第2話 私服を交換
放課後の教室で制服を交換してから少し経った日。生徒会長の
テストの点数を見ながら、ふと
「会長の成績表じゃーん」
「あっ」
そんな風に考え込んでいると、軽い声と共に美玖の手から個人成績表が消えてしまった。
「うっわなにこれ⁉︎ ほとんど満点じゃん!」
「返してください」
大きなリアクションをとる愛美から、美玖は故人成績表を取り返して、中が見えないように隠す。
もう見られてしまったため、隠す必要はないのだが、気持ち的に隠しておきたかった。
「ねえねえ会長、お願いがあるんだけどさ!」
「なんですか?」
一体なにを言われるのだろうかと怪訝な顔を向ける美玖に、笑顔を向けていた愛美の表情がスッと消える。
そして注意して聞かないと教室の喧騒にかき消されそうになる声量で言う。
「勉強教えて……」
「えっ……?」
「あたしこのままじゃ卒業危ないっぽいの!」
パンっと顔の前で手を合わせて頭を下げる。
その突拍子のない愛美の行動に美玖はどうしたものかと考える。いつもの美玖なら断っていただろう。しかし今の美玖には、愛美の頼みは断れなかった。
「ほら見てよ! 全部赤点」
美玖が考え込んでいるうちに自分の個人成績表を取りに行っていたらしい。
目の前に出された愛美の個人成績表を見た美玖は絶句する。愛美の成績は良くないことは知っていたが、まさかここまで悪いとは思ってもいなかった。
「去年私が散々授業態度を注意して、授業態度自体はマシになったと思っていたのですが……長良さんの成績がここまで悪いとは思いませんでした」
「あっはっはっは! 会長すっごい顔してるよー、ほらほら、りらーっくす」
美玖の眉間をほぐしながら笑う愛美、さっきから表情がコロコロ変わる。
「誰のせいだと思っているんですか」
「あーごめんごめん。だからさっ、勉強教えてくんない?」
なにが「だからさっ」なのか分からないが、三玖は少し周りを気にする素振りを見せてから慎重に頷く。
「会長ありがとおお!」
「ああもう、くっつかないでください」
あの日以降、愛美がくっついて来る度に三玖の内に潜む熱が悪さをする。いつも通りのはずなのに、今は人の目があるため頑張って冷たくあしらうが、それもいつまでもつか分からない。
「それでは、今日の放課後からでもいいですか?」
平常心を保ちながら、いつも通り問題児に困る生徒会長のように対応する。
「いやあ……今日はちょっと、予定があるかなー」
「自分からお願いしたにも関わらず、予定が空いていないんですか?」
「いや違うんだって! 今日家に親がいるからさ、勉強できないなあって」
耳元で叫ぶ愛美を睨みつけながら答える。
「勉強は家以外でもできますが?」
すると次に聞こえたのは頭に響く大きな声ではなく、自分にだけ聞こえる囁き声。
「でも、会長と二人っきりになりたいじゃん……」
喧騒に掻き消されるような声なのに、三玖には愛美の声しか聞こえていなかった。
耳に当たる愛美の吐息に身を捩りそうになる。それを誤魔化すためにわざと大きな動きで席を立ち上がる。
「長良さん。少し席を外しましょう」
「へ? いやちょっとなんでぇぇ!?」
愛美がなんと言おうと関係ない。三玖は半ば愛美を引きずりながら教室を後にするのだった。
今はただの休み時間のため、ゆっくりしている時間は無い。いつもの三玖なら次の授業の準備をするのだが、今日はそれをできる状況ではなかった。
「ちょっとちょっと、急にどしたの? 会長らしくない」
「誰のせいだと思っているんですか?」
人気の無い廊下にやって来てやっと愛美を解放する。
日焼けをしたことないのでは? とよく言われる白い肌を持つ三玖は、顔を赤く染めながら睨みつけている。なにも知らない人から見ると、三玖が相当怒っているように見えるはずの表情。美人に睨まれると怖い、とよく言うがまさにその通りの光景。
「なに、怒ってる?」
愛美がすこし期待を込めた目で三玖に詰め寄るが。
「あなたに怒ることは諦めました。意味が無いでしょうから」
「あっはは……そうだよねえ……」
