第3話 お見合い、その後1

 リタはパーティ会場から帰宅する魔導車の中で、彼とのひとときを思い返していた。

(なんだか、微熱があるみたい。何度も赤面したから)

 カイトが魔導車の乗り場までリタを送り、「ではまた」とリタの手に口づけを落としたのはつい先ほどのことだ。彼の声は甘く優しかった。別れたばかりなのに、もう会いたくなる。

(また、声が聴きたいわ)

 お見合いパーティには期待もあったが、不安のほうが大きかった。せめて気が合って、話の通じる人と知り合えたら幸運だと思っていた。

 それが、まさか、好きと思える人と巡り会えた。一生の運を使い果たしたような気がする。

 リタとカイトは、パーティがお開きになるまで噴水の縁に座り込んで話をしていた。

 途中、カイトが会場に戻って料理の載った皿を持ってきてくれた。食事をしながら、また話をした。

「調査団の衛兵が決まる前に、俺がどんな役職だったか、わかるか?」

 と、カイトはすっかり一人称が「俺」となり、敬語も消えていた。

「騎士?」

 リタが答えるとカイトは、なぜか苦笑した。

「うん、まぁ」

「役職って、まさか隊長とか?」

 リタは恐る恐るカイトを窺う。

「ハハ」

「笑われた・・じゃぁ、王宮の衛兵のほうで役付き? 衛兵本部の」

「うーん」

「なんか違うの? もしかして、軍部の補佐官とか?」

「なんでそっちに飛ぶかなぁ」

 カイトが遠い目をする。

「そうよね、体格が騎士様だもの。狩人・・とかじゃないわよね。役職って言ってたし」

「ハハハ」

「騎士様だったら、子供のころ憧れてたわ」

「今は?」

「忘れてたわ、騎士様の存在を」

「それは寂しいなぁ」

「子供の頃は、私、貧相な哀れなくらい痩せた子供だったから、騎士様を見かけても遠いところからそっと眺めて満足っていうか。あんまり近づくと厳つい制服や体格が怖いっていうか。ちょっと普通の人とは違う感覚だったから」

「可哀想に」

 カイトがリタのふわりとしたくせ毛を撫でる。

「慰めてくれてありがと。あの頃は子供だから柔軟性もあって、それなりに工夫できたわ。隣の老夫婦のお手伝いをしておやつもらったり」

「そうか」

「騎士様より衛兵のほうが身近な感じでいいわ。側にいてもびびらないでいられる」

「・・そう、か」

 カイトが、どうしてか、急に押し黙った。

「じゃぁ、私が研究所でどんな仕事してるか、当てられる?」

 リタはカイトの役職を知るのは諦めて問いかけた。カイトはおそらく、騎士団の役付きなのだろう。そんな人が元敵国に赴く遺跡調査団の衛兵だ。複雑な事情があるに決まってる。

「調査・・って感じじゃないなぁ。研究のほうかな」

「そうねぇ。研究ももちろん、するけど」

「なんだろ。ヒントは?」

「えーと、じゃぁ、半分は話すわ。復元担当なの。それで、どんなものを復元してるんでしょうか?」

「そりゃ、色々あるからな。魔導具とか」

「外れ」

「装飾品?」

「うーん、近づいたけど、ちょっと違うかな。そんなに難しい?」

「装飾品で、近い? なんだろう」

 カイトが考え込んでいる。

「答え、言う?」

「もっとヒント」

「今現在も、身近にあるもの」

「今も?」とカイトは自分を見下ろし、「服、か?」と自信なげに呟く。

「服もそうね、ショールとか。絨毯や壁掛けもあったわ」

「繊維製品か」

「ええ、そう。皮革製品もやるけど。私が手がける九割以上は繊維製品」

「ほぉ」

「毛織物や編地が多いわ。私、手先が器用らしくて。亡き母はレース編みが得意でね。私も子供のころから趣味で編んでたの。刺繍も得意よ、縫い物も。紳士物の上着も縫えるわ。領主様の上着も、愛妾のドレスも復元したことがあるの。正式に習ったことはないけど、必要だったから教本で学んでね。手本もたっぷりあったし・・ボロボロの遺物だったりするけど」

