二十、ラムチョップステーキはとても爽快 一

 数日後。


 オンライン陶芸教室が始まった。あくまで主催者は検見さんで、あの模擬演習から何度も通信システムをテストした。それを踏まえて、なにかあったらいつでも相談できるよう私と正のパソコンにも回線がつないであった。音声の出入りはなく、検見さんが助けを求めたときだけ画面に表示がでる。


 平日の午前中、それも座学ということもあってか真奈江の姿はなかった。邦子のそれははっきりした。和服姿の上品な中年の女性で、いかにも昭和世代というお化粧だった。駒瀬は相変わらず地味な格好で、ある意味座学がサマになった。引きたて役という意味で。


 講義は滑らかに進み、いたって順調に終始した。満足しない理由はない。ないが……。


「とっても面白いね。ハマっちゃいそう」


 上機嫌でナイフとフォークを動かしながら、駒瀬は能弁ににわか陶芸知識を語った。


 講義からもう数日して、駒瀬の指定になる羊肉専門店『羊頭羊肉』が……厳密にはその座席が……舞台となっている。『富竹』のすぐ近くにあるお店だ。駒瀬が注文したラムチョップと、私のラムケバブは差し詰め小道具か。駒瀬の知識の大半は、模擬演習で私と検見さんが練った台本からきていた。苦笑をこらえながらも一つ一つうなずいている。


 陶芸教室がどれぐらい参加者の心に響いたのかを知りたいので、講義が終わってから日取りを調整して駒瀬と会うことになっていた。あくまで素の感想が欲しいだけで、他意はない。


 誤解されたら困るが、私は駒瀬を嫌いなのでも遠ざけたいのでもない。利用したいのですらもない。友人と呼ぶには少々近づきにくい部分はあるものの、基本的には善良な人間だと判別している。


 興味の向いたことに情熱を傾けるのはまっとうな話であるから、私もその点は理解できる。とにかく、少なくとも駒瀬には講義の要点が伝わっていることがわかりホッとした。


「すごく面白かったよ」

「検見さんもあれで彼女募集中だから縁ってわからないよね」

「えっ、そうなの?」

「えっ、知らなかったの?」


 検見さんは、講義でそんなことを喋るような人間じゃない。でもエンジェルズベルの参加者とは名乗った。だから、結局は募集中といっているのと変わらない。


「うん、知らなかった」

「ウチに登録してるっていってたでしょ」

「社員さんじゃなかったの? あ、でも社員さんでも独身は独身か」

「社員じゃなくて単なる会員。参加者ってことはイコール社員じゃないから」

「あー……ごめん。勘違い」

「うん」


 思いこみの激しい人間なのは前から知っていたので、今さら気分を害したりはしない。


「じゃ、じゃあ私だってエンジェルズベルの会員っていうか……参加者なんだし検見さんとデートしたっていいよね?」


 危うく椅子から飛び上がるところだった。二十五歳以上の歳の差カップル?


「ちょっと、なに笑ってるの?」

「ご、ごめんなさい。微笑ましいなあって思ったから」


 我ながら白々しい。


「本気だからね。泥棒猫に取られないようにしなくちゃ」

「ここのステーキ、ソースにもミントが使ってあるね」


 私はわざとらしく話題をそらした。とても美味しいけど口の中がスースーする。歯応えのある肉汁が旨味を存分に発揮しているものの……やっぱりケチャップをもっと増やして欲しい。少しは使ってあるけど。


「そうよ! 歯みがき粉みたいでいいでしょ?」

「う……うん。そう……だね」

「羊肉っていうよりミントがいいの。でも、ミントだけ食べてもお腹はいっぱいにならないからここにした。この辺じゃ唯一、ちゃんとミントにこだわったところの羊肉にこだわったお店だね」

「……」


 自分の見識を勝ち誇る駒瀬。県庁時代には想像すらできなかった。私の周囲には、特殊なセンスと愛着の持ち主が多いようだ。


 お店の名誉のために補足しておくと、お料理そのものは間違いなく美味しい。ミント、じゃなかった、ソースがちょっとキツいだけ。


「カウンセリングからデートコースセッティングまで相談できるから、お気軽に」


 一般論で結び、コップの水を飲んだ。気のせいか、水までミントの香りがするような気がする。


「検見さんって、趣味はなんだろ」

「読書ってあったね。もっとも、陶芸の専門書ばかり読んでるらしいよ」


 それを陶芸一筋と捉えるのか陶芸バカと捉えるのかは人によりけりだろう。もちろん、私は前者。少なくとも社長としては。


「じゃああたしも勉強しなきゃ。そういえば、エンジェルズベルでオンライン結婚式もやるようになったんだよね」

「そうだよ」


 鈍いのか目ざといのか、本当によくわからない。


「見学してもいいの?」

「うん、それは大歓迎」


 まともな希望で安心した。

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