十四、カツ丼からかすかな本音 一

 新しいお皿を迎えてから数日後の午前中。


 エンジェルズベルで、オンライン陶芸教室の模擬演習が行われた。ニ回目に当たる。


 会社としても検見さんとしてもこの上なくやる気が高まっている。またそうでないと困る。今回は実技講習ということで、あらかじめ会社の経費で井部が教材を取り寄せた。実際には、模擬演習なので検見さんの予備の道具を借りる。いざ実行する段には、参加者の数に合わせて折半で業者に発注するようになっている。


 つまり、教材を発注するところから模擬演習は始まった。ちなみに、料金は受講料を含めても学生のお小遣いでもぎりぎりで賄えるくらいに設定してある。もちろん、会社にも検見さんにも多少の利益がでる。将来的には、例えば上級者コースなんかをこしらえて本格的な教室運営も視野に入れてはいる。


 全体的な形もはっきりしてきた。一時間一コマとして座学でひとコマ、実技をふたコマ。まず座学、次に取り寄せした道具と材料を使っての予備的な練習、最後に実際の作成。最終的に、生徒は思い思いの原型を作ってから検見さんに郵送する。検見さんは自分の窯で焼き上げ、完成品を生徒に送って完結。


 教材一つ一つを、私も正も眺めたり手にしたりして実感した。手回しろくろが一番重く、ちょっとした鉄アレイくらいはある。そうでないと土台にならないのだろう。受講料云々より送料の圧縮も課題になりそうだ。


「今日は。本日は、オンライン陶芸教室にご参加くださりありがとうございます。前回は、陶芸の簡単な歴史と各種の道具の使い方について学んで頂きました。今回は、いよいよ教材を使った練習に入りましょう」


 会場の設営も整い、藍色の作務衣を身につけた検見さんが柔らかな表情で井部に話しかけた。井部は、黒一色のビニール製のエプロンをつけている。


 見映えも実力の内とはいうが……。普段のぱっとしない姿からは想像もつかないほど、検見さんの作務衣姿は有能そうに思わせる説得力があった。井部が地味なエプロンをつけているせいもあるのだろう。いや、それを見越してわざわざ黒いエプロンを選択したのか。そこまでは私も指示していない。


 挨拶の文面は私が部下達と共に練り上げ、抑揚のつけ方から笑顔の浮かべ方まで前回の収録も参考にして懇切丁寧に助言した。検見さんはいやな顔一つせず、覚えたての動画添付メールで私達と温和に意思を交わした。


 ある意味で、今日は会社も検見さんもお互いにどれくらい熱意を傾けてきたかをはっきりさせる最初の機会にもなる。


 室内では、長机の配置そのものは前回と変わりない。双方に白いテーブルクロスをかけて教材を並べてあるのが異なる。検見さん側については本人様が持ってきた。


「まずは、教材がそろっているのをご確認下さい。あらかじめ郵送した、粘土・粘土台・手回しろくろ……」


 一つ一つをゆっくりと、かつ明確に両手で丁寧に掲げて検見さんは説明した。井部は、メモ帳をだしていちいち書き取りつつ同じように手にしていく。


 一回目は座学ということもあり、まさに最初ということもありどうしても台本を棒読みしているような印象をぬぐえなかった。今回はまるで異なる。


「まずは手ひねりを理解しましょう。指先だけで粘土を成型する、一番簡単な手法です」


 検見さんが、活き活きと説明している。綿密な打ち合わせや初回の教訓をできるだけ盛りこんだおかげで、滑らかな講義になった。大袈裟かもしれないが、自分が納得できる映画を作成できた映画監督のような気持ちに近いかもしれない。


「以上で本日の講義を終了致します。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」


 図らずも異口同音に、私と部下達は検見さんを労った。


「前よりすごくよくなってますよ」


 心を込めて、私は検見さんに語りかけた。


「とてもわかりやすかったです」


 普段は無口な井部が、微笑しながら述べた。


「ありがとうございます。皆さんの助言のお陰です」


 屈託のない笑顔で、検見さんは感謝してくれた。


 使った教材は、検見さんが持ち込んできたのも含めて会社で保管しておく。大した場所は取らないし、模擬演習は講義日程に合わせてもう一回会社でおこない、最後にオンラインで仕上げの一回を果たす。だから、まだここにあった方がいい。


 検見さんも含めて四人で教材を片づけた。検見さんまで加わる必要はないのに、講師として責任があるからと譲らなかったのでお願いすることになった。


 今日と次回は大方お昼までかかるので、どうせならと皆で食事を取ることにしている。検見さんはもちろん、私達も会社の経費で食べる。

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