第4話 甘くなかった甘い話

トマ・オジエは生まれつき魔法の素養があっただけの普通の少年であり、それ以外ではさほど目立つ才能や能力に恵まれている訳ではなかった。


従って魔法学校の成績は平々凡々そのもの、問題も起こさない代わりに特筆するような功績もなく、教師も「くせ毛の黒髪の生徒」以上の印象を持たなかった。そんな彼が陸軍に入営したのは、よくある軍隊の勧誘に引っかかっただけである。


「君ほどの能力があるならすぐに下士官だよ!」


その士官はニコヤカな笑顔で力強くそう言った。これはまあ、嘘ではない。魔法学校出身で情報将校候補なら、三ヶ月の基礎訓練が終われば皆下士官になるのだから。


ただし情報下士官には部下はいないし専任の当番兵すらつかない。そういう下士官専用の官舎に詰め込まれ、狭い個室を与えられるだけである。食事と掃除と洗濯は官舎付きの当番兵、というより実質寮母の中年女性兵たちが持ち回りでしてくれたが。


そして出勤すれば、最下級の情報下士官として先輩下士官たちからこき使われるばかりで、三ヶ月頑張れば下士官という甘い話は、嘘ではなかったが全然甘くない、という事実を思い知らされる毎日を送っていた。


それもようやく半年が過ぎ、さてそろそろ次の代が入ってくるぞ、ようやく下士官らしく少しは顎でこき使えるのが入ってくるぞ、という暗いモチベーションの中、俄に実戦出動を命令されたのであった。

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