ギャルと生徒会長が服を交換する話
坂餅
第1話 制服交換
終礼が終わり、生徒たちは各々自分達の向かう先へと散らばり始める。
そんな生徒達が行き交う廊下で、ピンと背筋が伸ばし、均一な歩幅で廊下を歩く女子生徒がいた。
そしてその女子生徒――
「やっほー会長」
美玖は均整な顔立ちを僅かに歪ませながら、声のした方へ身体を向ける。
「またあなたですか、
「
金に染められた髪をツインテールにした女子生徒――長良愛美が美玖の長く伸びた艶めく黒髪を手で梳きながら笑う。
「やっぱり会長の髪の毛綺麗だなー、羨ましい」
「あなたはまずその髪色をどうにかしてください。髪型だけでなく、その顔の落書きと着崩した制服も。そもそも、あなたと友達になった覚えなんてありません」
冷たく突き放すような声音で美玖は言うが、愛美は気にする素振りもなく「相変わらず固いなあー」と言いながら『生徒会長』と書かれた腕章を指ではじく。
そんな愛美の様子に、美玖は頭痛を堪えるようにこめかみを抑える。
生徒会長として、校則を守らない愛美に注意を繰り返しているうちにこうなったのだが、未だになぜ愛美が美玖に近づいてくるのかが分からない。
まじめ故のクールな振る舞い、人形を思わせるような美しい顔立ちのせいで他の生徒から近づきがたいと思われている美玖に、ちょっかいとはいえ、関わりに来る生徒は愛美だけだった。
「私はこれから職員室に用がありますので。それではさようなら」
「あたしあそこ嫌いなんだけど⁉ もっと楽しいことしようよー」
「別についてきて、とは言っていませんが」
なぜか付いてくる気だった愛美に美玖は呆れたようにため息をついた。
「えーでも放課後は友達と一緒に遊びたいじゃん?」
「明日参加する地域ボランティアの軽い打ち合わせがあるんです。長良さんと遊ぶ時間はありません」
「相変わらず冷たーい」
ぶーぶー抗議してくる愛美を無視することにした美玖は「それでは寄り道せずに気をつけて帰ってください」と律儀に言って職員室に向かうのだった。
そして、離れていく美玖の背中を見つめながら、愛美はしかめっ面で腕を組む。
「明日地域ボランティアって確か……公休? だっけ?」
たしか終礼でそんなことを言っていたなあと(話していたのは美玖)思いだしていると衝撃の事実が発覚する。
「会長明日いないじゃん!」
とある放課後、愛美と美玖は放課後の教室で体操服に着替えていた。
「どうして長良さんがいるんですか?」
「いやあ、会長がボランティア行ってる日、あたし学校サボったんだよね。そしたらさぁ、その日身体測定だって。で、今に至る的な?」
体操服のシャツを着ながら、愛美は軽く答える。
「会長なんで着替えないの?」
最後にルーズソックスを脱いで着替えを終えた愛美が首をかしげる。
「いえ、特に。あなたと一緒に受けると大騒ぎされそうなので」
「特にって、理由あるんじゃん。別に会長のスタイルってあたしとあんま変わんないじゃん? 恥ずかしがらなくても良くない?」
「そういう話ではないです……って長良さんの方が脚が長くてスタイルいいでしょう?」
「それはまあ……うーん、それよりも早くいこーよ」
「先に行ってください。私は少ししたら向かうので」
なぜか頑なに着替えようとしない美玖を待とうと思ったが、いい案を思いついた愛美は素直に言うことを聞くことにした。
「オッケーオッケー、じゃあ先行ってるねー」
急に聞き分けが良くなった愛美を怪訝に思った美玖だったが、ようやく一人になれたため、早速体操服に着替える。
脱いだ制服はしわにならないように、綺麗に畳んで机の上に置く。着替えては畳んで、着替えては畳んで、時間をかける。
身体測定は二クラスずつ、丸々一時間使って体育館で受ける。その時間に受けることができなかった生徒は、放課後に受けないといけないため、サボったり、休む生徒の数はほとんどいない。
そろそろ保健室へ向かおうかと思っていた美玖の目に、愛美が脱ぎっぱなしにして机に積まれている制服が入った。
「はあ……」