胸が締め付けられ、俯きそうになった愛美であったが、待てよ? と自分を鼓舞して落ち込みそうになる頭を働かせる。
「会長まさか照れてんの⁉」
「て、照れてませんよ」
まだほのかに染まった顔を隠すようにそっぽを向き、長く綺麗な黒髪を落ち着きなく触っている。そんあ三玖を目に焼き付けようと、愛美は更に顔を近づける。
「もういいでしょう! それよりも勉強のことです! 予定が無いのなら、今日の放課後から図書室か教室で勉強しましょう」
「ほんとに教えてくれるんだ! 良かったあ、これで卒業できる☆」
「長良さん次第ですよ……?」
もう勉強した気でいるのだろうか。いくら教えても、愛美にその気がなければ成績は上がらないというのに。
愛美が喜ぶと頭の左右で結ばれた綺麗な金髪が揺れ動く。その度に微かに甘い香りが三玖の鼻腔をくすぐり、内にある熱が暴れだしそうなる。慣れているはずなのに、実際今日も教室でじゃれつかれた時はなんともなかった。それなのに二人になった途端、意識が愛美に向くと気になってしまう。
その日の放課後、人が疎らな教室内で、愛美と三玖は机を向かい合わせて座っていた。
「うわぁぁぁん! 解けないってこんなの!」
「よく進級できましたね? いえ、そもそもなぜ入学できたのかが不思議です」
「いやもうそれはあたし中学ん時は真面目だったし? あっ。あたしの中学ん時の写真見る? 超地味だよ」
「見ません。勉強に集中してください」
「できなーい」
「真面目にやっていて合格したのなら、できるはずでしょう?」
「やればできる子なんだけどさあ、いやー会長に教えて貰えて嬉しいから的なやつで無理なんだよね」
愛美の言っていることが理解できない。三玖に勉強を教えてと頼んだのは愛美の方だ。三玖に教えて貰うと嬉しいから集中できないのなら、三玖に教えを請わなければいいのに。
「あなたが頼んできたんでしょう?」
そんな気持ちを込めて愛美に言うが。
「ほらだって、周り見て」
と、三玖の気持ちは愛美にまるで伝わっていない。
しかし、愛美の言いたいことは三玖には伝わってしまう。もしやと、愛美に言われた通り周りを確認すると思った通りだった。
「あたしと二人っきりだね」
いつもの浮いているような軽い笑顔とは少し違う。愛美の素顔のような、本当の愛美を見ているような、そう思ってしまう笑みだった。
「そ、それがどうかしましたか? 静かになって勉強に集中しやすくなりましたね」
吸い込まれそうになる視線を、必死に逸らしながら、熱が思考を邪魔しないうちに突き放す。
「ええー、二人っきりなのに勉強なんてしてていいの?」
「今はそういう時間でしょう?」
「相変わらず固い!」
「勉強しないのなら、私は帰りますよ?」
「やだやだ! ちゃんとやるから見捨てないでー」
それっきり、愛美はふざけることなく真面目に勉強に取り組み始める。やればできる子と自称していただけあってか、教えてもなんとか理解はしてくれる。時間はかかるだろうが、本人の頑張り次第で成績はかなり上がるはずだ。
その日は最終下校時刻まで三玖は愛美勉強を教えていた。
愛美の家にやって来た美玖は、しばらくの間インターホンの前で固まっていた。両親がいないのに、人の家に上がっていいものなのか、愛美が別にいいと言っているのだから上がってもいいのだが、分かっていてもなかなか踏み出せない。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。もう指定された時間の五分前を切っているのだ。意を決した美玖はインターホンのボタンを押し込もうとすると。
「会長なにしてんの?」
黒い玄関扉が内から開かれ、中からひょっこりと愛美が顔を出した。
「あっ、いえ特に」
「そう? まあ早く上がってよ」
そう言って愛美が扉を大きく開いた瞬間。
「ちょっと長良さん! 早く入ってください!」
そう言って玄関ポーチに駆け上がって愛美を家の中に押し込む。
「えぇ⁉ それあたしのセリフ!」
慌てて愛美を押し込んで扉を閉めた美玖が、愛美の服装を見てまくしたてる。
