三、勤勉なボランティアと自堕落な手抜き他人丼 二

 うーん……。ケチャップがわずかに少なすぎた。コンソメのおかげで全体的な旨味はある。玉子もまろやか。にもかかわらず物足りない。当たり前か。野菜が全く入ってないのだから。丼は緑色だから、なんとなく食べたことにしよう。


 コンソメにもなにがしかは野菜が入っているし、ケチャップはトマトから作るし。


 十分とたたずに丼は空になり、ご馳走さまと唱えてこの日最初の食事は終わった。食器を洗って片づけると、スマホにメールが入っていた。『美山希望みやまきぼうのいえ』……私が育った施設だ。


 毎年ではないものの、エンジェルズベルから寄付をすることがある。世間はそれを税金対策という。寄付をしているのは会社のホームページでも宣伝しているから広告費に近い。


 施設側からは毎月メールマガジンを送ってくる。不要なら断ればいいのだし、実際読んだり読まなかったりという扱いに過ぎなかった。今回は読む方に心が傾いた。


 トマト農園の様子や、子供達のクリスマス会が写真つきで語られていて微笑ましい。ただ、今年は様々な理由で大幅に簡略化されたクリスマス会になったそうだ。だからではないのだろうけど、県庁とのタイアップ……と表現していいかどうか……が取り上げられていた。


 県庁の有志一同が、ボランティアでオンラインクリスマス会をおこなっている。彼らは県内の各児童養護施設と連携し、サンタクロースに扮した職員がお菓子やおもちゃを子供達に配ったり画面越しに話をしたりしていた。暖かみのある味わいを感じさせる写真が、何枚か掲載されている……だけじゃない。有志一同とやらの中に、エンジェルズベルの利用客がいるのは苦笑した。


 実質的な主導役は県庁総務部の蒲池がまいけ 宏部長。いうまでもなく、エンジェルズベルは利用してない。間接的にはかかわりがある。


 県内の他の施設と同じく、『美山希望のいえ』も県から補助金を得ていた。


 メールマガジンには、世話役としてしっかり蒲池部長の顔写真つきコメントまで添えてあった。定年間近な上に退職後は県知事選にでるつもりらしいのは聞いている。つまりは、部下まで使った地盤固めだ。総務畑では票田が作りにくいから、搦め手を攻め始めたのだろう。


 大人の思惑がどうあれ、子供達がお菓子を貰うのは悪い話じゃない。


 ひょっとしたら。私が施設で食べたそれに、私の親が匿名で差し入れたものも混じっていたのだろうか。ほろ苦くも切ない連想にいきついてしまった。


 一通り読み終えてすぐ、別なメールがきた。宇土からだ。利用客の相談とAIの回答、ならびにそれらの結果がまとめてある。いつもながら読み辛い。井部とはいわないまでも、せめて正ならはるかに整理された物を寄越す……まあ、愚痴かな。


 エンジェルズベルのようなサービスは、利用客が増えればいいというものじゃない。増えた利用客をさばけないとすぐ終わる。つまり倒産する。


 利用客はまず、年齢や収入を証明書画像と共にメールで自己申告せねばならない。それから簡単な質問をして、カウンセリングを経て相手をこちら側で探す。それらをいちいち人力で処理していたらキリがない。


 そこで、AIの出番となる。利用客は生身の相談員が最初から自分についていると思い込んでいる。実際には、ある一定以上のお金を払った人間にだけ相談員として井部がつく。登録や初歩的な相談は、無料の代わりにAIがおこなう。そのために、正が各種の世論や利用客のデータを解析してAIを『教育』していた。


 土台として使ったプログラムは、県庁時代に手に入れた。業務効率改善をうたい、県が鳴り物入りで導入した『疑似職員』。それが現場にも県民にも全く相手にされずに中止されたとき、うやむやになっていた予備データを失敬した。本当は丸ごとコピーしたかったものの、さすがに無理だった。業者には初期化した専用USBを返すようにと指示があったから、外見だけ同じ物を見繕ってそうした。だれもろくに確認していない。まごうことなき犯罪だ。


 いわせて貰うと、大学にいっても学費が払えずに売春する……さらにはそんな学生を買春する……世の中が野放しになっている。奨学金は、制度そのものが矛盾している。


 真面目に奨学金を返済している人を愚弄するつもりはない。ただ、私は利用するつもりはなかったし、それこそ売春だけは絶対にしたくなかった。だからこそ進学を諦めて就職した。そしていつ首を切られてもおかしくない立場にしかなれなかった。


 だからいい男を見つけて結婚して……という選択肢しかないのか。それも、適齢期を過ぎたら終わりだ。最後は孤独死で、腐りきった死体をさらす。


 念のために断っておくと、汗水垂らして働く人は尊敬する。ただし、汗水垂らして働いてもそんな末路が当たり前に待ち構える世の中はまっぴらだしうんざりだ。


 ともかく、宇土自身を教育する気にはなれない。必要最小限の指示だけ返信しておいた。時刻は昼下がり。電子書籍で買った小説の続きを読んでいる内に、スマホのアラームが鳴った。契約チャンネルでドラマを見る時間だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る