第8話 結婚式
ふたりの結婚式の朝は少し曇っていた。
何度も窓を見て案じていたが、支度をしているうちに晴れてきた。
(良かった。空が明るくなってる)
「大丈夫よ、リタ。お昼にはきっと快晴だわ」
義母が優しく声をかけてくれた。亡き母を思い出す。きっと母も喜んでいると思った。
ドレスは侯爵家が用意してくれた。総レースにピンクダイヤの散りばめられた素晴らしいものだった。お任せするんじゃなかった。皆、ドレスから目を離せないだろう、花嫁ではなく。
(いや、本人を見て欲しいわけじゃないんだけど。もう、いいか。カイトは似合うって言ってくれたし。ゴージャス過ぎて目が痛いけど、とっても素敵だし)
結婚式は、王族もしばしば式を挙げている中央神殿でとりおこなわれた。
「空いてるから」という理由で。調査団のメンバーは特別に使わせて貰えるのだという。
カイトは「使い放題」と笑っていた。リタは笑えるほど神経が太くない。
荘厳すぎる神殿で庶民にほど近いリタが式を挙げるはめになった。
サヤが「こんな神の御許でお式あげたら離婚はできないわねぇ」とこっそり無神経なことを言うので、かえって落ち着けた。
披露宴はあのお見合いパーティでも使われた離宮だ。
もう目を剥きそうだったが耐えた。
職場の皆も一応、招待したのだが、ほとんどは「立派すぎて無理」と来てくれなかった。
さすが侯爵家、ご来賓も会場に負けない豪華さだ。祝辞もたくさん賜った。騎士団長様までもご挨拶してくださった。
「いつも鉄壁の無表情の男が花嫁のことになるとでれていた」
と楽しそうに暴露し、夫が唇を噛んでいたのがなんともいえない。
カクテルを少々いただき、ようやくくつろげたころだった。
ひとりのご令嬢が、気怠そうに会場に入ってきた。
とても繊細な雰囲気のご令嬢だった。白いドレスが目を引く。普通は花嫁に遠慮して総純白のドレスなど披露宴で着ないものだ。
ごく薄いミルクティみたいな色の髪。我が国では珍しい色だ。瞳も同じ色で、透き通るように白い肌も相まってガラス細工のようだ。唇も白っぽいピンクなのは自分の雰囲気に合わせて口紅を選んでいるからだろう。
(なんだか、色味の薄い人)
と、リタは呑気に思った。印象は強烈なのだが、薄い雰囲気という珍しい女性だ。
リタの隣でカイトが息を呑んだ。
「マリだ」
という声がとても強ばっていたので驚いて横を向くと、夫の眉間に尋常でない縦皺が寄っていた。
ふと見ると、侯爵夫妻も目を剥いている。夫人などは今にも卒倒しそうだ。
カイトの兄のアダン氏も顔が歪んで美男が台無しだ。
(いつも穏やかな侯爵家のみんなをこんな顔にするなんて。ある意味すごい)
リタがマリという女性のほうに視線を戻すと、思いのほか彼女が近づいてきていて、のけぞりそうになった。
「あなたがカイトの妻?」
不躾に尋ねられ、リタは「ええ」と答えた。
「ふうん。廃墟が好きなわりに普通の顔ね」
凄いことを言われた。
リタは「ふはは」と笑ってしまった。遺跡を廃墟と言われたのは初めてだが、事実かもしれない。遺跡と呼んで欲しかったが。
カイトが隣で「遺跡だ」と文句を言っているのも面白い。リタはカクテルで酔ってるみたいだ。
「未開の敵国にある廃墟でしょ」
「ドルスタ共和国だ。未開ではない」
「それで、私が婚約破棄するわよ、って言ってやったんだから謝りにくればいいのに、なんで結婚式なんかあげてんの」
「解消だ。婚約をめでたく解消したから、愛らしい妻と結婚した」
「そいつが?」
とマリがリタを指さす。
「ご病気?」
リタは思わずカイトに囁く。
「そうなんだ。生まれつきだと思う」
カイトは大真面目に答えた。
「廃墟好きな筋肉ごりごり男なんて、要らないわ。あんたにあげる。気色が悪い。若いころはけっこう良さげに見えたのに、どんどん悪化していって。ホント、なんなの? 魔獣?」
「ありがとう、いただくわ」
