第2話

やがて深夜二時が過ぎた頃。警視庁及び○○県警察庁の捜査一課や機動隊十数名が現場に到着した。


「こちらです。男性の身元を調べていますが、まだ不明なままです。遺体は死後二、三日は経過しているものかと思われます。顔を鈍器のようなものでえぐられている状態で、今の状況では誰のものなのか全く検討もつきません」

「顔以外は血栓が固まっている状態か。体の部分には……うーん、数ヶ所痣あざが見られるだけか。遺体を直ぐに検視に回すように運んでくれ」

「あんなに顔を抉られてたら身元もすぐには断定しにくいですよ。どうしてここまでやったのか、よほどの恨みでもあったんでしょうかね?」

「その状況については断言できんが、まずは調べてもらおう。他に遺品が散乱していないか周辺を引き続き捜査してください」


その後捜査は難航をし、現場にいた捜査員や機動隊も不透明で何とも捜査しにくいものと判断し、一旦中止となった。警視庁にも○○県警察庁と同時に連続殺人事件として、捜査本部を設置し会議が行われた。


「今回の○○県の山間部で発見された遺体の身元が未だ不明のまま、性別は男性、年齢は三十代から四十代半ばのもの、これまでの連続殺人事件の同人の犯行と見て捜査を引き続き行う。検視の報告より、顔全体の損傷が腐敗されている状態で身元を判定するには他の体の個所からでないと断定はできないと言われた。全員引き続き捜査に全うしてくれ。以上だ」

「警部補。今回の事件ですがこれで十二名の無差別殺人として調査していますが、容疑者が特定できないままだと昨日仮釈放された新谷眞紘とは断定してもいいのでは?」

「それを断定するのには早すぎる。遺品が揃わなければ全ての証拠が掴めないぞ。全員各位置につき引き続き捜査に当たれ」

「ところで生島、阪野警部補の顔がないな。まだ捜査室で写真と睨み合っているのか?」

「はい、恐らくそうだと思います」

「大至急ここに連れて来い。あいつも捜査に加わってもらうぞ」


阪野警部補はこういう時に何でいつも一人で引きこもるように会議に出てこないのだろうか。十数年付き合って居てもこのありさまかと感じてしまう。私は警部補のところに駆けつけ昨日あった事件の捜査に加わるよう呼びつけ捜査会議が設置している場所へ押し付けるかのように引き釣り出した。


「どうだ、新谷の犯行だと確定できそうか?」

「まだ断定とは限りません。警部補、いい加減会議に出てくださいよ。他の刑事たちにも睨み付けられているんですよ?」

「俺は他の奴らとは別格だからな。特別扱いされて大歓迎だ」

「そもそも会議に出ない理由って何ですか?またいつもの容疑者の写真と会話しているんですか?」

「そうだ。今回の野郎とはなかなか口を開かなくて、不気味さが伝わってくるんだ。まあ、会議には出れなくはないが、会話している時にタイミングよく始まるから出ないだけの話だ」

「そんな……まあこれまでのあなたのやり方でも、検挙率が高く出ますから否定はしませんが。次回の会議には必ず出てくださいね」


若造が何を言うか。取り敢えず会議室の部屋へと入り、ボードに書かれた容疑者の検証を読んでいった。


「十二人殺しか……やるだけやっておいて仮釈放されているなんて。悍ましいにもほどがある。上層部は何を考えているんだ?」


正直納得がいかない。俺は他の刑事に奴の居場所を聞き出し、後日自宅だというタワーマンションに行くことを決めた。



──「なぁ、俺の居ない間、どこの野郎と寝ていた?」

「誰とも会っていない。それにすごく久しぶりだから、今日はイかせて……」


どのくらい振りかは覚えていないが、既婚の身である女を呼び出してベッドの上で性交に更けていた。私が仰向けになると女はその中肉中背な身体を揺らし始めていた。


「見ないうちに喉の皴が増えたな。肌もやつれてるし。お前も年老いてきたか?」

「そう言わないで。エステだって行っているわ。あなたの目がそう見えているだけよ」


これ以上何も聞きたくない。このまま暗闇の中に揉み消したいくらいだ。相手の駄々洩れしている喘ぎ声だけで絶頂に達しそうだ。女は時折白目を向いては身体を揺らす度に息んで勝手に高揚していやがる。何かを欲しがるように私の腕を鷲掴んでは長い爪を立てて深く喰い込ませる。


それにしても小汚くてどこか醜い目つきだ。先程の二重でくっきりとした眼差しをした幼女の瞳は消えてしまったのだろうか。この女も相当の玉だ。きっと他の男達と色情を交わす時も顔を使い分けているに違いない。お互いに熱した身体を一度離して、女の柔毛の中に隠れ熟れたそれを口と舌でしゃぶり出すと、もっと吸い込んでくれと要求してきた。

望みどおりに私はもてあそぶかのようにくすみがかった桃色のひだを噛り付いた。好みでもない女の身体ははっきり言って旨くはない。玉膚ぎょくふに満ちて見えるこの肌触りはどんなに指先でまさぐり回しても本性は表向きにはしないだろう。

それを分かっていても脊椎から脳天へと突き抜けていくこの快感は昼夜問わず病みつきになるくらい欲しがるものなのだ。私が先に絶頂になったところで女の溢れた体液から硬固した陰茎を離すと、まだ続けてくれとせがんできた。


「もういいだろう。またこの次にしたい」


裸体を浴室へと向かせてシャワーを浴びた。しはらくして寝室へ戻ると女はシーツを纏って眠っていたので、片脚で背中を蹴り帰るように促した。セックスの余韻など残したくはない。一時的に満たしたものはすぐに捨ててしまいたい性分なのだ。女が寝返りを打ったが起きる気配がないので、咥えた煙草に火をつけて火種をその背中に押し付けると、飛び上がり野次を飛ばして激情に触れながら衣服を着て、慌てるように靴を履いて闇夜が浸る街の中へ帰っていった。

その姿に嘲笑いリビングの外のベランダへと出て、ふざけざまに大声で叫んだ。私のその声は真っ先に喧噪けんそうへと吸い込んでいき、誰にも気づかれぬまま夜夜中の星屑の彼方へ消えていく。


この自由も傑作だ。誰にあざむかれようが己の自由に背くことなど恐れるものか。孤独など微塵にも恐れる事もなくなり、無心に傑作を求めながら日々を過ごす。


そう、芸術家は常に放浪者。


あくなき道に踏み込めば同じ道を辿る事はなくなるのだから、塵のように消えても誰にも気づかれず傷つけずに生きれるのだ。


キッチンのカウンターテーブルに座りワインのコルクを開けてグラスに注ぐ。メルローのワインの色が生きた血のように冷たくて喉を通り抜けていくほどに震駭しんがいするかのように全身の筋が躍り出す。スマートフォンに一通のメールが届いたので開いてみると、私が指示を出した人物から予定通り十一人目の番人が息を引き取ったという。


『手ごたえはあったがあなたの事は見破る事はなかった』


今回も上手く作品が出品されて警察の奴らに見せることができた。そう簡単には彼らは捕まらない。私が指示した通りに動いてくれればいいのだ。

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