第28話

「おい、冗談はよせよ」


「いや、まっことお主の言うことは間違ってはおらぬ。しかし、試しの儀での基準の三倍ということは、つまり儀式で計れる最大値を超えよということじゃぞ」



 老婆が淡々と言った。

 どうやら、この老婆と壮年の男は、わたしが銀狼の妃となることに全面的には賛成していない。

 それはわかった。


 ただ、儀式からも術師としての知識からも遠ざけられて暮らしていたわたしは、ここで初めて知ることが多くて頭の中が混乱しそうだった。

 必死に頭の中を整理して話を追いかける。



「ならば、儀式の最大値を超えて、すべての札を赤く染め上げて見せることとしようではないか。だが、一枚でも白いままの札があれば、それは力が足りぬ証拠。その娘は妃とどころか、足りぬ力を偽ったのだ。術師にすらなるべきでない」



「ほお、なるほどのぅ。ならばお主の基準とやらも分からなくはない」



「おっ、おい! そんなのおよそ現実的な数値じゃねぇ。ここ10年見渡したって、どんな優秀な術師でも基準の2倍だっただろうが」


「つまり、できないと?」


「当たり前だろ」


「では、その娘は己の能力を騙っているということか」


「おい、言いがかりはやめろ」


「では、なぜできぬ?」


「お前だって分かるだろうが。術師だって常に一定の力を発揮できる訳じゃねぇ。無謀だっつーの」


「全くだわ。だいたい、その子はまだまともな修行も受けたことがないんでしょ? 儀式を受けさせるにしても、数年後にすべきところよ?」



 四大老がふたつに割れていた。

 わたしの力を証明しなければ、以前発揮したのは偽りの力だとして、これからの道すら閉ざそうとする老婆と男。


 銀狼が選んだ相手ならば最低限の力を見れば良いだろうと擁護してくれる黄蓋と赤毛の女性。


 その時だった。


「わかった。鎮まれ」


 銀狼の凛とした一言で、それまでの論争はぴたっと静かになった。



「わたしは美雨の力をこの身で知っている。しかし、その異例の力ゆえに、四大老のうちに疑いが生まれるのも分からなくはない」



 凪いだ水面のようにピンと静けさのある言葉だった。

 同時に、銀狼のその言葉を誰も波立たせて邪魔することなどできない、張り詰めた緊張感をかもしだしていた。



「そこでわたしは問いたい。美雨」


「はい」


「貴女はどう思う」



「わたし……わたしは……」



 問いかけられて、すぐには答えられなかった。

 わたしは無能とさげすまれた存在だ。


 父と母が死に瀕したときにも何もできず、試しの儀式も声を失っていて受けたとは言えない。


 でも、銀狼や子猫を救うことができた。

 それがどれだけの力が必要だったのかわからない。またできるのかも、もしかしたらいつか急にこの力がなくなってしまうのかも分からない。


 そんな自分ですら把握できない力を、黄蓋たちが無謀だと止めるような儀式で発揮できるのか。


 弱気な自分が顔を出しそうになる。


 けれど、今はそれだけではない。

 今なんでも望むことができるなら、わたしはーー。

 そのとき、ふっと銀狼が笑った気がして、わたしは彼を仰ぎ見た。



「銀狼……?」



 こんなときに、銀狼はなぜ笑えるの?

 不思議にすら思って、目をパチパチと瞬いてしまった。

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