第4話 お見合い、その後2
カイトは騎士団本部で引き継ぎに追われながら、ときおり、ふっと手が止まる。
リタと出会ってから三日が過ぎていた。
あのパーティの日、見合いになど毛筋ほども興味がなかったカイトは、会場から抜け出すと中庭に下りたところで女性の声を聴いた。気怠げでどことなく艶やかで耳に快い声だった。
『はぁ、ヒールは疲れる。いつものくたびれた革靴がやっぱいいわ』
視線を向けると、可愛らしい巻き毛が見えた。
だから、わざと足音を高めて近づいた。
カイトは遺跡現場の管理責任者のひとりで、安全対策を担うことになっていた。遺跡には手の込んだ罠が大量に仕掛けられていることがドルスタの王宮資料からわかったからだ。
「衛兵」と名乗ったのは、自分が有名人であることを自覚していたからだが、社交をしないリタはカイトを知らなかった。
副団長であり、侯爵家令息である自分の地位はリタには効かなかった。だから、真正面から口説くことにした。一目惚れだったのだ。
(もう手紙は寮に届いているだろうな)
結婚の準備も、国を離れる前に必要なことだ。
ヒルダ男爵家のことは調べた。昼までに最初の報告を手にした。
リタの話に誤りはなかった。リタ・ヒルダは、学生のころ『骸骨のように痩せていた』『成績優秀』という情報がすんなりと引き出せた。奨学金を得られるほどに優秀な生徒だったため調べやすかった。教師たちは彼女を記憶していた。
ヒルダ男爵が、リタが十歳のころに後妻を娶ったのも話通りだ。嘘はないとわかっていたのでどう思うこともない。後妻の評判はすこぶる悪い。
(国を出る前に、片を付けてやる)
オルベ遺跡の遺物の件も、ついでに調べてみた。
まだ三日程度では情報は少ないが、不審な点はいくつか出てきた。
北部山間部のオルベ領の遺跡からはショールなどの編地が見つかっているが、年代の割に保存状態がよく貴重な遺物だった。複雑な文様が呪物を思わせ、研究結果が待たれていた。中間報告のような研究成果は、しばしば「考古学便り」という研究所の刊行物に載せられていた。ところが、遺跡発見から一年ほどして、編地に関わる報告が出なくなった。
なにか理由があるのなら、それを載せるべきだろう。だが、なんら説明もなく途絶えた。
(まぁ、そういうことだな。他の所員の証言が取れればはっきりする。だからと言って、主任とやらの罪を問えるとは思えないが)
リタの話では、研究所ぐるみで隠蔽されている。今更、蒸し返しても無駄な可能性が高い。
(リタに辛い想いをさせたやつをなんとかできないのは悔しいがな)
問題の主任の名は覚えた。彼の妻の実家もだ。
機会があれば、借りは返してやろう。
ふいにドアの向こうに人の気配がしたと思えばいきなりドアが開き、団長のガイと、新しい副団長のメルが姿を表した。メルは、カイトから仕事を引き継ぎ中だった。
会議が終わったのだろう。二人の後ろから武官が入ってきて、カイトは思わず不快が顔に出そうになった。
団長は後ろを気にしながらも自分の席につき、新副団長のメルは「ただいま戻りました」と述べながらカイトの隣の席についた。
「カイト元副団長、婚約されるそうですね」
武官のタク・クルカは威圧的に問う。そんな個人的なことを彼に問い質される覚えはないのだが、カイトは冷静に受け止めた。
「ああ」
「妹と婚約を解消した途端ですか」
「ドルスタへ行くのでな。それから、解消したのではなく、解消されたんだ」
「そもそも行く必要はなかったのに、ですね」
「国の要請に応じたのだが? 君に私の人生をあれこれ言われる筋合いはないな」
「ハ! 妹の婚約者ですから、一言くらい言っても許されるでしょう。義理の弟になるところだったのですからね」
「年齢は私が上だが? 立場もまだ上だな」
「ここで争うな。しかも、個人的なことで」
団長が不機嫌に口を挟んだ。
「すみません。ですが、彼と話す機会がないものですから」
「話す必要があるのか」
カイトはつい煽り文句を呟く。
「ありますよ。自分から進んで、閑職に追いやられるなど!」
「クルカ殿。カイトは、自分から進んで国の要請に応じた。それを閑職に追いやられるというのか。国の威信を賭けた一大事業を閑職と罵るとはずいぶんな武官だな」
団長が声を荒げ、タクはさすがに不味いと気付いた。
「それは、言葉の綾で」
「言葉の綾ではないな。国の事業を閑職とはっきりと言っただろう。君の上司に報告を入れる」
団長は冷淡な声で告げた。
タクは「そ、そんなつもりは全くなかったんです」と、もごもごと言い訳をしながら逃げていった。
「ありがとうございます」
ドアが閉まりしばらく後、カイトは団長に頭を下げた。
「かまわん。部下を守るのは上司の役割だ」
ガイはにやりと笑った。
「彼の妹君はちょっと有名ですよね。美人ですが、嫌味を言い出すと止まらないとか」
メルがそっと口を挟む。
「ああ、そうなんだよ」
カイトは苦笑した。
(有名なのか)
とひっそりと思った。
カイトはマリが好きになれなかった。
マリは大事に育てられた公爵令嬢だった。ガラス細工のように繊細な容姿で、いつも不機嫌で気怠そうにしていた。なにを話しかけても、ふわりふわりと聞き流される。彼女はお洒落と観劇がなによりも好きで、他のことはすべて些事で興味がないのだ。
そんな妖精のようなお姫様が、癇癪を起こすと手が付けられない。
(好きになる要素が一つもなかったな)
子供のころに親が勝手に婚約者を決めるなど愚の骨頂だろう。
どんな大人に成長するかわからないのだから。
(マリは、子供のころから同じ感じだったがな)
カイトの両親はのちにずいぶん後悔していた。マリとは会話ができないのだ。公爵令嬢だから気遣わなければならないし、婚約を取りやめるほどの理由がないために断れなかった。
「新しい婚約者殿とはお見合いパーティで知り合われたんですよね、どんな方ですか」
メルが興味津々の表情を隠そうともせず尋ねた。
「聡明な女性ですよ。だから会話が楽しい。落ち着いた雰囲気で、一緒にいてくつろげるし。可愛らしくて、ふわふわの巻き毛をしています。手触りが極上の猫で・・」
「もう髪に触れたんですか」
「さすが手が早いな」
ガイとメルに口々に言われ、カイトはさすがに焦った。
「た、たまたま、手が触れただけです」
「ハハハ。カイトが焦った顔など初めて見た」
ガイに笑われカイトは口をつぐんだが、その照れたような表情も初見だった。
「仲よさそうですねぇ」
メルがほのぼのと述べ、カイトはさらに居心地が悪くなった。
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