盗人の災難

三鹿ショート

盗人の災難

 私が他者の金銭などを奪う理由は、単に楽をして生活をしたいからだというわけではない。

 他者が汗水を流した結果、ようやく入手することができたものを奪ったときの絶望した表情を見たかったからである。

 そのために、私はわざわざ家主が帰宅するまで家の中で待ち、その表情を見てから逃げ出すようにしていたのだ。

 これまで撮影してきた表情の数は多く、半日ほど時間をかけなければ全てを見ることが出来ないほどだった。

 己の安全を考えれば、盗みを働いた後は即座に逃げ出すべきなのだろう。

 だが、既に盗むという行為に及んでいる以上、早く逃げようが遅く逃げようが、罪の重さに関係するわけではない。

 早く逃げなければ捕まる可能性が高くなるだろうが、相手が家主だけだということを考えると、それほど恐れる必要も無かったのである。

 このような悪事を何時まで続けられるのかは不明だが、身体が動く限りは実行していこうと考えていた。


***


 その日、盗みに入った家の地下室で、私は一人の女性を目にした。

 両手と両足を拘束され、目隠しをされ、さらには猿轡を噛ませられているということを考えると、おそらく彼女は監禁されているのだろう。

 自分の立場を考えると、彼女を助けることで身の破滅を招く可能性が高くなってしまう。

 しかし、彼女をこの状態のまま己の所有物と化せば、話は異なってくる。

 監禁していた人間は、まさか自分が監禁していた人間が盗まれたなどと叫ぶことはないだろう。

 同時に、監禁されていた彼女にとっては場所が変化するだけで、私がこの家の人間の仕事を引き継げば良い話である。

 一人の女性を好き勝手にすることができる機会に遭遇するとは考えていなかったために、私はその家の人間が絶望する様子を確認することなく、彼女を自宅に連れ帰ってしまった。

 帰宅してから、家の人間の反応を見るべきだったと後悔したが、既に遅い。

 気晴らしとして、眼前の彼女の身体で愉しむことにした。


***


 彼女と関係を持つべきでは無かったと、私は己を呪った。

 何故なら、彼女の肉体はあまりにも素晴らしかったために、離れることができなくなってしまったからだ。

 今では盗人としての仕事を全くと言って良いほどに実行しなくなってしまい、その代わりに、一日中彼女と繋がり続けていた。

 みるみる生活費が減っていき、それを補填しなければならないと考えているものの、彼女から離れることができないのである。

 厄介なものを盗んでしまったと、己を責める日々が続いた。


***


 買い出しから帰宅すると、自宅の扉の前に箱が置いてあることに気が付いた。

 家の中に持って行き、箱に貼り付けてあった封筒の中身を確認すると、中には私に向けて書かれた手紙が入っていた。

 それを読んだところ、この手紙の主は、彼女を監禁していた人間であることが分かった。

 私の盗みが露見してしまったことに震えてしまい、思わず窓から外の様子を観察するが、私を逮捕しようとしているような人間の姿は無かった。

 そのことに安堵すると、私は手紙の続きを読んでいく。

 ひたすらに、私に対する感謝の言葉が書かれていたのは、監禁していた彼女を盗んだことが理由らしい。

 いわく、手紙の主もまた、私と同じように彼女の肉体の虜と化したらしく、真面な生活を送ることができなくなっていたようだ。

 だが、私が彼女を盗んだことにより、しばらくは自分で自分を慰める行為を繰り返していたものの、何時しか普通の日常を送ることができるようになったらしい。

 麻薬のような存在だった彼女を断ち切ることができたことに心から感謝しているために、手紙の主は私を然るべき機関に突き出すつもりは無いということだった。

 手紙を読み終えた私は、己の選択に後悔した。

 手紙の主が彼女を拘束していたのは、何処からか誘拐してきたためではなく、少しでもその肉体から離れようとしていたためだったのだ。

 そのことを知っていれば、私が彼女を盗むことはなく、今も盗みを繰り返し、己の生活を安定させていたはずである。

 それならば、彼女を排除すれば良いのではないかとも考えるが、あの肢体から離れることなど、出来るわけがなかった。

 私は手紙をその場に落とすと、吸い寄せられるかのように、彼女のところへと向かった。

 このような鬱屈とした気分を晴らすには、彼女と繋がることが一番だったのである。


***


「何故、この女性は拘束されているのだろうか」

「気にしている場合ではない。素早く行動しなければ、家主が戻ってきてしまう」

「では、この女性も連れて行こうではないか」

「何故だ」

「一人の女性を拘束していることを考えれば、訳ありだということだ。そのような存在が盗まれたとしても、助けを求めることなどできるわけがないだろう」

「一理あるが、世話の担当はきみだ。私には興味が無い」

「分かったが、味見くらいはさせてやろう。欲しいときは言うが良い」

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盗人の災難 三鹿ショート @mijikashort

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