「凄いな」

「刺繍の上手な復元担当は多いから、私は編み物を押しつけられることが多いのよ。編むのは好きだからかまわないんだけど。そういう復元をすることになるとは、研究所に入ったときは思わなかったわ。北部のオルベ領にある遺跡からたくさんの編地が出たことがあったでしょう。そのときに編地の復元作業を手がけたの」

「あぁ、そういう報道があったな。二年前くらいか。編地に『呪術』が込められていたという」

 カイトは珍しい遺跡の報道を覚えていた。少数民族の遺跡だったのだ。

 研究所の正式な報告書には「ガルド山の少数民族」と記されている。研究員たちは「ガルド族」や「雷雨族」などと二つ名で呼んでいた。「雷雨族」の由来は、ガルド山の「ガルド」は彼らが山をそう呼んでいたからで、ガルドは彼らの言葉で「雷雨」という意味だからだ。

 彼らは独自の言葉と文字をもっていた。文様のような文字はほとんど残されていない。情報が少ないために解読は困難だった。

 ホムロ王国の文字が書かれた羊皮紙の手紙も遺跡に残されていたが、それは近隣の領主から送られたものだった。彼らは、領主の手紙は読めたらしい。

 オルベの領主邸にも記録が残されていたため、山間の遺跡は山に住む少数民族のものであることがわかった。

「そうよ。発見されたのは一年半前ね」

「あれは、復元できたのか。続報はなかったな」

「ないわ。主任に邪魔されたから」

「なんだって?」

 カイトの声が低くなった。

「内部情報よ。秘密ね。といっても、研究所内ではみんな知ってるから、別に極秘でもないわ。所員は家族くらいなら話してると思う」

「内部情報になってない気がするが」

 カイトが苦笑する。

「編地は十枚以上あったわ。でも、なにしろ、六百年は経っていた。保存のために薬草が使われて、長い年月にわたって手入れがされていたわ。次ぎの世代へと手渡されながら、朽ちてしまわないように。だから、残っていたのよ。それで、復元しようという話になった。まずは、編地の模様を写し取ったわ。念入りにね。それから、どんな風に編まれているかを調べた。とっても複雑だったのよ」

「写真は報道で見たが、確かにごちゃごちゃしてたな」

「でしょう? 表面から見ただけじゃわからない部分がたくさんあったわ。妙に分厚くて。今どきの普通に編まれている網目模様ではないのよ。何本もの太さの違う毛糸や生糸を使っているところもあったわ。それで、どこが『まじない』になっているのか、わからなかったの。おそらく、当時は魔力を込めて編まれたはず」

「魔力は散逸してるよな」

「そうなの。まずは解析して、それから試していくしかないでしょ? 実際に魔力を込めて編んでいって」

「そうだな」

「で、皆で作業を終えて、帰ったのよ。研究室には主任だけが残っていた」

「ああ」

 カイトは嫌な予感がしながらも平坦な顔で頷いた。

「明くる日、皆が出所したときには、編地がただの糸になっていた」

「・・なんでだ?」

「編地には、研究所に運ばれたときから保存の魔法がかけられていたのよ。崩れてしまったら、編地ではなくなるから。もう繊維が古くて、脆くて、今にも壊れそうな状態だったの。六百年前から今まで残っていただけで奇跡よね・・いえ、奇跡という言葉で済ませるのは駄目ね、先人が、薬草を選び、工夫をこらして、崩れないように保存し続けて、私たちに託された。だから、復元して呪術の知識を復活させなければならなかった」

「そうだな」

「でも、保存の魔法を外してしまった者がいたわけ」

「それが主任か」

「状況証拠ではね」

「彼は、なぜそんなことを?」

「編地のひとつは、若返りと病の克服を目的に作られたと考えられてたわ。まだ確認中だったから発表はしてなかったけど。オルベの領主様が提供してくださった古い記録とか。同時に見つかった羊皮紙の手紙や木の札に描かれた挿絵や図などからの推測なの。それで、主任は美男で、薄毛と持病を気にしていた。噂では性病の後遺症だとか」