「そんな露出の多い服を着て外に出るなんて危機管理意識が低すぎます! もっと高校生に相応しい恰好ってものがあるでしょう!」
愛美の服装は、キャミソールにホットパンツという、臍も出ており布面積が少ない。あまりの露出の多さに、美玖にはそれが服とは思えなかった。
「いやだって可愛いじゃん」
しかし愛美は恥ずかしがることもなく、さもこの服装が当然という態度をとる。
「ご両親に怒られないんですか」
「いんや、うちはべつに厳しくないし。てかその紙袋なに?」
愛美は美玖の持っている紙袋を顎で指す。
「いえ、人の家にお邪魔するので……どうぞ、ご家族で食べてください」
「別にいいのに」
「受け取ってください。人の家にお邪魔するのですから当然です」
渋々と言った様子でその紙袋を受け取った愛美は、とりあえず美玖を自室へと案内する。
慌てて頭を下げた美玖は靴を揃えて愛美の後ろをついていく。
「飲み物取って来るから会長は待ってて」
そう言って部屋を後にしようとする愛美を美玖が止める。
「いえ、飲み物は私が用意してきたので大丈夫ですよ」
「え⁉ なんで⁉」
美玖はトートバッグから魔法瓶を取り出す。
「人の家にお邪魔するのですから当然です」
「多分それは当然じゃないと思う」
魔法瓶を持つ三玖は「そうなんですか?」と目を見開いていた。
「もしかしてコップも……?」
「はい、紙コップですが」
「うわあ……すっごい会長って感じ」
額に手を当てため息をついた愛美が部屋の外に出ていこうとするのをやめて座布団に腰を下ろす。
貰った紙袋を目の前のローテーブルの上に置くと、美玖にも座るように促す。
「失礼します」と座布団の上で正座した美玖は顔を俯かせていた。
「どうしたの?」
なんで正座するのか、と聞きたいところだったが、部屋に来て俯かれることの方が気になった。もしかしてなにか見たくないものがあったのだろうか。
「いえ、あまり長良さんの部屋を見るのは、長良さんが良い気しないと思うので」
まさかの返答に、愛美は美玖の言ったことの意味を理解するのが少し遅れてしまった。
「ぷっ、あっはっはっは! なにそれ! 会長に見られたくない物とかないし、家に誘ったのはあたしだよ? 気にしないでって。あ。なんならあたしのベッドで寝てみる?」
「寝ません!」
美玖は恐る恐る愛美の部屋を見渡す。もっとごちゃごちゃした部屋を想像していたのだが。部屋は思いのほかシンプルだった。
部屋の入口の真正面は腰高窓になっており、その下は雑誌などが詰まっている本棚がある。入口から見て左は大きなクローゼットになっていて、その反対側にはベッドが置かれている。メイク道具などが置かれた勉強机は入口のすぐ隣にある。
部屋は六畳程だろうか、それほど大きな部屋ではなく、床全体がピンク色のカーペットで、部屋の真ん中にローテーブルがある部屋。
そんな愛美の部屋を興味深そうに観察していた美玖の目が、クローゼットと本棚の間にある布のかかったなにかで止まる。
「あれはなんですか?」
「ん? あーあれは鏡」
そう言いながら立ち上がった愛美は大きな姿見にかかっている布を取る。
ちょいちょいと美玖を手招く。
鏡の前には露出の多い服装の愛美と装飾のない白いトップスにロングスカートという落ち着いた服装の美玖の姿が映る。
鏡を見ながら、ふと自分の耳が赤くなっていることに気づいた美玖は、そそくさと鏡の前から離れて座布団に腰を下ろす。
「早く勉強をしましょう。今日はそのためにお邪魔させていただきましたので」
美玖の耳が赤いことに気づいた愛美も素直に美玖の正面に腰を下ろすと、紙袋をローテーブルからどかして、勉強道具を広げ始めるの。
勉強を始めてから約十分後。
「うわーん! 無理無理無理! 勉強飽きたー」
ペンを投げ出した愛美が仰向けに倒れる。
「まだ十分しか経っていませんが?」
「まだ十分なの⁉ 二時間じゃなくて?」
「はい。この前は集中できていたのに、どうして今日は集中できないのですか?」
「あたしに聞かれてもわかんなーい。集中できないもんはできなーい」