もう少し時間をかけようと、愛美の制服を綺麗に畳もうと手を伸ばす。
ブラウスを手に取ると、まだ僅かに温かい、その正体が愛美の温もりだと分かった美玖は、なんだか自分がいけないことをしている気分になった。
そして温もりの他に愛美の匂いが香る、よく愛美はくっついてくるため、この匂いには慣れたつもりだったが、なぜか少しドキドキしてしまう。
やめろと言ってもくっついてくる愛美の、あまりのしつこさに呆れている美玖だったが、それを愛おしく感じている自分がいることに気づいてしまう。
しかし美玖は慌てて頭を振り、いらぬ思考を振り飛ばす。
「そろそろ行きましょう……」
残りを手早く畳み、保健室へと向かうのだった。
教室に戻って来た愛美は早速思いついた案を実行しようとする。
美玖が保健室にやってたのは、あみの測定がすべて終わった直後だったため、時間は十分にある。
「あれ?」
その前に、愛美は自分の制服が綺麗に畳まれていたのを見つける。
「もしかして……いや、もしかしなくてもこれ会長がやってくれたんだよね?」
これは丁度いいとばかりに、愛美は綺麗に畳まれた自分の制服を、美玖の制服と入れ替えて、自分は美玖の制服を着ることにした。
「会長怒るかなあ……。まあその時はその時か!」
愛美は深く考えずに美玖の制服に腕を通していく。
「おー、会長って感じのいい匂い……」
遠慮もせずに美玖の制服の匂いを嗅ぐ愛美は自分の頬が緩んでいくのを自覚する。
「あっはは、それにしても……スカートなっが!」
ブラウスを着終えた愛美は美玖のスカートを履くと楽しそうに笑う。
美玖は愛美の脚が長いと言っていたが、それは愛美がスカートを短くしているからそう見えるだけであって、実際は美玖の方が脚は長い。
そしてツインテールをやめて、美玖と同じく髪を下す。染めて髪質があまり良くないのか、美玖のように、綺麗に髪の毛が流れなかった。
「あとはこの腕章だね」
最後に腕章を左腕に付けて終わりだ。今この場に鏡が無いため、スマホのカメラでなんとか自分の姿を確認する。
「おおう、結構会長じゃん、あたし!」
きっちりと第一ボタンまで止められたブラウスは少し息苦しいけど、美玖の服を着ていると考えれば全然苦にはならない。
ひとしきり自分の姿を確認し終えると、美玖が帰って来るのを待つことにした。
身体測定を終えた美玖は、教室のドアを開けたと同時に目に入った光景に、思わず呼吸をするのも忘れてしまった。
「え……長良……さん……?」
なんとか絞り出した声は愛美に届いたのだろうか。愛美は入り口で立ちすくむ美玖の姿を認めると、いたずらが成功したかのように、意地の悪い笑みを浮かべる。
「どう? 会長、似合ってる?」
そう言って立ち上がり、くるりと一回転。
膝を隠すスカートがふわりと広がる。さすがにメイクは落としていないが、制服は着崩さずに校則に則って着用しており、綺麗に染められた金髪も相まって外国人転校生のような出で立ちだった。
そうやって目を奪われたのも束の間、美玖はすぐにおかしなことに気づく。まずは腕章を付けていた。それだけなら今までだってたまに勝手に撮られたことがある。だから美玖がおかしいと思ったのは別の部分だ。
愛美はいつも波打つルーズソックスを履いていたはず、しかし今の愛美の脚にはそのルーズソックスではなく、美玖の履いている黒のニーハイソックスと同じ物を履いていた。この教室で着替えたのは愛美と美玖の二人だけ、もしかすると、愛美はルーズソックスの他にも靴下を持ってきている可能性もあったが、今この状況で履き替える意味がない。ということは、美玖のニーハイソックスを愛美が履いているということは明白であった。
しかし一応確認はしておこうと、美玖は自分の服を確認しに行く。
「長良さん、どうしてこんなことを?」
美玖の制服が置いてあった場所には愛美の制服が置かれていた。すっかり温もりは冷めてしまったが、ブラウスから香る匂いは消えていない。
美玖の靴下だけでなく、制服も着ていたのだ。
なぜこのようなことをしているのか、理解できなかったが今言うことはただ一つ。
