第7話 文様と御守り


 リタは仕事を辞めて時間ができると、研究を始めた。

 働いていたころは仕事で魔力を使うため、休みまでは魔力を使うことはできなかった。魔力過多症の症状が出るからだ。

 遺物が駄目になる事件から、オルベの遺跡は編地に関しては終わりだったが、あのあともオルベ領の領主邸から提供された資料や、木札などに記された文様の研究はされており、「考古学便り」に詳細に掲載された。リタはすべて取っておいている。

 今月の「考古学便り」も届いていた。

(彼らの文字に関しては、もうこれで終了という感じよね)

 文様は文字であろうと思われた。けれど、解読するには残された文様が少なすぎた。

 そこで研究チームは他の試みを始めた。オルベ領からさらに北方に、滅びた王国があった。四百年ほど前に消えた小国、カーメル王国の文字が、オルベ領の少数民族の文字と似ているのではないかという推測が載っている。

(なるほど。図書館で調べてみよう)

「考古学便り」には、染料に魔力を込める方法についての考察もあった。染料液に二つの魔法を同時に込めるという。例えば、土魔法と水魔法、あるいは、水魔法と雷魔法など。古記録に記されていた方法だ。

 研究室では二人ひと組で実験を行っている。

(うーん、二人の魔力の相性もあるっていうし。一人で混合魔法を使ったほうがいいんじゃないかな。混合魔法を使える魔導士は少ないけど。研究所には魔導士が多いんだから、幾人かいるわよね)

 かくいうリタも使える。母方のマヨルタ子爵家は古い魔導士の家系だからか、リタは持っている魔法属性は多いし、技術力も高い。十代のころは魔力が少なかったため、工夫して魔法を使った。小さな魔法の練習を繰り返し、滑らかな発動を極めた。魔法は上手くやるほど、無駄な魔力を節約することができるものだ。

(やってみよう。ガルド族は「雷雨族」というくらいだから、水魔法と雷魔法の混合魔法を染料液にいれてみよう)

 あとは、文様だ。


 明くる日、リタは図書館でカーメル語を調べてみた。

 滅亡した国の言語は資料が少なかった。記録されている語彙もそう多くはない。

 それでも、ガルド族の文様よりはよほどたくさん残されている。司書に頼んで閉架書庫から持ってきてもらった本はとても古かった。貸し出し禁止の本だ。必要な箇所は書き写そうと思う。

 読み始めて、リタは衝撃の事実を知る。

(カーメル語の文字って、表意文字だったの)

 ホムロ王国の文字は、表音文字だ。

 文字には「表意文字」と「表音文字」がある。

 「表音文字」は文字に「音」が込められている。

 文字を見ると、その単語の「発音」がわかるのが「表音文字」だ。音を表しているので「表音」という。

 表音文字だと、文字ひとつでは意味をなさない。文字を並べて単語となって、初めて意味を持つ。

 それに対して、文字に「意味」が込められているのが「表意文字」だ。

(そうか。たった一文字に意味があるから、想いを込めやすいんじゃないかな)

 けれど、『たったひとつの文字でも意味を持っている』というそれは、表音文字に慣れて育ったリタには、どこか遠い感覚のような気がする。

(表意文字に慣れ親しんだ人たちとは、私は感覚が違うんだわ)

 調べてみると、世界では表音文字が圧倒的だった。

(表意文字に慣れ親しむことができたら。一文字で意味をもつ文字の感覚を持てたら・・。文字を想いを込めた呪術に使えるかも)

 たとえば、「よみがえる」という文字は、ホルム王国の文字だと五つの文字が要る。

 五つそろって、初めて、「よみがえる」という意味をもつ。

 けれど、カーメル語だと、まるで模様のような一文字が、「よみがえる」という意味だ。

 一文字の中に、樹木や魚などの生き物を象徴する形が描かれている。だから、一文字でも複雑だ。

(文様みたい。ガルド族の文様と同じだわ)

 リタは幾つかのカーメル語の文字を書き留めて、図書館を後にした。


 自室に帰ると、染料液を用意し、混合魔法を込める試みを始めた。

 こういう魔法は久しぶりだ。研究室で魔導具を使い、遺物を調べる作業は毎日やっていたが。魔導具に魔力を調整しながら注ぐのはプロ中のプロだ。仕事だから当たり前とはいえ。微妙な作業なので魔導具に頼り切りにはできず、使用者が加減する。リタは上手いほうだった。

