九、エビフライで陰キャのこれから 二
駒瀬が半年ぶりに自分のブログを更新して、わざわざ写真シール機の写真を掲載している。素の本人を知っているので、ちょっとだけ励ましたくなった。もっとも、記事自体は他愛のない近況報告で目新しくもなんともない。
玄関の鍵を外す音がして、私はスマホをしまった。
「ただいま」
ドアを開け、正が戻ってくる。
「お帰り」
そのまま食卓で迎えると、上機嫌で買い物袋を吊り上げて見せた。
「今日はなにを作るの?」
「内緒……冗談だよ。エビフライにしようと思って」
「へーっ、リッチだね」
「澪は昨日、なににしたんだ?」
正は買い物袋から剥身のブラックタイガーのパックをだしつつ聞いた。背ワタ……腸もあらかじめ除いてある品か。手間が省ける。
「イワシハンバーグ」
「じゃあ魚介類が続いたなあ」
「いいの、リッチなら」
それは私の本音だった。正は苦笑しながらキャベツをだした。
「俺は夕べはうどんにした」
「映画でも見にいったの?」
二人で見にいくこともある反面、好みが合わなさそうな内容なら一人でいくこともある。ちなみに私はアクション映画は余り好まないし、正は恋愛映画が苦手。
「ああ、まあな」
「面白かった?」
「よかったよ」
キャベツとブラックタイガーを、正は天板に持っていった。
調理が始まると、正はまずキャベツを洗って千切りにし、下にお皿を受けたザルに入れた。それからブラックタイガーを全てボウルに入れ、塩と片栗粉で軽く揉んで洗い流す。次いで、一匹ずつ尻尾の端を切った。そうしないと中に含んだ水分が油ハネを起こして危ない。
正の手際は簡潔ながらも正確で、剥身を揉んだのとはまた別な塩と黒い粉胡椒をボウルに入れた。そこへ、さばいたばかりのブラックタイガーを全て入れ塩胡椒がすりこまれるように混ぜた。
一度手を洗い、正は冷蔵庫から卵を二個と食器棚から小さな深皿を一枚だした。次々に卵を割り、菜箸でかき混ぜる。
箸の先とお皿が触れ合う、カチャカチャした音は聞いていてワクワクする。正の背中をときどき眺めながら、お茶を飲んでスマホのネットニュースを読むのはとても楽しい。
卵を念入りに溶いたあと、正は流しの下にある扉を開いて小麦粉とパン粉とサラダ油をだした。まずフライパンをコンロに置いて油をたっぷりつぎ、加熱し始める。そのあと小麦粉を剥身に軽くまぶして溶き卵につけた。
最後にパン粉をつけて、油の温度が上がる頃合いを計って揚げ始めた。じゅわーっと音が上がり、見えなくてもフライパンの油が泡だつ様子が想像できる。
やがて、狐色になった剥身が千切りキャベツを添えられてやってきた。ご飯は出勤前にその日の当番が仕込んでおくから同時にだせる。
「お待たせ」
正が私に、キャベツを添えたエビフライのお皿を渡した。
「待ちきれないよ!」
はしゃぎながら、私は席をたった。新しい湯呑みを一つ、食器棚から正の前に置く。ケチャップも忘れずに構えた。
「頂きます」
二人してお辞儀し、いそいそと食事を始めた。
まずはそのまま。普段から胡椒にこだわっているだけあって、下味に使った黒粉胡椒がエビの甘味とずばり噛み合っている。熱くて舌を火傷しそうなのにお箸が止まらない。
舌を冷やすためにキャベツを食べて、それからご飯を食べるとまた口の中の温度が高まった。
それから、ケチャップをエビフライに少しだけかけた。こうすると、酸味を伴いつつもまろやかな豊かさを堪能できる。
「はふはふっ。と、とっても美味しい!」
「作ったかいがあったよ」
正は私以上に満足しているようだ。
あっという間にお皿は空になり、お腹は満たされた。
「ご馳走さま!」
「はい、お粗末」
食器を正の分までまとめて流しに持っていき、スポンジに洗剤をつけているとスマホが胸ポケットを震わせた。
手を洗ってキッチンペーパーで水気をふき、画面を確かめる。駒瀬からだ。
スマホをポケットに戻し、まず洗い物を終わらせた。正はゆっくりお茶を飲んでいる。
「今日のお昼ね、幽霊会員さんと会ったよ」
食卓に戻りながら私は伝えた。
「へー。だれ?」
「駒瀬さんっていう人。県庁時代の知り合い」
「そりゃ奇遇だったな。どこで?」
「ゲームセンター。あとでわかったけど、ブログのネタ画像を作りたかったみたい」
「やる気があるのはいいことじゃないか」
「そうね。検見さんの企画、宣伝しといたし」
「どうだった?」
「ちょっと煮え切らない感じだったな。さっきメールがきたから、ひょっとしたら……」
そこでスマホにきたメールを読んだ。
「まだ県庁にいるけど、既婚者からマウンティングされて総務部長からはセクハラジョークを聞かされてうんざりだってさ」
「なんだそりゃ。ろくな職場じゃねえな」
正でなくとも失笑するだろう。ただ、陶芸教室云々にはなにも触れてない。駒瀬……そういうとこじゃないかな。
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