「返してください」
そう言うと、愛美は腕を組んで「どうしよっかなー」と楽しそうに笑う。
「じゃーさ、あたしの制服着てくれたら返したあげるってのはどう?」
「ふざけていないで、早く脱いで返してください」
美玖が愛美の腕を掴むと――。
「無理やり脱がそうとしたらあたし叫んじゃうかもなー」
「な――っ」
「この状況を見た人はみーんな、会長があたしを襲ってるーって勘違いするかも」
慌てて愛美を掴む手を離す。実際叫ばれたところで、普段の学校生活から悪いのは愛美の方だと言われるのだが、今の美玖には、そこまで考える余裕はなかった。
「まあ会長があたしの制服着てくれるのなら返すけどね」
「……分かりました、長良さんの制服を着ます」
悔しそうに愛美のことを睨みつける。いつも美玖に冷たくあしらわれた愛美にとって、今の美玖は愛美のことだけを見てくれているような気がして嬉しかった。
「やったね!」
愛美の作戦は成功だ。あの真面目な美玖が愛美の制服を着るというレアな状況、この先一生見ることのできないものになりそうな予感があった。
「見ないでください」
「えー、いいじゃん。会長綺麗なんだし」
「そっそういうのではないので! いいから早く」
「はーい」
愛美が背中を向けるのを確認すると、美玖は早速着替え始める。
さっきは畳んだだけだったが、今度は愛美の制服を着ることになるとは、さっき忘れたはず気持ちを再び思い出してしまう。
同じブラウスのはずなのに、愛美のブラウスは柔らかく感じる。
あの誰にでも優しい愛美が、なぜか自分にだけちょっかいをかけてくる。今までは呆れて流してきたけれど、今は流すことができず、愛美と向かい合うしかない。
「あっ本当にぴったり……」
「言った通りっしょ?」
背負向けたままの愛美が満足そうに頷く。
全身を愛美に包まれた美玖は続いてスカートに手を伸ばして固まる。
「みっ……短い……⁉」
「え? あーそうそう、可愛いいっしょ?」
「新しく買いなおしてください。校則違反が過ぎます」
今からこのスカートを着用することになるのかと、恥ずかしい気持ちを隠すように語気を強めて注意をする。
「まだー? 早く着替えてー」
「分かりました……っ」
美玖は体操服のズボンを履いたままスカートを着用して、ルーズソックスを履く。
「着ましたよ」
美玖の合図で愛美が待ってましたとばかりに振り返り、そして顔を顰めた。
「うわあ……」
「なんですか。早く私の制服を返してください」
「いや会長さあ、それはダメじゃん」
愛美は美玖のスカートから見える体操服に目を向ける。
すると、美玖は恥じらうようにスカートを押さえる。
「だって、短いもの……」
「それが可愛いんだって。ほらほらー、ここにはあたししかいないんだし脱ごーよー」
「ちょっと、やめ――きゃっ」
愛美は美玖を机の上に座らされるとズボンに手をかける。美玖は必死にズボン押さえているが、愛美はその手を払いのけ、身体を近づけ、美玖の手が届かないようにしてからズボンを脱がす。
脱がされた瞬間に外気が美玖の細い太ももを触り、思わず身をすくめてしまう。
そして第一ボタンまで止めていたブラウスを第二ボタンまで外して愛美は離れる。
「どう?」
離れた愛美が美玖に目を向けると。
「ぃや……」
「ん?」
「いやぁ……」
そこにいたのは、いつもの冷たさを感じさせる表情を羞恥に赤く染めた美玖の姿があった。
あまりの表情の変化に愛美は面食らってしい、それと同時に胸の内から熱が身体中を駆け巡る。
「やばっ、すごっ、可愛い!」
「見ないで!」
ブラウスのボタンを止めようとする美玖だったが、動揺のせいか、中々上手く止めることができなかった。
机に座って動くため、太もものその先が見えそうになったが、愛美はなんだかいけない気持ちになってしまい、思わず座る美玖の手を引っ張る。
「きゃっ」
強引に座らされたかと思えば今度は強引に立たされた美玖を抱きとめる。
「会長超かわいい。ねえ髪の毛もいじっていい?」
