十五、微妙なすれ違いに野菜スープ 一

 検見さんとの会食から数日。


 仮想市街地も叩き台がまとまってきた。仕事の一環として陶磁器や漆器の情報を収集するのも、少しずつ蓄積されてきている。


 そんな最中、ある個人ブログを読んで突き当たるものを感じた。


 記事そのものは、有田焼のお皿を紹介する堅実かつ妥当なものだ。そのお皿を使って、ブログの筆者が自分の生まれた地域の郷土料理……ふろふき大根を乗せていた。


 筆者自身は、食生活改善推進員の一人でもあった。ふろふき大根の写真には、『最近ではケチャップを使って洋風にする人もいます。少し応用すれば、離乳食後期にも使えます。レシピをご参考までに挙げておきましょう』とあった。


 レシピには、ケチャップの手作りの要領も書いてあった。まさに私が、親の手がかりとして持っているそれと全く同じ。


 短絡的に結びつけるつもりは全くない。メールで自分の事情を打ち明けるつもりもない……それらを踏まえてでも、捨てがたい引力を感じているのもまた事実。地道な関心の維持と積み重ねで至った閃きは、これをただの参考資料で終わらせなかった。


 ふろふき大根は、大根を特産地にしていれば日本全国どこででもあり得る。それより、施設時代の話を思い返していた。


 間違いなく、トマト畑が施設にあった。トマトにも品種はいくつかある。同じ品種を栽培している地域はいくらでもあるから参考にならないと思っていた。


 そもそも施設のトマト畑はいつできたのか。だれが発案したのか。まずはメールで問い合わせるのが妥当だろう。


 会社のパソコンは私用に使えない。社長といえども鉄則だ。ならば、お手洗いにいくしかない。数分後、様々な意味ですっきりした私は本来の仕事に復帰した。


 その日の定時に退社した私は、カクマートで夕食の材料を買いにいった。検見さんがいたら会釈するようになっている。今回は会わずじまいになりそう。


 トマトや大根の話もあったし、野菜スープにしよう。だから、生鮮食品売り場へ進んだ。


「真奈江はピーマン大丈夫か?」


 いきなりそんな台詞がでてきてぎょっとした。すぐ隣に、県庁の蒲池総務部長がいる。買い物籠を手に下げていた。チョコレートや子供用のおもちゃが入っている。


 県庁時代から今年のサンタボランティアまで、毎年欠かさず目にしているお顔。私の正職員登用を握りつぶした事実上の張本人。


 背は私と同じくらいで、定年間近にしては若々しい顔だちをしている。髪も豊かで丁寧に撫でつけていた。加齢臭を抑える意味もあってか、ごくかすかに制汗スプレーの香りがする。


 その蒲池氏が、見覚えのある小さな女の子を連れている。七、八歳くらいか。駒瀬が保護した迷子だ。真奈江……蒲池家の。


「うん」


 無邪気に少女はうなずいた。


「じゃあ買おう」


 総務部長はピーマンの一つに手を伸ばした。


「おじいちゃん、ピーマンは薄緑色のがいいんだよ」


 得意げに少女は教えた。


「おお、そうか」


 伸ばしかけた手を、部長は引っこめた。かすかに顔をしかめるのを、私は見逃さなかった。


「あと、上の端っこが盛り上がっていないといけないよ」


 少女の講義は続き、部長は再び手を引っこめた。


 思わず吹きだしかかった私に、少女は耳敏く顔を向けた。


「お姉さん、おじいちゃんの親戚ですか?」

「え?」


 いきなり投げつけられた爆弾に、言葉がバラバラになってまとまらなくなる。部長もけげんな顔をして、薄緑色のピーマンを手にしたまま私を見詰めた。


 先方が私を覚えているとはとても思えない。直属の部下だとでもいうのならともかく、かつて県庁に何百人といる非正規職員の一人だったに過ぎない。


 私の方では、腐れ縁であれ頭の中で即座に全身像を思いだせるくらいには知っている。だからこそ、自分と似ているかどうかなど全く思いもしなかった。


 にもかかわらず、一度そんな指摘を受けると……ましてや大人の損得勘定から切り離された指摘となると……意識せざるを得ない。そして悟った。なるほど、似ている。


「失礼なことをいってはいけないよ。どうも申し訳ありません」


 外面として、非の打ち所のない社交を部長は発揮した。


「よその人?」


 少女は部長をまっすぐ見上げた。


「そうだ。さ、謝りなさい」

「はい、ごめんなさい」

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