第2話 家出の決意

 アーデルまで、妹を選んだ。このことが、ティファニアの心を深く傷つけた。昔から何でも欲しがる妹に、姉だからと両親に我慢させられ奪われてきた。漸く、私だけの婚約者ができて、もうすぐ結婚まで来ていたのに、またしても妹に奪われた。私の人生って何なの?

「ティファニア、お前にはちゃんと別の相手を見つけてやるからな」

「ええ、フィーリアの結婚式を終えたら、良い人を見つけてあげるわ」

 そんな風に呑気に言う両親が憎い。

「お姉さま、ありがとう!」

 そうやって媚を売る妹の態度が憎い。

「……暫く誰も部屋に来ないで」

 傷心したティファニアには、それしか言えなかった。自室に戻り、深呼吸を繰り返す。もう、過ぎてしまったことは戻らない。ならば、自分のするべきことは一つだ。

「こんな家、出てってやる……」

 妹を第一に考える両親も、姉の私のものならばなんでも自分のものにしていいと考えている妹も、もうまっぴらごめんだ。ティファニアは鞄に幾つかの服と沢山の宝飾品、少しずつ溜めていたお金を積め込んだ。決行は夜。もうこんな家に未練はない。こっそり部屋から出て厨房に行き、コックに夜食と日持ちする携帯食を作ってもらうように頼む。今日はもう、家族の顔も見たくない。あんな浮かれた表情の人達と顔を合わせるのも嫌だ。

「お嬢様、出来ましたよ」

「ありがとう」

 これがこの家で味わえる最後の食事となる。そう思いギュッと包みを抱き締めると、少し重かった。

「あら、これ……」

「少しばかりですが、クッキーが入ってます。お嬢様好きでしょう?」

「……ありがとう、大切に頂くわ」

 嬉しさを滲ませながら微笑む。これで全ては整った。後は夜になるのを待つだけだ。




「ティファニア、食べないの? 折角のご馳走なのに……」

「……いらないわ」

 ドア越しにかけられる母からの言葉も、もう聞きたくないくらいだ。早く食堂に行って欲しい。そう思うばかりだ。「……後で来るわ」と言い残し、母は去って行った。足音が遠のいたのを確認すると、ティファニアは急いで着替えた。街に出かける際にと使用人に用意して貰った服が、こんな所で役に立つとは思わなかったが、今は好都合だ。町娘のような身軽な格好になり、長い髪を一つに纏め帽子に詰め込む。窓からそっと出て、裏口に回った。フットマンが見えない茂みから鞄を背負い柵を登り、家の外に出る。これでこの屋敷とはおさらばだ。

「……さよなら」

 振り返る事もなく、ティファニアは街に向かって恥も捨てて走った。貴族の令嬢が走るなんて気品にそぐわないと言われるだろうが、そんなもの今の自分には関係ない。走って行けば夜間列車には間に合う。その列車に乗り込んでしまえば、もうこの街ともおさらばだ。

 目の前に駅が見えた。そのまま目的地までのお金を駅員にしどろもどろになりながら支払い、急いで列車に駆け込む。直後、列車は動き出した。

「あ、危なかった……」

 はあ、と深く溜息を吐く。この列車に乗れなければ、早朝まで街で時間を潰すしかなかった。そうなればいなくなっていることに気付いた両親が探しにきてもおかしくはない。そんなのは絶対に嫌だ。

「取り敢えず、何処かに腰をおろさなきゃ……」

 きょろきょろと辺りを見渡し、ティファニアは空いている席に座る。鞄は用心の為、足元の窓際に置いた。鞄から夜食を取り出し、一口食べる。仄かに甘いパンにはドライフルーツが練り込まれており、とても美味しかった。窓から見える景色は、街を過ぎ荒野に切り替わる。目指すは祖父母の家。両親とは疎遠になっているから、見つかることは早々ない筈だ。幸い、この列車は直通で祖父母の家のある街まで向かう。早く祖父母に会いたい。受け入れて貰えるかは未知数だが、それでも、誰かにこの胸の苦しみを少しでも晴らしてほしい。そう思いながら、足元に置いた鞄を抱きかかえ、静かに目を閉じた。

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妹に全てを奪われるなら、私は全てを捨てて家出します ねこいかいち @108_nekoika1

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