完全に集中力が切れた様子の愛美に、美玖はどうすれば集中させることができるのかを考える。
「てかさあ、会長はよく集中できるよね」
「普段からそうやっていますから。慣れです」
しばらく愛美は集中できなさそうだから、美玖は自分の勉強を始める。
「慣れかあ……ってなにやってんの?」
勉強は中断しているはずなのに、ペンを動かしている美玖のことが気になって身体を起こした。
「勉強です」
そう言う美玖が勉強している範囲を見た愛美が思いっきり顔をしかめる。
「うわっ、なにそれ意味わかんない」
「次の期末テストの範囲ですよ」
「無理」
「長良さんはやればできる人なので、コツコツと頑張りましょう」
言うや否や愛美にペンを持たせようとする。愛美は渋々そのペンを受け取るとノートと教科書を開いて勉強を再開するのだった。
「もう無理ぃ!」
再び十分後、ペンを投げ出して仰向けに倒れる愛美の姿がそこにあった。
「よく頑張りましたね」
さっきからずっと、美玖は休まずに勉強をしている。自分の勉強を進めながら、労いの言葉をかける美玖に愛美は口を尖らせる。
どうにかして美玖の集中を切らすことができないだろうか、そんないたずらめいたことを考えながら愛美は口を開く。
「あたしもさあ、会長になりきったら勉強できるんじゃないかと思うんだー」
「私になりきる?」
「そうそう。ほら、会長になりきったら、会長みたいに勉強できるようになるんじゃないかなって思ったんだよね」
「そう……ですか……」
愛美は適当に思いついたことを言っているだけなのだが、美玖は愛美の言っていることを真に受けてあの時のことを思い出す。
制服を交換して、互いになりきった日を。
愛美の家に呼ばれた時は嬉しかった。だけどそれを悟られるのが嫌で隠して、勉強して気を紛らわせていた。
「そうだ! 服交換しよーよ! そしたら会長になりきれるから!」
愛美は思い付きで言っているだけなのだが、美玖は初めからそう言ってくれればいいのに、と思いながら美玖の制服を探す。ここは愛美の部屋で、両親はいない、誰にも邪魔されない二人っきりの空間。それならあの制服を着るのはいいかな、と思って首を縦に振る。
「えっマジで⁉ じゃあ交換しよ!」
愛美がさっそくとばかり自身の服に手をかける。その様子を見た美玖が慌てて止める。
「ちょっと待ってください、先に制服に着替えさせてください」
「え? なんで制服?」
心底分からないといった表情の愛美に、美玖はなぜそんな表情で見られているのか分からなくなる。
「どうして、と言われましても……」
「いや、ふつーに考えてこの場合は私服の交換でしょ?」
「わ、私にその服を着れと……?」
さっきまでの気持ちはどこへ行ったのか、今は愛美と服の交換なんてしたくない美玖は肩を抱きながら身を引く。
「ちょっとー、さっきは乗り気だったじゃん」
「それはっ、せ、制服を着ると思ったので」
「私服も大して変わんないって、ねえほらぁ、交換しよーよ」
美玖が逃げないよう詰め寄って逃げ道を無くす。逃げることも、どうすることもできない美玖はそれでも首を振り続ける。
「いいじゃん、今はあたしらしかいないんだし、親は今日も帰ってくんの遅いから」
「でも……恥ずかしい……」
「今更それ言う⁉」
放課後とはいえ、いつ人が来るか分からない教室で愛美の制服を着たのだから、今更恥ずかしがる必要はない。そう頭では分かっているのだが、それとこれとは別だった。
「ほらこの前の写真見て、大丈夫だって」
「うぅ……」
「お願い! あたしの成績のためだと思って」
両手を掴んでお願いしてくる愛美の距離が近すぎる。
またこれだ、愛美の匂いを嗅ぐたびに、愛美を感じるたびに熱が美玖の中で暴れだす。
愛美の成績のため、という言葉を盾に、遂に美玖は私服を交換することを了承した。
「やった! これで会長になりきって勉強すれば成績上がる! かも!」
「長良さんの成績のためです……なので、早く……後ろ向いてください」
「りょーかいりょーかい」
美玖から離れた愛美はさっそく背を向ける。