リタは答えた。
会場入り口から、また不穏なざわめきが聞こえてきた。人の走る音も。
「マリ、帰るんだ!」
怒鳴り声に目を向けると、見知った顔の男性がいる。あの研究室に突撃をしてきたタクという男性だった。確か彼女の兄だ。
「あら、兄様?」
「すぐに帰るんだ」
焦った様子で妹の腕を掴んで引き摺っていった。
なんともいえない微妙な雰囲気が披露宴会場に漂っていた。
「これで、彼女の結婚はこの国では無理だな」
カイトは晴れやかな顔で呟いていた。
のちに、マリが「嫌味の嵐」という二つ名をもっていると知った。
披露宴が終わるとリタとカイトは魔導車に乗り込んでロエル侯爵家の別荘に向かった。魔導車で二時間ほどの距離だった。湖畔の美しい別邸は小さな城のようだった。
リタは緊張していた。
避妊はしないことにした。生理の日から逆算すると妊娠しやすい日ではないし、ドルスタへ行くときの魔導車が超快適な最新式だからというのもあった。万が一、身籠もっても二週間で着いてしまうのだから大丈夫だろう。
体を念入りに洗って寝室で待つ。多くの新妻がそうするように。
(恋愛小説で見たあの場面をなんと私が演じるのね。主役で)
風呂上がりの夫がガウンを羽織って入ってくる。これも恋愛小説であった。普通、妻は夫の色気に見惚れるのだ。
リタも頬を染めて見惚れた。我が夫は美男だ。マリは筋肉ごりごり、と罵っていたが、褒め言葉だろう。見事な筋肉美だ。
「見詰める役は、夫がするべきだろう」
カイトが照れたように苦笑している。
「こんなに綺麗に筋肉ってつくものなのね。戦神の像は本当だったの」
隣に座ったカイトの胸筋に触れるとその指を握られた。
「くすぐったいな、愛してる」
カイトに薄手のガウンを剥がされる。透き通る薄紅色のシルクのガウンだ。
リタのか細い体が露わになる。多めの食事を心がけたのだが、大して太れなかった。子供のころの食生活が原因でいまだに食が細いのだ。
(でも、お胸は普通並くらいに育ってると思うわ)
その胸をカイトが柔らかく触れた。優しすぎるくらいに、そっと。まるでとても大事なもののように。ピンクの花弁のような頂を何度もカイトの指が撫でる。
リタの下腹が濡れたように熱くなっていく。
ふと見ると、カイトはリタの体で反応してくれていた。リタは心底安堵した。妻の体が貧相すぎて夫がその気になれなかったらどうしようかと案じていたが、全然大丈夫そうだった。
(大丈夫すぎるような)
我が夫はあれも戦神並だった。
カイトは壊れ物のように優しく抱いてくれたが、それは最初だけだった。リタが感じるようになるとカイトはたがが外れたように激しくなった。
カイトの猛攻は朝方まで続いた。
ふたりは五日間、かなりの長時間ベッドで過ごした。ずっと愛し合っていたわけじゃない。まどろみながらお喋りするのが楽しかったのだ。それも愛し合う時間といえばそうだけれど。湖畔の散歩は少ししかできなかった。
その少ししかできなかった散歩のとき、リタは仕上げたスカーフをカイトに渡した。
生糸で繊細に編まれたスカーフは、自分でも上手にできたと思う。
「御守りよ。ガルドの民の文様ではないけど、似ていると推測されている亡国の文字を使ったの。私なりの復元。身に付けてみて」
カイトは「リタが作ったのか」と本気で驚いていた。
「私、これでもプロよ。復元の職人だけど」
「機械織りじゃないのか」
「私、凄く器用なのよ。早いの。友人のサヤには『かぎ針が見えない』って評されるくらい。指を身体強化しちゃってるみたい。自分でも気付かないうちに」
「すごいな、すごすぎる」
カイトはスカーフよりもリタの身体強化技に驚愕していた。
(もっと、凝った編み柄に驚愕して欲しいなぁ)
とリタは少し思った。
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