその十五階の中央に居住していると聞き、七階のエントランスホールにあるインターホンで呼び出しをすると、すぐさまドアを解除して中に入っても良いと返答してきた。

小綺麗な内装があまりにも自分に合わないので、エレベーターに乗るにしてもどこかぎこちない感覚だった。十五階に着き新谷の部屋のドアの前に立ちしばらく待っていると、中から彼が出てきた。


「阪野さん、よくおいでなさいましたね。どうぞ入ってください」


ゆったりとした裾の長いスウェットにジーンズを履いて、彼は平穏な表情をしながら微笑んだ。二LDKの一人で住むには広いこじゃれた間取りだ。リビングへと向かうとスカイツリーから望むように都内の夜景が広がっていて、中央に構えるキッチンでワインセラーから一本の赤ワインを取り出していた。


「今日は仕事帰りですか?」

「まだこれから残っている。飲み物はいりません」

「刑事さんも大変でしょう。少しくらいは休んでいってくださいよ。じゃあ烏龍茶にしましょうか。そこのソファにかけて良いですよ」

「では……お構いなく少しだけいただく」


グラスに注いだ烏龍茶を差し出し、新谷も座るように促すと、深く腰を沈めて座り出した。


「ここにはどのくらい住んでいる?」

「まだ三年です。なかなか良い所がなくて探しまくってようやくここに決めたんですよ」

「今日俺がここに来た理由はわかるな?」

「僕をまだ世間のみんなが疑っているんですよね。取り調べで繰り返し事件に関わっていないと話したんですよ?」

「今朝真犯人が署に留置されてきたんだ」


新谷は飲みかけのワイングラスをテーブルに置き、前屈みになり俺の顔を見てきた。


「その犯人って名前は何と言いますか?」

「佐枝美麗という女性だ」

「知らないですね。名前は美しいけど、どす黒い闇を持っていそうな雰囲気が感じる」

「どうしてそのように感じるんだ?」

「直感です。おそらくですが、その方の抱える心の闇が酷く邪魔をして何かに洗脳されて殺意に至った……そういう捉え方もあるかなって」

「これから法廷に立つから何とも言えないが、殺意が働いたのは親しかった男性とのもつれがあったと話していた」

「淫らな異性関係か。捨てられた挙げ句に奮い立って狐に化けたとか?あはは。その女性がわかりやすい人なら、人を殺める糸口が見つかりそうですね」

「そう簡単には決めつけられん。新谷さんも発想力が強いですね」「ただの空想にすぎません。曖昧な発想だけじゃ、今回の無差別事件には連結できないところも多いですよね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る