心を落ち着けようと、目を閉じるとすぐに愛美の服が美玖の傍らに置かれる。
「置いとくね」
「ありがとうございます……見ないでくださいね!」
「分かってるって」
言われた通りに愛美は背を向けている。
やがて後ろから、僅かに衣擦れの音が聞こえてくる。適当な思い付きで言ってみたことでまさかのこうなるとは。
また美玖と服の交換をしたい、そう思っていた愛美にとってこの状況は願ったり叶ったりだ。
「着替えたので、私の服、置いています」
少し沈み気味の声に振り返ると、こちらに背を向けた美玖がいた。私服を置く時も後ろを向いたままだったらしく、美玖の斜め後ろに綺麗に畳まれた服が置いてあった。
「着替えたよ」
極力露出が抑えられた服装だったが、熱がこもる程厚く無く、肌触りの良い絹の服だ。
この前みたいに髪の毛を下した愛美が美玖を呼ぶ。
振り向いた美玖は愛美と目を合わせようとせず、お腹を手で覆い隠しながら今にも泣きだしそうな表情で声を絞り出す。
「落ち着きかないです……」
「えー、結構似合ってるよ」
そう言いながら、美玖の髪型をツインテールにする。
髪型を変え終えると、美玖を引っ張って姿見の前に立つ。
「んー、なんか違和感」
「やっぱり戻しましょう。なんだか下着みたいで……恥ずかしいです」
「メイクだね」
「どうしてそうなるんですか……⁉」
「メイク落としてくるから待ってて!」
部屋を飛び出した愛美を追いかけることができず、一人取り残された美玖は姿見に映った自身の姿に目を向ける。
「こんなの服じゃないよ……」
そう言って鏡に布をかけるのだった。
「おっ待たせー!」
しばらくして戻ってきた愛美は、帰ってきた自分に目もくれずに勉強をしている美玖を見て口を尖らせる。
勉強机に置いてあるメイク道具一式をローテーブルに置いて美玖の注意を引く。
やっと愛美の方を見た美玖の動きが止まる。
「ちょっと、なんか言ってよ。すっぴんなの……結構恥ずかしんだから」
「あっごめんなさい。驚いてしまいました」
「どゆ意味⁉」
「やっぱりお化粧で雰囲気はかなり変わるんだなと思いまして」
美玖は学校での愛美の姿、つまり、メイクしている姿しか見たことがないため、このようなリアクションをとってしまったのだ。
「まあメイクだし。てかそんなことより、ちょっとは会長っぽくなったでしょ?」
どうよ、と櫛で梳かれた金色の髪の毛を触る。
顔の派手さが無くなって、美玖の落ち着いた服装を違和感を感じさせることなく着こなせている。
美玖にとって好ましい格好だった。
「その調子で髪の毛も黒色に戻しましょうか」
「それはヤダ。さあ、次は会長の番だよ」
話はおしまい、とばかりに愛美がメイク道具を取り出す。
「ええっと……メイクするのですか……?」
「当然。もしかしてメイクするの初めて?」
「いえ、初めてというわけではないのですが……」
「えっマジ⁉ いつ? どこでやったの!」
まさかの返答に愛美は再び手を止めて美玖に詰め寄る。
あの美玖が、メイクをしたことがあるというまさかの情報、ここ最近で一番驚いた情報だった。
「メイクレッスンに行っただけですよ? 今は校則で禁止ですが、将来メイクは必要になるので、その勉強として」
「真面目すぎ! メイクならあたしが教えたげるのに!」
「えぇ……。でもそれは悪いですし……長良さんのメイクは少し濃すぎるといいますか……」
どことなく申し訳なさそうに美玖は言う。
「……別にナチュラルなメイクとかもできるし」
愛美は口を尖らせる。薄いメイクもできるが、それほど得意ではない。だから美玖が言い淀んでしまっても言い返せない。
「まあ今からメイクするから、別にいいけど」
愛美は半ば自分にそう言い聞かせて早速メイクに取り掛かるのだった。
「できた。おお、あたしじゃん」
「ありがとうございます」
鏡を見ていないため、美玖は今自分の顔を把握できていない。果たして愛美の手によってどれほど変化したのだろうか。
愛美が姿見の布を再び取って美玖を手招きする。
先程の記憶が蘇りわずかに躊躇ったが、好奇心に負けてしまう。
「驚くよ~」