「つまり、君のところの主任は、自分の禿げと性病を治すために遺物に手を出して台無しにしたと?」

「あくまで、状況証拠だけ。主任の立場だったら、証拠は綺麗さっぱり始末できるわ。代わりに外部の犯行を思わせるような状況がねつ造されてた」

「なぜ事件を公にしなかったんだ?」

 カイトは真実を見極めるように目を細めてリタを見た。リタが嘘をついているようには見えない。あるいは誤解や勘違いがないか、今は確かめる術はない。

 ただ、不自然にオルベ遺跡の編地に関する続報が断ち切られたのは事実だ。

「ホントね、どうしてかしら。私たちはずいぶん声を上げたつもりなんだけど。どうにもならなかったのよ。原因不明で片付けられてしまった。主任よりずっと上のほうからの指示もあったし。主任の奥様は良いところのお嬢様で、実家にはねじ伏せる力があるんだっていう噂もあったわ」

「国立研究所のくせにか」

「地味な遺物だったからそれで誤魔化されたのね。諦めるしかなかったのよ。被害が魔導具だったら違ったでしょうよ。専門家でなければボロボロの編地の価値はわかりにくいわ。研究所を運営する幹部が専門家とは限らないでしょ。お偉いさんにとってはただの毛糸の固まりだったのかしらね。私は、復元したかったわ」