すぐそこで聞こえる愛美の声と愛美の香りが、美玖の頭を麻痺させ、なにか熱いものが外された理性という蓋の外に出てきてしまい、美玖はゆっくりと頭を縦に振ってしまう。
愛美は手首に付けていたヘアゴムで美玖の髪をツインテールにしようとする。繊細な髪を傷つけないように、丁寧にゴムでしばっていく。
やがて左右のバランスを確認して満足だと頷くと、顔を赤く染め立ち尽くす美玖の姿を上から下まで目に焼き付けるように見ていく。
「うん、ばっちり! 写真撮ろう!」
「嫌です」
「いーじゃん! ほら、あたしになりきって」
美玖は思わず身構えてしまうが、そんなことにかまわず、愛美が身体をくっつけてスマホのインカメラを構える。
それなら足元まで見えないな、と安心して画面を見ると、胸元が開いた自分の姿を見てしまう。
慌ててボタンを止めようとするが、愛美に「ダメ、あたしはボタンを止めないの」と言われてしまう。それでもボタンを止めようとすると、愛美が耳元で囁く。
「長良さん、いい加減にしてください」
冷たい声音が美玖に突き刺さる。そのセリフは美玖が愛美に言っているセリフだ。自分が言うはずのセリフをなぜ愛美が言うのか。そう思った美玖が、愛美の構えるスマホの画面を見て息を呑む。
そこには普段の軽い雰囲気を消して、静かで落ち着き払った姿の、美玖になりきった愛美の姿があった。第一ボタンまで止められたブラウスに、膝下まで長さのあるスカート、そこから見えるニーハイソックス。格好は美玖そのもの。
それに対して自分はどうだ? 第二ボタンまで外されたブラウスに太ももまで見える程の丈の短いスカートに波打つルーズソックス、いつもは丁寧に梳かされた艶のあるストレートのロングヘアーが頭の横で二つ結びにされている。格好は愛美そのもの。
――私は、誰?
今まで感じたことの無い気持ちだった。自分が誰なのか分からなくなる。
写真を撮る。いつだったか、写真を撮ると言われてカメラを向けられたことがあった。その時美玖は写真の写り方が分からず、ただ真っすぐにカメラを見ていた。その写真が証明写真みたいだ、と言われた記憶があった。真面目だと、美玖らしいと言われた。
そんな美玖とは違って、愛美はいつも友達達と表情豊かに、色々ポーズを取って、楽しそうに写真を撮っていた。
美玖には真似できない、しようとしてもそれは自分らしくない。勝手に自分はそういう人間なんだと決めつけてやらなかった。
だから、今回もそうやって写真に写ろう。そう思った。
「――⁉」
だけどそれは、できなかった。美玖のすぐそばでスマホを構えていた愛美の表情は、自分の写り方と同じ、真正面からカメラを見つめている。
――なら、私は?
「ほら、あたしみたいにイエーイってポーズとってよ」
そうやって囁くのは愛美の声、だけど仕草は自分と変わりない。今この場にいるのは美玖とは愛美の二人だけ、互いになりきった二人だけ。
どうするべきか、そんなの決まっている。
「いっいえーい」
いつも愛美がしているように、顔の横でピースを作る、ぎこちなく指が伸び切っていないその仕草に、となりの愛美は思わず息を漏らしてしまう。仕方ないだろう、美玖自身自分でもおかしいと思う。
慣れないけど互いになりきってシャッターを切る。
「長良さん、その写真――」
我に返った美玖が恥ずかしそうに頬を染めながらおずおずと画面を指さす。
「あー会長にも送るね」
「いえ、違うの。胸元が……恥ずかしいの」
「えー、でも可愛いよ?」
「でも他の人に見られたら、その、怖くて……」
今まで散々注意してきたのに、その自分がこんな格好をしている。こんな校則違反の姿を先生や他の生徒に知られたらどうしよう。そんな恐ろしい考えが麻痺していた美玖の頭を正常に戻していく。
「他の人にバレるのが嫌なの?」
「はい……そうなのかもしれないです」
「じゃあさ、たまにでもいーからこうやってあたしと遊んでよ」
「脅しているのですか……?」
「脅しっていうかお願い、かな?」
