第14話
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この宿屋で過ごす間に、何度か銀狼と黄蓋の言われる通りに唄を歌い楽器を奏でて、わたしの力について彼はなにかを把握したようだった。
「いくつか約束してほしい」
「はい、全てお言葉に従います」
「……って、姫さん! 内容を聞いてからじゃなきゃ『うん』と言っちゃあダメだって!」
「えっ、そうなのですか?」
「そういうもんさ。騙そうとする者(もん)もいるし、慎重にな。すくなくとも都に着いたら気をつけなきゃな」
「都の文化なのですね」
「文化っつーか……」
黄蓋は困ったような、同情するような顔をした。
「そういやぁ、姫さんはずっと白家にいて、ほとんど敷地からも出してもらえなかったんだもんなぁ」
なるべく足手まといにはなりたくないのだけれど、知らないことが多いのは事実だった。わたしは思わず顔を下に向けてしまう。
その膝の上には、子猫が丸くなっている。まだ胴体には毛が生えそろっていなくて、塞がった傷跡に触れないように包帯を巻いてある。子猫がふあっとあくびすると、健康的なピンクの舌が口からのぞいた。
この子の世話や、食事の支度をするだけで、その他はわたしはこの一日二日たいして休んでばかりだった。その食事の支度さえ「休んでおけ」と最初は止められて、そんな風に厚遇されてばかりだとなんだか申し訳なくなってしまう。
けれど、わたしが下を向いて落ち込んでいても銀狼の役に立つ訳ではない。せめて前を向いて、できることを少しずつ増やしていかなければ。
顔をあげて、黄蓋に答える。
「はい。家事と礼儀作法は恥ずかしくないようにとしつけられましたが、それ以外はあまり知らぬことも多く……」
「いやいや、充分なんだけど。ただ純粋すぎて心配っつー話でな」
黄蓋は頭を掻いたが、銀狼は「ゆっくりわたしの近くで学んでいけば良いさ」と気にしていないようだった。
「銀狼さまが姫さんに教えてくださるんならいいんですけどね?」
「あの、黄蓋さま。今更なのですがーー」
「おうおう、俺に"さま"なんていらんよ」
「え、しかし……」
「銀狼のことも呼び捨てだろ? 主人がそれなのに片腕である俺が敬称をつけられるのはなー」
なっ?と念押しされて、わたしは仕方なく頷いた。今まで呼び捨てで互いを呼び合う友人もいなかったので、なんだか一気にふたりもそういった身近なかけあいができる人が増えて、こそばゆく感じた。
「それでは、わたくしのこともどうか『美雨』とお呼びください」
「いや、それはできんな」
「えっ!」
なのに、すぐさま断られてしまった。
「その……それは何故でしょうか?」
「気分」
「…………」
あっけに取られる。わたしから見れば、黄蓋は体格も大きくて、堂々と銀狼の片腕として働いていて、はるかに大人だと思っていたけれど、なんだか幼い男の子のようなことを口にする時がある。
「銀狼さまの花嫁だからなぁ、呼び捨てはまずいだろうよ」
「あ、ええと……そうですね」
びっくりした。本当に気分だけなのかと思ってしまった。
「黄蓋、美雨であそぶな。話を戻すぞ」
銀狼が静かに宣言した。
「約束のひとつは、むやみに歌や演奏をしないことだ」
これはすぐに理解できた。もしわたしの力がいつも発揮されてしまったら、騒ぎになるだけでなく、銀狼たちにも迷惑をかけてしまう。
「ふたつめに、首都で試しの儀を受けてほしい」
「え……しかし、わたしは一度儀式を受けてーーいえ、声が出なくなっていて、受けることすらできなかった者です。もう年齢も7つをとっくに超えていますし」
「そこは安心してほしい。わたしの権限でなんとでもなる」
「まあ受けておいた方が賢明だな」
「ああ。護衛術の基本を学ぶのは、宝玉を扱うために必要だからでもあるが、四大名家で過ごすなら自らを守るためにも役立つ。知識がなければ、騙されたり、自分の力を悪用されかねないからね。君の場合は、護衛術師の基本的な知識を身につける機会も与えられていなかったと聞く」
「はい、お恥ずかしながら……。幼い頃に父と母から簡単な音楽と歌を習っただけで、学ぶ時間がなく」
「いや、恥ずかしく思う必要はない。これから学べば良いだけだ。それにーー何も学んでいないにも関わらず、癒しの力をあれほど発揮できたことからも、美雨の潜在能力は窺い知れるというもの」
「だな。きっと銀狼家でちょちょっと勉強すりゃ、白家のボンボンなんてすぐに足元にも及ばない術師になるぜ」
銀狼は「これ以上に術師として苦労せずとも、わたしのそばにいてくれるだけでも良いのだが……」と苦笑した。そして、真面目な顔になって続ける。
「三つめとして、なるべくわたしと過ごして欲しい」
「……? それはなぜでしょうか?」
ひとつ目とふたつ目の約束は理由が分かりやすかった。
「君を狙う者も現れかねない。なるべくわたしか、黄蓋のように信頼できる者と過ごしてくれ。ひとりきりにならないように」
そう言って、彼はそっとわたしの手を握った。
瞬間、わたしの顔が赤くなるのがわかった。こんなに大切そうに手に触れられるなんて、しかも、銀狼のような美しい青年が愛しげな仕草をするなんて、不慣れなわたしだけでなく、ほとんどの女性が顔を赤らめるに違いなかった。
黄蓋はぼそっと「本来は銀狼さま自ら護衛する理由はないんですがね……手中の玉(ギョク)ってとこか」と独り言を呟いたけれど、あまりに小さい声で、わたしには上手く聞き取れなかった。
子猫はいつのまにか膝の上ですやすやと眠りについていた。
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