十二、議論を味つけに変則チキン南蛮 一

 翌日は、ホテルをチェックアウトしてそのまま出勤した。


 感染症が流行したせいで、陶芸教室だけでなく結婚候補とのデートもオンライン化を進めねばならない。それこそ実写版の恋愛テレビゲームのように、ストリートビューとAIを組み入れて現実味を盛り上げる構想を練っている。今のところ、仮想空間のおつき合いだけを踏まえての入籍には一件も至ってない。しかし、これからはそうした事案も増えるだろう。


 現状では、あくまで直接に会いづらい状況をある程度緩和する手段と捉えている。だから、ゲームオタクが目の色変えて議論するような入念すぎる代物を作るのではない。むしろ、極端に美麗すぎると『実際に本人に会ったら全然違う』という不満になりかねない。


 その一方で、仮想空間デートを実装したらスポンサーの広告を添えるなどして追加収益を見こめる。また、反りの合わない人間を弾くのに抵抗が薄くなり間接的に利用者を増やす一因になる。


 問題といえば、結婚詐欺……相手との肉体関係だけを目当てにしたものも含む……にも神経を尖らさねばならなかった。


 それらを実現するには、正が収集・整理したデータを吟味して一つの街をネット上に丸ごと作る必要があった。看板や広告のように、商標や著作権にかかわるものは徹底的に差し替えねばならない。吟味の実行は正の仕事になる。いうはやすしで本当に淡々と続く作業だ。だいいち肩が凝る。


 昨日の正はなにを食べたんだろう。まだ聞いてない。家で食べたのなら使った器はすぐ思い浮かべられる。


 そうだ、器だ。仮想空間の街を作るのも、食事に際してより美しい器を用意するのも、根本的なところである程度重なっている。どうせなら検見さんの窯だって盛りこんで、それこそ宣伝すればいい。


 その日いっぱいかけて予定通りの進捗を果たし、定時になった。


 まずは夕食の着想。今日はたくさん新しい考えが頭の中で羽ばたいた。だから鶏肉。和洋折衷というのも大袈裟ながら、チキン南蛮にしよう。ただ、マヨネーズ系のソースは使わない。嫌いではないけど脂肪が気になる。だから、厳密には変則チキン南蛮。カクマートで鶏胸肉と玉ねぎとキャベツを買って、帰宅した。


「昨日はいきなりでごめんね」


 いつものように食卓で待っていた正に、まずは詫びておく。


「いいよ、こっちも似たようなことをしてるし」

「うん」


 冷蔵庫からも夕食に必要な品をそろえながら、私は背中越しにうなずいた。


「昨日はなにを食べたの?」


 まな板をだしつつ尋ねた私からの質問は、心配と好奇心が半々というところ。


「一人でラーメン食ったよ。一応、インスタントじゃないからな」


 大真面目につけ加えたのを耳にして、苦笑しかけた。趣味ならともかく、自分だけのために凝った料理を作る人間は余り多くない。それにしても色々な意味で偏りすぎだろう。


「麺から?」


 冗談半分に尋ねつつ、鶏胸肉を縦に細長く切ってから小麦粉をまぶす。


「麺はインスタントだ」

「じゃあ、スープは?」

「それも」

「結局インスタントじゃない」


 卵を深皿で溶きながら、やっぱり笑ってしまった。


「具はちゃんと別個に炒めたよ」

「お肉だけ?」

「いや、もやしも混ぜた」

「じゃあもやしラーメンね」


 笑いながら論評し、卵を溶き終えた。そのあとフライパンにサラダ油を引いて加熱する。


「違うよ、牛肉もやしラーメンだよ」

「そうね、牛肉もやしラーメンだよね」


 正をあしらいながら、小麦粉つきの鶏肉に溶き卵をからめ、焼いていく。


 火の通り具合を見ながら、並行して醤油とゴマ油とケチャップを混ぜて鶏肉に加えた。


「ねえ、ちょっと思いついたんだけど」


 トマトとゴマ油が合わさった香りに目を細めながら、私は持ちかけた。


「うん?」

「検見さんとの企画でね、器に目覚めちゃいそう」

「ウツワ?」


 正は、機能さえ満たせば紙でもマイセンでも一緒くたにする人間だ。薄っぺらな成金趣味よりずっとましだけど。


「器と食事がちゃんと噛み合ったら、言葉と同じくらいに多くを伝えられるよ」

「ふーん。ま、割れたり欠けたりしているものよりはましだな」


 独特な表現で、正は理解を示した。鶏肉が焼けた。


「はいっ、変則チキン南蛮」


 千切りキャベツを添えた香ばしい鶏胸肉を、誇らしく正に給仕した。


「ありがとう。……タルタルソースは?」

「脂肪が増えるからなし」

「じゃあチキンピカタだな」


 今度は私が笑われる番になった。


「変則チキン南蛮なの!」

「俺の牛肉もやしラーメンとどっこいどっこいだろ」

「私のは最初から炒めて作ってます!」


 わざとらしくむきになって言い返したあと、二人で笑った。


「頂きます」


 二人で合掌して、食事になった。正は赤い胡椒を袋からスプーンでだしては鶏肉にまぶしている。


「いつもみたいに挽かないの?」

「ああ。こいつは胡椒であって胡椒じゃないんだ。ピンクペッパーっていうんだけどな。直に食べるのがいいんだ」


 ウンチクを披露しながら、上機嫌に作業をすませた。


 チキンピ……変則チキン南蛮は我ながら上出来。ゴマ油とケチャップは相性がいいし、ほどよく加熱した小麦粉も鶏肉と噛み合っている。

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