第30話


 盆に乗せた酒と肴を手にしているようだった。


「いや、ちょうど良い。頼みたいことがあったのだ」


「では、四人分の夕食をここに手配させましょう」


 銀狼が引き留め、床に円座になってわたしたちは座り込んだ。


「改めて紹介しよう、彼女は四大老のひとり。魅音(ミオン)」


「改めてご挨拶申し上げます、魅音さま」


「こちらこそ、美雨さま」


 にこっと赤い唇で笑った彼女に、同じ女性ながらふと見惚れてしまった。


「先ほどはありがとうございました。魅音さまが助け舟を出そうとしてくださって、嬉しかったです」



「あら、そう言ってもらえるとホッとするわ。つい放って置けなくってねぇ。でも、最後には厳しい条件を引き受けるなんて、なかなか骨のある娘さんだと思ったよ」


「こいつは俺の幼馴染でもあってな。まぁ、ちょっと変わりもんだが、守護術をもちいて『災い』の影響を受けた病や怪我を治すのを得意にしてるんだ」


「左様でしたか」



 若々しくて美しいだけでなく、銀狼を支える選ばれた立場にいるということは、やはり素晴らしい能力も備えているのだ。

 わたしは素直に魅音さんを尊敬した。


「それで、銀狼さま。あたしへの頼みというのはなんでしょうね?」


「ああ、美雨のことだ」


「え?」


 わたしは驚いた。


「彼女は一通り礼節や家事をこなすが、守護術についてはほぼ知らない状態だ。そこで、魅音に彼女の師となってもらいたい」

「あら、まあ」


「どうだろうか」



 魅音はじっとわたしを見つめた。

 わたしはごくんと喉を鳴らして緊張で身を固める。

 普通、守護術の師匠は高額な報酬を受け取るものなのだ。

 泰然の師匠も、本家の資産を費やして依頼した相手だった。


 そもそも、指導を受けたいと願う相手は引も切らない。


 だから、高額な報酬だけでなく、相手を気にいるかも重要だときいたことがある。

 わたしは彼女の目に叶うだろうか。



「いいよ、引き受けようじゃないか」


「よろしいのですか……!」


「ふふっ、でもあたしは厳しいよ?」


「はい……、はい! 精一杯努めます!」


「実はね、もともと銀狼さまからの申し出がなくても、美雨ちゃんの術師としての師をどうする気かは気になっていたのさ」


「そう……なのですか?」


「なんてったって、異例の癒しの力を発揮したお嬢さんだからね。医療に関心があるものなら、誰だって興味を惹かれるってもんだよ」



 にっと笑った彼女は、すぐに真剣な顔をした。



「とはいえ、美雨ちゃんが超えなければいけない基準は相当のモンだよ? この子がそれを認識していようといまいと、けしかけたのは褒められたことじゃないと思ったけどねえ」


 その銀狼への言葉にびっくりした。


 彼女は四大老とはいえ、銀狼のもとで働く人。

 なのに、真正面から彼に苦言を申すとは。

 その意志の強いまなざしに、わたしは引き込まれた。


 一方で銀狼はというと、魅音の言葉に苦笑していたが、気分を害しているようにはみえなかった。


「魅音の言うことももっともだが、わたしは問題ないと思っている」


「ふうん」


「魅音。おれもナァ、あの場では基準に反対はしたが、姫さんなら無謀じゃねえとは思ってる」


「あら、あんたも?」


「銀狼、黄蓋……」



 二人の信頼は嬉しい。その期待に応えたい。

 けれど同時に、心許ないのも事実なのだ。



「まあ、もう決まっちゃったもんは仕方がないからねぇ。何より、本人の意思が固いみたいだし、あたしにやれることは引き受けようじゃないの」


「魅音、頼んだ」


「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いいたします……!」



 わたしは深く頭を下げた。

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