第11話


 銀狼は当時を回想しながら、美雨が責任を感じないよう、かいつまんで話した。

【あの雪の日のできごとは守護術の今後において重要な出来事で、美雨を守るうえでも、銀狼家が彼女を保護する必要があると判断した】

 という内容を咀嚼して、美雨はひとつ腑に落ちた。


「本当は、7年前のあの冬に迎えに来てくださるつもりだったのですね」


 なぜこの折になってーーというのは疑問だったのだ。



「そうだ」


「けれど、お家の事情ですぐには動けない状況が続いた」


「……それと、貴女が誰なのか分からず、存在が不確かで、動きたくとも連絡もとれなかった」


「えっ?」


「あの当時、わたしは貴女を“言葉を失った使用人"だとばかり思い込んでいた。密かに便りを送ったが、どうやら1通も届いていなかったようだな」


 それは、あの家ならありえることだった。


「ちなみに、銀狼さまの命で白家にも軽く探りを入れたこともあったんだぜ。だけどなぁ…、雇用履歴を調べても、該当するような年頃の使用人の娘はいなかったワケで」


 白家を辞めていった使用人の行方まで、いろいろ調べたんだ、とぼやいた。



「そう。解雇されてもうあの邸にいないのではないかとは考えたのだ。しかし、まさかあのような過酷な扱いをーーしかも、両親を亡くしたばかりの本家の血筋を正統に引いた娘に強いていたとは……」



 それは見つからないだろう。

 わたしは賃金を受け取る使用人ではなかったから、雇用履歴には残っていないし。けれどあの姿では家の後継者の娘には見えない。



「それに、わたしが訪ねたあの日、貴女の叔父たちは『美雨は両親の死とともにひどい手傷を受けて、長らく療養のために遠方にいる』と言っていた。君を徹底的に表には出さない方針だったようだな」


「そうだったのですか……」


 調べられたら分かってしまいそうな嘘だけれど、あの叔父たちなら自分たちの行動を取り繕うために嘘もつきかねなかった。


「それでも、諦めずにわたしを探しに来てくださったんですね」


 ありがとうございます、と頭を下げた。


「ーーでも、わたしが花嫁というのはなぜでしょう?」


 ただ保護するだけなら、花嫁ではなく、弟子や養子など、いま美雨が思いつくだけでもいくつか方法がありそうだった。それを口にすると、あっさりと二人が説明してくれる。



「もっとも手厚く保護し、他家や他国の干渉から美雨を守れる方法が婚姻だからーーそれが大きな理由だ」


「まっ、弟子や養子じゃあ、同じやり口で嫁として奪われちまう可能性が残るからなぁ」



 黄蓋の補足に「なるほど、そうなのですね」と納得した。

 わたしが考えつくようなことを、考えていない訳はなかったのだわ。



(なら、ある種の政略結婚のようなもの…)


 どこか残念なような、ほっとしたような気分はなぜだろう。


(……もしかして、わたし自身が銀狼さまに求められているなんて、そんなこと期待したの?)


 自分の厚かましさに気づいてしまい、そんなわけないのにと少し落ち込む。




    ⌘ ⌘ ⌘




 疑問はまだあった。


「ご当主の立場を手にしてーー、わたしを保護してくださるのは分かりました。けれど、銀狼さまにとってわたしはどんな役に立つのでしょう」


「それを今から確かめさせて欲しい」


 銀狼と黄蓋はチラッと目線をかわした。


「この邸は、俺たち以外いない。人払いをしてるっつーのは聞いたか?」


「はい、伺っております」


「それはこのためでもあったのだ」



 黄蓋が一度席を外すと、琵琶琴(びわごと)と、何かを抱えて帰ってきた。飴色(あめいろ)の、よく使い込まれた楽器だった。それをわたしに差し出して、


「ひとつなにか『唄』を奏でてくれないか」


 と真剣に託した。


「最後までではなく、冒頭だけで良い」


「……? 構いませんが……」


 もうひとつ、黄蓋は手に持ってきたものをそっと卓に置いた。なにやら小ぶりな籠。その中をわたしもそっと覗き込む。


 わたしは息を呑む。


「え……! これは一体ーー!?」




    ⌘ ⌘ ⌘

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