そう言う愛美の言葉に緊張を感じながら姿見の前へとやってきた。
「ひっ――」
愛美の言った通り驚いてしまった美玖は、姿見に映る自分と愛美の姿を見比べる。
じぶんの着ていた服を着た愛美は、メイクを落としたこともあり、落ち着いた雰囲気が全面に出ている。メイクを落とすと割と幼く可愛らしい顔立ちのため、美玖の服装がかなり似合っていた。
それに対してメイクを施した美玖の顔は、人形のように均整で冷たさを感じさせる美しい顔立ちが、メイクにより派手になったため、冷たさのみが軽減されていた。
「どうよ?」
口調こそ普段の愛美だったが、仕草だけ切り取るとお淑やかで上品さを感じさせる。
「メイクとは、ここまで変わるものなんですね」
美玖は自身の変化に戸惑った様子で姿見に映る自分を観察している。
見た目と服装のギャップが埋まったことにより、さっきより違和感は感じない。恥ずかしいのには変わりないが。
「よしっ、じゃあ勉強やってみよう! 今からあたし会長になりきるからね」
そう言った愛美が勉強の準備を始める。
「私はどうすれば……?」
「あたしになりきって。会長になるあたしが教えてあげるから」
いくら美玖になりきっても頭が美玖のように良くなるはずないのだが、仕方なく頷くことにした。
「理解できましたか?」
「いえ、ここはこうしたほうが――」
「もー! あたしになりきってって言ったじゃん!」
「ごめんなさい、つい」
愛美が美玖になりきって勉強を始めて約三十分。
愛美は夢中になって気づいていないようだが、集中して勉強している時間が伸びていた。
恥ずかしさに悶えたかいがあったのかな、と美玖は僅かに頬を緩める。
「なんで笑っているの?」
美玖なのか愛美なのか、中途半端な状態で眉根を寄せる愛美に美玖は教えてあげることにした。
「集中できる時間が伸びましたね」
「マジで⁉ うわっマジじゃん! いやーなんか頭良くなった気がするわー」
「なりきったかいがありましたね」
「うんありがと! 一回元に戻って勉強やってみる」
まさかの発言に美玖は思わず聞き返してしまう。
「もういいんですか⁉」
「え、うん」
愛美のことだから、今日はこのままで勉強をするのだと思っていたが、どうやら満足したようだ。美玖は少し名残惜しさを感じながら「じゃあ、着替えましょうか」と言う。
「え、着替えないよ」
戻ると言ったのは、なりきることをやめるという意味で言ったつもりだったらしく、どうやら美玖は違う受け止め方をしたらしい。
「でも、戻るって……」
「服じゃなくてなりきるのをやめるって意味で言ったつもりだったんだけど……やっぱり嫌だった?」
「嫌、という訳ではありませんが……すみません、勘違いしてしまって」
嫌、とは言っていないが、この前の時もそうだったみたいに、愛美の服装は美玖にとっては相当恥ずかしい格好らしい。自分のわがままを聞いてもらっているのだから、あまり無理は言えない。美玖に申し訳ないことをやってしまったなと、愛美は反省する。
「やっぱ服も戻そっか! いつもの格好で集中できればなりきり勉強法の効果が証明されるわけだし!」
「証明になるのか分かりませんが、長良さんがいいのなら元の服装に戻りたいです。慣れない格好に、少し疲れてしまいましたから」
「やっぱそうだよね。じゃあさ、最後に写真撮ろうよ」
「また脅しに使うつもりですか……?」
「さっきはごめんって。やっぱさ、こういうって二人だけの思い出として残しておきたいじゃん」
「そういうものですか?」
「そういうもんなの!」
――そう思ってるのは、あたしだけなのかな……。
「そ、そうですか。まあ誰にも見せないと約束してくれるのなら……」
「絶対見せないから! そんじゃあ今日はいっぱい撮っちゃうよー」
そう言ってこの前みたいに愛美がくっつく。身体の火照りを気疲れないことを祈りながら、美玖は愛美と写真を撮るのだった。
ギャルと生徒会長が服を交換する話 坂餅 @sayosvk
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