冷静になった美玖は愛美を睨みつけようと目を向けるが、愛美の目は美玖を脅して楽しむような目ではなく、不安に揺れていた目だった。
「どうして、そんな目をしているんですか」
その目に戸惑いながら、美玖は胸が締め付けられながらも問いかける。
「いやー、なんでだろうね。あたしにも分かんないや」
あはは、と頭をかいた愛美は制服ブラウスのボタンを外して着替え始める。
「まあ今日は満足! 制服ありがとうね、会長の匂いすっごい会長だった!」
「なっ――そ、そうですか。……長良さんも……いい匂いでした……」
冷静になったはずなのに、それに気づかぬふりをして、いや、見て見ぬふりをして美玖は答える。その答えが意外だったのか愛美は目を丸くするとプッと吹き出す。半ば脱いだブラウスから覗く細い肩が小刻みに震えるのが見えて、美玖はそっと目を逸らす。
こんな気持ちは初めてだ、一度蓋が開いて出てきた熱は消えることなく、冷静になった美玖の中に残り続ける。愛美の匂いを嗅ぐたびに、愛美を感じるたびにその熱が美玖の中で暴れだす。
――脱ぎたくない。
「会長が脱いでくんないとあたしの着る服ないんだけど?」
「わっ分かっているわよ。あっち向いてちょうだい」
「はーい。じゃあ会長の制服置いとくね」
そう言って愛美は美玖の見える場所に制服を置いて後ろを向く。それを確認すると、美玖は急いで愛美の制服を脱いで綺麗に畳む。そして自分の制服を手に取り、今さっきまで自分の制服を着ていた愛美の温もりが消えないうちに袖を通し、温もりを離すまいと自分の身体を抱きしめる。
ほのかに香る愛美の匂いが、温もりが美玖の身体をそっと包み込んでくれる。
「はい、長良さんの制服です」
だけどいつまでもこうしている暇はない。軽く畳んだ愛美の制服を見える場所に置いて、美玖自身も愛美の着替えを見ないように背を向ける。
美玖が着替え終えたのが分かった愛美は振り返る。そこにはいつも通りの姿に戻った美玖がいた。
今まで美玖が着ていた自分の制服に袖を通しながら、だらしなく頬を緩める。美玖と遊べたことが、愛美にとってなによりもうれしかった。おまけに制服を交換して互いになりきる、いつもなら冷たくあしらわれ、呆れられていたのに、今日は今まで見たことの無い美玖の姿を見れた。
「ねえ会長、また遊んでくれる?」
拒絶されるのが怖くて、冗談交じりに言いそうになる。だけどそれじゃダメだ、美玖は真面目だから、自分も真面目に真正面から言わなければ。だから愛美は真摯にその背中に問いかける。
美玖は肩を震わせた後、ゆっくりと頷く。
「そうしなければ、写真を広められますから」
別にそういうつもりは無いんだけどなあ、と思いながら笑う。
「ありがと。じゃあそん時はまた連絡するね」
そう言って鞄を肩にかける。
「着替え終わったよ、いっしょに帰ろーよ」
「遠慮しておきます、私は戸締りをするので先に帰ってください」
すっかりいつもの調子に戻った美玖が、教室の窓の鍵が開いていないかを確認する。できるだけ愛美を見ないように、なにかを誤魔化すように。
「そんなの二人でやった方が早く終わんじゃん」
なにを言ってんだと、いつものように軽い調子で言いながら美玖を手伝う。二人ですると、戸締りはすぐに終わる。教室を閉めて鍵を職員室へ返しに行くという美玖についていく。
生徒の姿が見えない夕陽に染められた廊下を歩きながら美玖の服の袖をつかむ。
「なんですか?」
夕陽に染められた表情はよく見えないけど、愛美には美玖が自分のことを見てくれているというのが分かる。
「次が楽しみだね、会長」
次が楽しみ、その言葉を聞くと美玖の内にある熱が暴れだしてしまう。このことは誰にも知られてはいけない、あんな姿を見せられない、愛美との秘密の関係。
「そうですか、早く鍵を返しに行きましょう」
夕陽が差してくれてよかった。今この表情は誰にも見せられなかったから。
そして足音は重なり合うことなく、夕陽に染められた廊下を反響するのだった。
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