三、勤勉なボランティアと自堕落な手抜き他人丼 一
翌朝。
起きたら正は出勤していた。二人の時間を重ねるのはもっぱら夕食で……恋人同士の営みもその延長になる……あとは互いに勝手。
特に屋外派というのでもなし、暇な時は契約チャンネルでテレビを見ながらゴロゴロしている。贅沢な暮らしに興味はないし、面倒臭いのも願い下げ。特別な日でもない限り、だいたい朝の十時くらいに起きて朝だか昼だかわからない食事をする。それがすむと、ネットでジェンダーや専業主婦絡みの記事を読む。合間にくる会社の書類メールを処理しながら。
ネットはネットでも、婚活を報告するような個人ブログには余り興味がなかった。どこまで事実が書いてあるのかわからないし、大抵はただの愚痴に過ぎないから。少なくともエンジェルズベルは、最新の世相と旧来の幸福を客観的に考察した上で利用客の相談に応じる。
怠慢を絵に描いたような私にも例外はある。
まず、『アスファルト』に報酬をネット送金した。次いで、宇土夫妻のより細かい調査と実の浮気相手を確認するよう電子メールで命じた。彼女なら今日の真夜中には結果をだすはずだ。
そして、エンジェルズベルからの決裁待ち電子書類。これも全部スマホでのやり取りで処理。
昭和風の、社長が専用室にいて秘書が取り次ぎをして印刷された紙を読んで判子を云々……なんてするわけない。バカバカしい。頓珍漢な無能社長ほど、時間の貴重さをうんざりするほど繰り返していながら当人がその時間を浪費する。社員達は改善どころか指摘もできない。
本来なら、社内規則をもっと整備して単純な事柄は中間管理職の専権事項にしたい。さすがに、宇土にはそこまで期待できなかった。正は社内の実情を把握して欲しいからヒラに固定しておきたいし、井部は『アスファルト』を主従の主にさせたい。消去法的に実を現場のまとめ役にせざるを得なかった。ちなみに労務は正が兼務で、経理は井部が兼務。
社員が自分も含めて四人しかいないのに、そんな細かい話を突き詰めても仕方ないと感じる人がいるかもしれない。四人しかいないからこそ、会社の仕組みをできるだけ柔軟に保てるように意識せねばならない。いつ事業をたたんでもいいようにする反面、成長したらしたで対応するのが賢明な先見性というものだ。
先見性といえば、令和に入り、昭和とも平成とも違う結婚観が現れるのは当たり前。一方で、古典的なそれを互いに信奉する夫婦もいる。次の世代に間接的にかかわる仕事を自分で開いたからには、それらを常に把握し続ける必要があった。
それにしても、すずね……実の妻は運が悪いとしかいいようがなかった。彼がたいして有能ではないから、あるいは浮気しているからじゃない。そんな相手と離婚するだけの決断ができないからだ。幸か不幸か、宇土夫妻には子供はいない。それもまた、二人に微妙な影響を与えているのだろう。
超能力者や魔法使いでもない限り、相手の真正の人間性など完全に把握できるはずがない。間違いに気づいたら根本からやり直せばいいだけなのに、生活が安定しなくなるから世間体が悪いからと一方的に断念させられ、意味不明にも被害者が責められる。
などと思い起こしていたらお腹が鳴った。
自分だけが食べる品は、せいぜい卵かけご飯で終わらせるのが珍しくない。
冷蔵庫を開けると、昨日のケチャップの他にベーコンが残っている。卵もストックがある。ご飯は今朝、正が炊いておいてくれた。ならば、やるべきは一つ。
まずは台所へ、ケチャップと卵とベーコンを持っていく。
次に卵を割ってボウルに入れ、菜箸で適当にほぐした。ベーコンを適当に切ってから鍋に水を入れ、沸騰させる。本格派なら割り下でも使うのだろう。私が使うのはコンソメの顆粒で、ちょっと洋風。玉ねぎも三つ葉もないにせよ、決して手抜きではない。ビタミンは夕食で取ればいいし。
とにかく、ベーコンを鍋に入れた。茹であがるまでの間に、丼にご飯を盛っておく。
ベーコンに熱が通ったのを見計らって火を止め、溶き卵を加えて蓋をした。たいして時間はかけないものの、ここでいつも迷わねばならない。すなわち、ケチャップをどれくらい入れるか。
多すぎるのは論外として、点滴みたいに垂らしながら味見していくのはじれったい。さりとて少なすぎては意味がない。だから、頭の中で分量をまとめておく。
鍋の蓋を開け、ふわふわに固まった玉子とベーコンにケチャップを二滴だけ落とした。それをご飯にかけて、なんちゃって洋風他人丼の完成。
食卓に丼を持っていき、まずは頂きますと一声かけてから箸を手にした。
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