 さんざん試みて、魔力過多症の気怠い症状が出そうになったので辞めた。

(けっこう上手く出来たわ。染料液に魔力が籠もってる。そうか、混合魔法を注ぐと、魔力が散逸しないで染料液に馴染むのね。さすが先人の知恵)

 とはいえ、かなり難しかった。出来る魔導士は少ないかもしれない。短時間では効果がなかったのだ。僅かずつの魔法をずっと注ぎ続けなければ、染料液に馴染まなかった。混合魔法を維持するのは、子供のころから微量の魔法を使いこなしていたリタでも神経を使った。そもそも無理な人は無理だろう。混合魔法自体、難しいのだ。

 リタは一休みすることにした。

 銀細工の手入れでもするかと、母のペンダントを手に取った。

 ペンダントを洗浄液で拭う。銀専用の洗浄液だ。昨日は指輪の手入れをしたのでピカピカだ。細工がとても美しい。

 ペンダントは、銀細工の細かい模様がはいった入れ物の中に、さらに小さな銀細工が入れ子のように入っている。

 この内側の銀細工の方が小さい魔導具だ。魔石を銀の細工で包むように作ってある。とても緻密な作りだ。御守りだろう。

 魔力をそっと、ほんの少しだけ込めると綺麗な青銀に瞬く。

(たぶん、防御の御守り)

 一瞬、瞬いた小さな魔方陣には見覚えがある。

 昔、ほんの一時期流行った、布地に魔方陣を刺繍して作る効果的な御守りがあったのだ。

 けれど、すぐに廃れた。

「反魔法」と名付けられた「妨害の魔法」が作られてしまったからだ。御守りの効果を妨害するものだ。

「反魔法」は、ごく簡単な魔導具で作れた。

 たとえば、防御の魔方陣のある一箇所が掠れたり壊されたりすると、防御力が消える。

 魔導具であれば、簡単に防げるものだ。魔方陣の急所となるところを、より強く刻み付けておけばいい。

 だが、布に刺繍されたような御守りだと、反魔法を当てられたらお終いだった。

 そんなわけで、廃れてしまった。

 リタも反魔法で壊された御守りを見たことがある。魔方陣のほんの一部が脱色したようになっていた。遺物の中にあったのだ。

(惨い話だけれどね。戦争中とかだとそうも言ってられないわ。だから、魔方陣を布に描いた御守りはもうないんだわ。まぁ、家紋や名前とかを、魔力を込めて刺繍したりはあるけど。身の安全を祈願しながら刺繍すると御守りになるから)

 けれど、刺繍などの御守りは、実際の魔力的な効果だけをみると魔力が散逸しやすいものだ。もう一工夫がいる。錬金術師のような能力を持った魔導士は別として。

(そういう魔導士は、ホントに元から別格なんだものね。それこそ、滅多にいないけれど)

 ふと、リタは、オルベの編地の文様を書き写した手帳に目が留まった。

(そうだわ。私たちは、だから文様を隠すようにしたんだろうって考えてた)

 だから、分厚い編地があったんだろう、と。

 文様を見られないように重ねたのだ。どんな効果を持っているものかを隠すためだ。

(でも、もしかしたら、「二文字」だったのかしら)

 カーメル語では一文字で意味をなす文字は多い。

 けれど、二文字で意味をなす単語なら、もっと多い。

(編地を二重にして、二文字を使っていたのかしら。例えば、「防御」とか)

「防」という文字と「御」という文字を重ねて、「防御」。

(あり得る。冬用なら分厚くなってもいいものね。まぁ、春と秋用には向かなそうだけど。もしかしたら、重ねて文様を編むのと、並べる場合とでは効果が違うのかしら。試して見ないとわからないわね)

 リタは、出来上がった染料液をじっと見詰めた。

(作ってみよう。最強の防御力を持ったマフラーとかスカーフを。それで、カイトに身に付けて貰うの。彼はこれから、すっごい危険な罠がわんさか仕掛けられた遺跡でお仕事するんだもの)

 リタとカイトはあと半月もしないうちに結婚式を挙げ、その三日後にはドルスタに向けて出立する。

 二週間の道中では、車の中で図面を広げて編み物とか刺繍をするのは難しそうだ。

 魔導車は最新のもので揺れはすごく少ないんだ、とカイトは言っていた。けれど、車内での作業は目が疲れそうだ。ただ編むだけならまだしも、図面に忠実にとなると違う。

(今のうちに作ってしまおう。それで、出立するときに贈るの)

 そう考えるとわくわくした。カイトにお礼をしたかったのだ。

(うんと凄い奴を作るわ)

 リタは今の秋の季節に丁度良い、細めの生糸を買いに行くために立ち上がった。


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