第30話 帷幕の中で

「明日の昼には祠に到着します」

ボウ中将は最高幹部専用の帷幕でそう述べた。それは他の三人も判っている事ではあるが、改めて認識を共有するためにそう言ったのだ。


「各聯隊の配置は大丈夫か?」

皇帝の長男であるルードヴィヒ幕僚長がそう確認した。


「予定通りの円陣を指示してあります」

ボウ中将は簡潔に答えた。


この場合の円陣とは外に向けた陣形とばかりは言い切れない。祠の周辺を調査するのは工兵聯隊の中でも特に皇帝や皇子の信任が厚い部隊で、そこから何重もの円陣で祠一帯を工兵聯隊で囲む予定である。


歩兵聯隊はさらにその外側で円陣を展開する。これは不測の事態に備えたものだ。輜重聯隊は円陣には参加せず、工兵聯隊の円陣の外側で兵站などを担当する。これほどの布陣を展開するのは、実は最高幹部四人も自分たちが探しているものの実態がよく判っていないからだ。


「四大精霊の加護、か」

皇帝の次男であるロタール参謀総長は誰にという訳でもなくそう独りごちた。


「参謀総長にはご懸念が?」

ヴィンチ中将は無表情にそう問いただした。


「むしろ君には懸念がないのかね?中将」

ロタール参謀総長は嫌味たっぷりにそう返した。


「実態が不明なものの調査に懸念がないとは。先が思いやられるな」

ロタール参謀総長は口を曲げてそう皮肉を言った。


「止めたまえ参謀総長」

ルードヴィヒ幕僚長は苦々しく弟の皮肉を遮った。


「陛下の御言葉を忘れたか?我々は一致団結しなくてはならぬ」

ルードヴィヒ幕僚長は三人を見渡して苦々しくそう言った。


皇帝の長男であるルードヴィヒはこの四人の中で一番まともである。彼は伯父である先帝ガルバ一世の時代に、政治家として選挙に出馬し見事に当選した実力派の皇族である。領地もない名ばかり爵位を得て遊んでいた弟ロタールや、参謀本部の二番手同士でくすぶっていたヴィンチやボウとは違い、現実の問題を解決できる人間だった。


それ故に彼は父帝からこの作戦の総指揮を任されたのだが、それは彼にとってあまり嬉しくない采配であった。そもそも彼は父が伯父を弑逆した事も内心で批判しているし、精霊の加護などという抽象的で神秘主義的なこの調査にも好意的ではなかった。


しかし、だからと言って父帝の命令には逆らえず、また弟ロタールが何らかの結果を出して皇太子になどになったら我が身が危ないとも思い、渋々ながらこの作戦を指揮監督しているのである。

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