十二、議論を味つけに変則チキン南蛮 二

 いざ気づくと、質素なお皿しかない。色もほとんどが白ばっかり。百均にばかり頼っていたから当たり前か。


 それはそれとして、お皿の買い物に正をつき合わせるのも筋が違う。自分が関心を持ったことを共有する相手がいたら嬉しい。でも、関心がない人間に持つように勧めるのはある意味で嫌がらせだろう。


 それで駒瀬を思いだした。一度気に入ったらのめりこむから、距離の取り方は気をつけないといけない。逆にいうと、それさえ注意しておけば信頼できる。皿仲間。なんとか皿屋敷みたい。


「なにニヤニヤ笑ってる?」


 正が首をひねった。


「え? ああ、変則ピカタ美味しいね」

「変則チキン南蛮だろ」

「うん、そうだった」


 そこで、私のスマホが隣の椅子に置いてあるバッグの中で震えた。


「あらいやだ。ちょっとごめんね」

「ああ」


バッグからスマホを手にして画面をつけると、『アスファルト』からだった。さすが、仕事が早い。


「ごめんごめん」


 画面を切ってスマホをバッグに戻し、再び食事を始めた。


「皿かあ……言われて見れば、気にしたことはなかったな」


 キャベツの最後の一切れをつまみ、正はしみじみコメントした。


「だいたい、そんな文化的な生活する余裕がなかったしね」


 金銭だけでなく、ここ数年はエンジェルズベルと『壁』の切り盛りで頭がいっぱいだった。


「ちなみにどんな皿がいいんだ?」

「お料理に合わせて選ばなくちゃいけない。ネットで基本を勉強しようと思ってる」

「そうか。俺も、趣味らしい趣味を作った方がいいかなあ」

「登山とか彫刻とか?」

「面倒なのはいやだ」

「じゃあどうするの」

「酒でも飲むか」

「それ、ただの自堕落じゃない」

「いいんだよ、依存症にならなけりゃ」


 どう考えても知的活動にはならなさそう。


 食事も終わり、お風呂とストレッチもそこそこに自分の部屋へ引き上げた。情報を精査しないといけない。


 もたらされたのは録音データを動画に直したもので、字幕をつけるためにわざわざ二度手間をかけていた。この類がくる度にビジネスホテルへいくのは間抜けすぎる。音声さえ完全に消してしまえば、なにかの弾みで正が私の部屋に現れても対応できる。


『母さん、真奈江をあんまり甘やかさないでくれよ』

『甘やかしてなんかないわよ。本人の感受性を伸ばすために、力を惜しまず協力してるんでしょう』


 いきなりそんな口論から始まった。二人の口調から察するに、真奈江とやらはまだ未成年なのだろう。


 どこの家でもよくあることながら、二世帯住宅ともなれば孫に甘い祖父母が自分の実子やその配偶者と衝突するのは逃げ場がない。その分余計にストレスになる。


『この前だって、母さんが勝手にピアノ教室にいく話をまとめてしまったじゃないか』

『本人がいきたがってるんだから、それを尊重するのは当たり前でしょ』

『俺がしたがってたことは少しも尊重してくれなかったくせに』

『それとこれとは別です。あなたこそ真奈江をお使いにいかせるのは止めてちょうだい。この前も道に迷って、おまわりさんのお世話になったじゃないの』

『そういう時のためにスマホを持たせてるんだろう。トイレで忘れ物と間違えられたのも立派な社会勉強だよ』

『それで変質者にでも目をつけられたらどうするの』


 ここでピンときた。真奈江は、駒瀬が保護した少女だ。


『考えすぎだよ。それより、ピアノ教室の話はなしにしてくれ』

『どうしてなしにしなきゃならないの。お金なら私がだすのよ』

『それが余計に』


 ガチャッ。律儀にも、ドアが開く音まで字幕になっている。


『ずいぶんと鼻息が荒いようだな、はじめ』

『父さん……』

『親の善意はありがたく受け取るものだ。余りつまらない意地を張って母さんを困らせるもんじゃないぞ』


 当の親からそういわれて、素直に受け取る子供は余り多くないんじゃないかと思う。


『わかったよ』

『よし、じゃあこの話はこれで終わりだ。母さん、茶を入れてくれ』

『はい』


 録音はそこで終わった。あとでまた、確実に一人の時間を作り音声で聞き直そう。『アスファルト』には速やかに報酬を送金した。


 宇土が浮気した。蒲原部長の奥さんがそれを咎めた。そして、さっきの会話はどう見ても実の親子。『ぐるまんほっと』で江原が接触した野球帽の怪しい客は、宇土夫妻の買い物を盗撮か盗聴かしていた。いや、江原のもたらした情報かもしれない。怪しい客と部長の実子が同一人物なら、江原は宇土夫妻の顛末をネタに売り込みをかけていてもおかしくない。


 私が江原の立場なら、宇土の配偶者・すずねに取材するだろう。それをまた蒲原家に持っていき『換金』する。いや、既にすずねに蒲原家の状況を持ちこんで取り入っているかもしれない。


 一つはっきりしたのは、江原はなまくらな脅しで逃げるほどヤワな相手ではないということだ。チンピラジャーナリストから野良犬ジャーナリストに格上げしてやろう。消えて欲しいのは変わらないにしても。


 それはともかく、『アスファルト』を蒲原家につけるのか宇土家につけるのか。しばらく迷ってから、引き続き蒲原家の情報を収集するよう指令をだした。

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