おもい、重ねる

その日の美術室には珍しく先客がいた。

イーゼルにほとんどまっさらなキャンバスを立てかけて背中を丸めて唸っている。縦に長くて彼の身長くらいの大きいキャンバス。

着ているジャージの色から推察するに同学年だろう。友達の部活が終わるまで、私もここで待っていたいのだが受け入れてくれるだろうか。

そろりそろりと放課後の光を受ける彼に近づいていく。

「あのー。」

キャンパスと睨めっこする彼の後ろに立って2回くらい控えめに声をかける。

「あの!」

3度目は流石に声量を上げた。すると丸まっていた背筋がピン!と伸びて上半身がギギギとぎこちなくこちらを向いた。

「だ、どどどどうしました。」

ずれたメガネを両手で直しがなら言う。

その顔はメガネをしていてもわかるくらい整っていて少し驚く。なんというかシンプルに顔が小さくて目がよく光を集めて綺麗。気弱そうな雰囲気とマッチしない。

「私放課後いつもここに来てて、」

「あっ、う、ごめん邪魔だった? 場所ずれたほうがいいかな。」

私が喋っている最中にしぴっ!と空気が音を立てるくらい機敏に動いて立ち上がった。座っていた角椅子を中腰で抱えようと手を伸ばす。

「違う違う。ただ私もここにいたいくて。こちらこそ邪魔じゃないかなって。」

「じゃ、邪魔だなんてそんな。」

椅子をキャンパス前に下ろしながらホッとしたようにため息をついて言う。

「貴方はどうしてここにいるの? 」

いつも人気がなく、空気が滞留してる美術室。そこに座り込む彼は新しい流れだから何となく気になって。

「久しぶりにここで日向ぼっこがしたくて。」

「室内で? 」

「あ、うん。ここ大きめな窓がついてるでしょう。少しずれた夕陽が差し込んで綺麗なんだ。直射日光は僕には眩しいから。」

言われてから室内の日向に目をやる。そういえばいつも電気はつけていなかった。大きな窓から差し込む光は舞う埃まで照らすから。

「そっか。それはいいね。」

畳まれた机の下にある角椅子を彼の隣に持ち寄る。

会話に区切りがついたと安心している彼の横で私も日向ぼっこに参加することにした。




「だいぶ進んできたね。」

まっさらだったキャンパスは黄土色一色に染まっていた。濃淡がしっかりついているからそれでも何を描いているのかはわかる。今は秒針の書き込みを行っているらしい。

「ありがとう。」

最近は一度声をかけたらもう反応してくれるようになった。

「再テストうまく行った? 」

筆と熟慮を一旦止めて顔をこちらによこして話しかけてくれる。

最初は酷い人見知りかと思っていたが一歩踏み込めば気さくで優しい。

「からっきし。」

「そうかぁ。」

そういうこともあるよね、と笑ってキャンパスに向き合い直す。

黄土色に染まってる筆に油を含ませて塗り重ねていく。細い筆に持ち替えたり、迷いながらもとにかく進む様はかっこいい。

「ねえ、絵を上手に描くコツって何。」

魔法も使えないのに、使ってないのに、空虚な紙面上に世界を産める。

何かを考えて、それをリアルに出力できる。

私がいつまで経っても使えない唯一の魔法を、魔法無しで、苦しみながらでも、楽しそうに。

「モチーフに夢中になることかな。」

珍しく、私に目を合わせず答える。その視線の先には麗しい友人がいた。

額縁の中で今は動かない塗り重ねられて形になった彼女が。

「君は夢中なの。」

「うん、夢中。愛してる。」

彼は絵に向けて愛おしそうにぼそぼそ喋る。惚気られてるみたいで心の中が曇る。

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