タイパ至上主義者たちの誤解

 近年、タイムパフォーマンス(略して「タイパ」)を求める層が増えてきている。映画・ドラマなどといった映像作品は倍速で視聴し、漫画・小説で長ったらしくて冗長な説明文が現れたら飛ばし読み、音楽はサビだけ聴いたら次から次へとスキップ再生などなど。人様が手塩に掛けて育て上げた我が子のような創作物を、まるで消耗品かのように扱う消費者たちが急増している。それが昨今の娯楽文化が飽和状態となった社会に生きる人々の生活様式といったところだろうな。


 そうすると、消費者たちに娯楽を提供する創作者側に、とある誤解が生じているように思える。「今やタイパこそが最も重視すべき要素なのだから、作品の内容はそこそこに、受け手が手早く消費しやすい商品を大量生産する方が都合が良い」のだと。


 要するに、例えば小説においては、できるだけ一話あたりの文字数を減らし、決して冒険はせず、既に確立された一定のジャンル・テンプレに従ってストーリーを構築し、登場人物や設定は箇条書きのようにして予め説明することで物語のテンポを加速させるなどなど、所謂「タイパ至上主義」的な文章構成こそが正義で、時流に沿っているのだということだ。


 皆様はこの論理に共感できるだろうか。もし皆様が日夜試行錯誤して書き上げている文章が、以上のタイパ至上主義の定義に当てはまるものだった場合、そこには重大な見落としが発生している可能性があることを指摘したい。


 そもそも、娯楽文化を享受している人々が創作物を「消費」する意味とは何か。今やインターネットを通じて、誰もが手軽に自らの好みにあった娯楽に触れ、楽しい時間を過ごせるというのに、敢えてその時間をすり減らすような真似をするだろうか。では何故、タイパを重要視する人々は創作物を大量消費するという発想に行き着くのか、考えたことはあるか?


 そう、先述した通り、娯楽文化が飽和状態となっている今日において、自らの好みに合った特定のジャンルの作品にアクセスできる機会は爆発的に増えた。しかし、その一方で、映画にしろ、音楽にしろ、小説にしろ、消費者の求める娯楽の水準もまた爆発的に跳ね上がり、自らの趣味嗜好とミクロレベルまで完全に合致した最高の作品と出会いたいと人々は考えるようになった。するとどうだろう。まるでマッチングアプリに会員登録した者同士が他者のプロフィールを見て「アリ」「ナシ」の二択に素早く仕分けしていくかの如く、自分にとって最高のパートナーとなり得るコンテンツと出会うため、人々は創作物を大量消費しているのだ。


 想像してみてほしい。皆様が友人・家族・恋人などと旅行にいくとき、途中で「タイパ悪いから帰ろう」とはならないだろう。もしそうなる可能性が少しでもあるなら、始めから旅行を計画したりなどしないはずである。それは旅先でどのような出来事が待ち受けていたとしても、友人・家族・恋人と過ごす時間が楽しいものであるとの確信を得ているからに他ならない。


 だが、右も左も分からない創作物の大海原に身を投じることとなれば話は別だ。初めて見る映画は面白いかどうか分からないし、途中で視聴を諦める人も居る。小説だってそうだ。つまらなければ、好みに合わなければブラウザバック。しかし、それはあくまでタイパを極限まで追求しているというよりか、真に自分が心から楽しめる創作物と出会うためのマッチングに過ぎないと捉え、そのための時間を短縮しているに過ぎないと考えるべきだろう。


 だってそうだろ。僕は理解できないが、ディ〇ニー関連のコンテンツが大好きだという層は、関連作品を何度も繰り返し視聴したり、某テーマパークを何周もしていたりなど、熱心なファンも少なくない。大好きなアーティストの新曲であれば、せいぜい3分前後が主流の音楽も、10分だろうと聴いていられる。自室の本棚に並べられた漫画は、内容を端から端まで覚えていたとしても、何故か定期的に読み返したくなるよな。そこにタイパは関係あるか。いや、ない。


 つまり、タイパという概念はクジラが濾過摂食するが如く大量の創作物を飲みこむための単純なものではなく、どこまでも広がり続ける小宇宙のような創作世界で真に魅力的な作品を発掘するための作業を効率化しようというムーブメントなのではないかというのが、今回の考察だ。そして、僕の主張する仮説が正しかったその時、誤解されたタイパ概念に基づく創作物は、海に浮かぶ流木のようにすっかすかで内容が乏しいだけの漂流物へと成り下がるのだろう。


 ──おしまい。

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