第16話
しかし、旅はさっそく異変に襲われた。
「どうか、どうか我が子を……!」
「助けて、助けてくださいっ」
人々のうめき声と、血の匂い。のたうち回る住民たち。村に着くまではわたしたちにじゃれついていた子猫が、わたしの足もとで毛を逆立てている。
わたしたちが訪れた村は、まさに妖に襲われて傷つき、救いを求めていた。
こうしてたまたま訪れただけの旅人に縋るほどに。
そこに凛とした声が空気を震わせて響く。
「落ち着け!」
銀狼だった。
「我々は守護術師だ。指示に従って治療を受けよ」
銀狼の圧倒的な覇気に呑まれて、それまで秩序なく泣き叫んで助けを求めていた人々は、指示に従って慌ただしく動き始めた。
さすがは人を従え、守ることに慣れた銀狼だった。
ただ、そこからは感心している間もなく、戦場にいるようだった。
銀狼の指示によって、動ける村人は銀狼の指示に従って患者たちを症状別に移動させ、なるべく瘴気を浴びないように区分けされた。
とくに症状が重く、瘴気で周りの人まで被害を拡大しかねない様子だったのは6人。死の境を彷徨っていて、只人では近づくだけで彼らのまとう瘴気にやられてしまう。主に妖を追い返すために前線に立った青年たちだった。
銀狼と黄蓋はこの6人を宝玉で休みなく癒やし、回復を助けている。誰も他には立ち入ることができないようにした村の薬師の家で、瘴気を抑え込むとともに治療もほどこしている。
6人の症状はそれぞれ多少の程度の違いはあるものの、総じてわたしが出会った時の銀狼より圧倒的に悪く、背中を肩から腰まで大きく切り裂かれている人や、片腕の肘から下を食いちぎられてしまっている人もいた。
中等症と判断された数はそれより多く、寄り合い所に運び込まれた簡易的なベットに十数人が寝かされている。
この人たちのために、わたしは薬師の女性と奔走していた。子猫は荷物とともに片隅で大人しく丸まっている。
「こちらにも傷薬と包帯を、早く!」
慌てて駆け寄る。傷口を水で濯ぎ清め、度数の高い蒸留酒をかけてから包帯を巻く。
命の危険はない中等症といっても、ひどく苦しんでいるのは間違いなかった。
彼らは腕や脚こそ失わずに済んだものの、瘴気に当てられて高熱を出し、人によっては逃げる時に折ってしまった骨折の痛みにうめいていたり、身体中の切り傷からの出血で身につけている衣服を赤黒くまだらに染めた人もいる。
ひと通りの対応が終わると、すでに夜が明けて朝日が昇るところだった。
「アンタ、そろそろ休んだら? この寄り合い所にいる患者ならもう容体が安定してきたし」
「それでしたら、先に薬師さまが……」
「まったく遠慮深いね! それにそんな細っこいのによく働くよ。旅路から村に着いた途端、一晩中ここで看病してたじゃないか」
「薬師さまこそずっと治療薬を煎じたり、傷口を縫ったりお疲れではありまさんか。わたしは包帯を巻いたり、お体を拭き清めることくらいしかしておりません。こうして長い時間働くのには慣れておりますし……」
「いい子だねぇ。うちの息子があと15年ほど育ってたら、嫁に欲しいほどだ!」
まだ2才だから仕方がないけどね、と彼女は笑った。そう言われて、思わずわたしもはにかんでしまう。
見ず知らずの旅人にも関わらずーー緊急事態ではあるからこそーーこんなふうに打ち解けて仲間のように扱ってもらうことに、どこか心の中で温かいものを感じた。わたしが役に立てていて、必要としてもらえることが、ここにいて良いと言われるようでほっとした。
だからかも知れない。まだまだ働けると感じたし、必要かとされることをこなしたかった。
本当はわたしの唄がーー銀狼やあの子猫を癒した力を使えばもっと役に立つのではないかという考えが頭をもたげたけれど、それはこの場所に着いた当初に、固く銀狼に禁じられていた。
「あたしゃ夜のうちにアンタのおかげで仮眠もさせてもらったからね。もともと少しだった瘴気も薄れてきたし、あとはこいつらの恋人や母親たちに指示を出したらすぐに休むよ」
倒れたら元も子もないからね!と、美雨の背中をトンと叩く。
「ほら、昨日から食事もとっていないじゃない。ついでに、わたしの家で治療をつづけている旅の護衛術師さまたちにも、食事を持って行って差し上げなよ。子猫の世話はしといてやるからさ」
薬師の女性からそう言われて、わたしは少しだけ休息をもらうことにした。
銀狼と黄蓋に食事を届けて、すぐにここに戻って手伝えばいい。できるなら、わたしが歌う許可をもらって戻ってくればーー。
ここにいる薬師や、苦しんでいる彼らをもっと助けられる。そう思っていた。
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