九、エビフライで陰キャのこれから 一

 正とは、翌日に会社で会った。職場でべたべたするような真似は私も彼も願い下げだ。それで、ごく限られた会話しかしていない。


 江原をどうするかは、夕べ中に『金杖』……不倫専門の仕返し屋……にメールでありのままを伝えた。『金杖』が江原を煮ようが焼こうが、それは当人の勝手だ。


 重要なのは、あくまで『壁』と『金杖』は無関係という立場を貫くことにある。その点、これまでの働きぶりからして『金杖』が間違えるとは思えない。先方からなんの反応もないままにもかかわらず、私には確信があった。


 チンピラジャーナリストなんかよりも、本業の方が大事だ。


 お昼前になって、検見さんから返信がきた。遅くなったことを詫びてから、こちらからの提案は全て受け入れるということだった。


 提案の中には模擬訓練もあった。失礼ながら、検見さんはウェブやスマホの類にそれほど詳しいというわけではない。オンライン陶芸教室をやると踏み切った決断だけでも、すごく大したものだと思う。


 やるからには、つまずくわけにいかない。井部を生徒に見たて、私が全体を監修し正が記録をまとめるという段取り。まさに社員一丸となって、検見さんを盛り上げていくようにしてある。


 日取りについては、検見さんが指定してきた候補で調整をかけた。明日の朝十時ちょうどからと決まる。


 そこで、お昼になった。ご飯は昨日のイワシハンバーグでお弁当を作ってきたからいいとして、問題は場所になる。


 休憩室となると、井部や正と同席になる可能性が高い。江原の件がなくとも、変に気を遣い合うようなことになるのはまずいだろう。


 それで、外出した。コンビニの飲食コーナーを、自分のお弁当を食べるためだけに使うの気が引ける。だからといって、別個に買い物をするのも本末転倒。小さな魔法瓶に熱いお茶を入れてきてはいるものの、公園の吹きさらしのベンチやあずま屋で食べるのはこの時期寒すぎる。


 うーん……閃いた! 少し離れた場所にゲームセンターがある。


 ゲームセンターなる場所は、半世紀近く前までは不良の溜まり場めいた印象があったそうだ。女性が一人でいける場所ではなかったらしい。


 今は、写真シール機で作成した物をスマホを使ってSNSに上げたり大画面のオンラインゲームを皆で楽しんだりするようになっている。家族連れも当たり前にくる。それこそカップラーメンや菓子パンの自動販売機もあるし、テーブルや椅子を構えた飲食コーナーもある。相変わらず寒々しい路上よりはるかにましだ。


 善は急げで、私はゲームセンターに入った。かなり大きな建物の割に、平屋だった。それに、テレビゲーム然とした品は余り目だたなかった。


 平日のせいか客はまばらで、ある意味ありがたい。そのまま休憩場へ進み、ようやくお弁当をクリーム色のテーブルに広げられた。


 暖かいし自分一人なのは気楽な反面、いくらなんでも電子レンジはない。お弁当はそもそも、冷めても美味しいものを選んで作る。だから、大した問題じゃない。


「頂きます」


 蓋を開けたお弁当箱に軽くお辞儀して箸を手にした。すっかり冷めているご飯も昨日のイワシハンバーグも、熱いお茶で流しこんだ。そういえば古典落語の『目黒のさんま』で、登場人物の侍が同僚に向かってさんまで茶づらないかと誘いかける場面があったな。茶づるとはお茶漬けのことで、全然関係ないのにふと思いだした。


 ああ、そうだ。いつだったか、私がいた『美山希望のいえ』にチャリティーで噺家はなしかがきた。小さい子には難しいから、中高生だけを対象にして。あらかじめ配られたパンフレットで、簡単な筋が紹介してあったっけ。とても楽しかった。皆お腹を抱えて笑っていた。しかも、その日の夕食はサンマだった。ちゃんとケチャップをかけずに食べた。


「ご馳走さまでした」


 我ながら、律儀に挨拶してお弁当箱を片づけお茶を飲んだ。店内は相変わらず無人に近い。


 テレビゲームなんてずっと縁がなかったし、ゲームセンターもほんの数回つき合いで入ったくらいの経験しかない。腕時計を見ると、十分くらいは余裕がある。


 まあ、一回くらいはいいか。手近な写真シール機のボックスに入ってカーテンを閉め、数百円を払って撮影した。機械の画面には、可愛らしい落書きや枠をつける機能もあった。よくわからないし、今回はこれでいいだろう。


「あっ……」


 ボックスをでて、ばったり顔を合わせたのは駒瀬だった。


「この前はメールをありがとう」


 相手がなにかいう前に、淀みなく礼を口にしておく。


「いえ、どう致しまして……」


 相変わらず、覇気のない表情に地味な服装をしている。


「駒瀬さんもここでお昼?」

「いえ」


 それっきり沈黙。どうせ本人の自由だからいいけど。


 ふと思いついた。


「駒瀬さん、いきなりだけど陶芸って興味ある?」

「え?」


 かいつまんで、検見さんとの企画を打ち明けた。


「オンラインだから、面倒な人間関係とかはないしいつでも出入りできるし。エンジェルズベルがどうこうとかにもこだわらなくていいよ」

「うん……」

「そうそう、職場の愚痴とかもいつでも聞くから」

「うん……」


 暖簾に腕押しを地でいく会話で、慣れているとはいえぼちぼち切り上げたい。


「じゃあ、またメールするから」

「うん……」


 軽く手をふって離れた。ちらっと振り返ると、一人で写真シール機に入るところだった。私がでてきたボックスの隣に。


 午後になってからの仕事は滞りなく進み、いつも通りに帰宅した。今度は私の方が先で、正は今日の食材を買って帰るから少し遅れるのは当たり前。


 自分の部屋で普段着になってから、食堂でお茶を淹れた。


 それにしても、ゲームセンターで駒瀬と会うなんて想像もしてなかった。彼女はテレビゲーム好きな反面、多少とも他人とかかわりそうな場所は極力避けていた。


 番茶の素朴な味わいを熱と一緒に飲み下していると、スマホにメールが入った。エンジェルズベルのアカウントから自動転送。


 利用客は、エンジェルズベルで一人一人が個人ブログを開けるようになっている。その中で、一ヶ月以上ぶりに新投稿があればこうやって私に知らせるようになっていた。

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