 リタは思い返すと落ち込んで仕方がない。

「犯人を懲らしめてやりたいところだな」

「すでに神様が報復してくれたかも。性病は悪化しちゃったみたいよ。病欠が増えてるし」

「ただのサボりでは?」

「顔色も悪いわ。あまりサボると査定に響くでしょ。たぶん、本気で体調が悪いんだと思う」

「自業自得だ」

「そうよ」

「ドルスタ共和国の遺跡は、高地にあって気温が低いんだ」

「ふうん。知らなかったわ」

 リタは急に話題が変わったことを不審に思いながらも相槌を打った。

「すぐそばの村の特産は、ずっしりと編まれた編地をわざと水に浸して縮ませ、分厚く重い生地にして仕立てた外套だ」

「まぁ・・」

「遺跡にも編んだものがあるかもな」

 一瞬、リタの胸に遺跡の奥に眠るショールや外套の姿が過った。

 かつては色艶やかだった手の込んだショールや、幾つもの工程を経て作られた風を通さない温かな外套が見えた気がした。


◇◇◇


 明くる日。

 午前の仕事を終えた昼休み。リタはサヤに腕を掴まれて中庭に向かった。

 昼食は、サヤが二人分の弁当を持ってきてくれたという。

 気持ちの良い四阿のベンチに陣取り、テーブルに弁当を広げた。

「至れり尽くせりだわ。美味しそう」

「美味しいわよ、うちの料理人が作ったんだもの」

 当たり前のように「うちの料理人」と言うサヤは、間違いなくお嬢様だった。

「昨日はサヤのおかげで楽しい一時を過ごせたわ。本当に感謝」

「いいのよ、それで、首尾は?」

 サヤが身を乗り出す。わくわくしているのが丸わかりだ。

「お相手を見つけたの。結婚しようって言われたわ」

「うわ、たった二、三時間の逢瀬で?」

「こ、声が高い! 逢瀬って言い方!」

「誰? 誰なの、その手の早い男!」

 サヤは美味しそうなサンドイッチには見向きもせず会話にのめり込んでいる。

「だから、言い方! 調査団で衛兵として同行されるカイトさん」

「カイト? 家名は?」

「えっと、ロエルよ。カイト・ロエルって彼は名乗ったわ」

「ろ、ロエル? あの侯爵家の?」

 サヤが目を剥いた。

「え? 知らないわ。そこまで聞かなかったから」

「聞けよ! 初歩の初歩でしょーが」

「だから、言い方! 彼は最初に、衛兵のカイト・ロエルしか名乗らなかったの! それから話がちょっと盛り上がって、そんなのどうでもよくなって」

「よかないでしょ、結婚するって話になったんでしょ」

「まぁ、そう」

 リタはこくこくと頷く。

「はぁ・・大丈夫か、リタ」

 サヤはベンチの背もたれにぐったりと寄りかかり、額に手を当てた。

「大丈夫よ、なにも心配要らないわ。とても気が合ったんだもの」

「侯爵家だということも知らされなかったのに?」

 サヤは不審な視線をリタに送りつけてくる。

「それはね、会話の機微っていうか。成り行きで聞き損ねただけよ」

「そ、そういえば、カイトって、副団長の名前じゃないの! 侯爵家の次男! 美男子!」

 ベンチに凭れていたサヤが、いきなりがばりと身を起こす。

 サヤは忙しそうね、とリタは他人事のように思った。

「美男だったわ。副団長なの? 騎士団の役付きっぽいなとは思ったけど」

「ちゃんと聞いてるんじゃない! いや、ちゃんとではないか。なんなの? 聞いたの、聞かなかったの?」

「だから、会話の中で察したっていうか」

「詐欺じゃないでしょうね?」

「アハハ。私を詐欺してどうすんのよ」

「いや、以前のリタなら詐欺する価値はなかったけど。今の姿なら、引っかける価値ありよ」

「ひど」

「これは、確かめる必要があるわね」

 サヤが何やら考え込んでいる。

「婚約の準備が整ったら知らせてくれるって。寮に連絡入れてって、頼んでおいたわ。私としては、副団長で侯爵家のカイトさんでも、元狩人で衛兵のカイトさんでも、どっちでもいいわ」

「あんたは変なところで達観してるわね」

 サヤが横目でじろりとリタを見た。

「彼、遺跡のこと、やけに詳しかったのよ。だから、ドルスタの遺跡にいくメンバーで間違いないと思うの。国内の遺跡のことも知ってたわ。ヤグル領の遺跡が危険地帯にあるってことも知ってたのよ。サヤは知ってた?」

「もしかして主任のヤロウがなんか情報操作してたってやつ? ヤグル領の話なの? まだ確認できてなかったわ」

「うわ、またあいつ?」

 リタは思わず眉間に皺を寄せた。

「もう、なんでもありよ。でもさ、あいつ、たぶん、そうとう病が進んでるわ。半年前よね? あいつが犯罪行為をして、オルベ遺跡の遺物が駄目になったの」

「そうね」

「ほら、駄目になった遺物の中にはけっこう禍々しいのもあったでしょ。保存の魔法で封印した形になってたのに、アホが解除しちゃったから」

「うーん、その可能性もありかなぁ、とは思ってたんだけど。最後まで正体不明の遺物もあったものね」

「そうそう」

「罰が当たったのよ。そういえば、ドルスタの遺跡は高地にあって寒くて、編地の遺物があるかもって、カイトさんは言ってたわ」

「なるほど。あるかもね、問題は保存状態だけど」

「そうなのよ」

「カイトさんに紹介状書いて貰って、リタも調査に参加させてもらったら?」

「いいわね、そうしてもらえたら嬉しいわ」

 もしも無理でも、遺跡を外から眺めるくらいできるだろう。夫から発掘のこぼれ話も聞けるに違いない。そんな風に穏やかに過ごしながら子供ができたら言うことはない。

 リタは、研究所を辞めたら、こっそりオルベ遺跡の遺物の復元をやってみようと考えていた。

 研究は中断されてしまい、主任に「これ以上は必要ない」と途中まで手を付けた編地の復元まで取り上げられてしまった。これ以上、編地に人の目が向くのを防ぎたかったのかもしれない。

 リタは、どうしても気が済まなかった。

 あれから、木札やオルベ領主邸で見つかった資料の研究のほうは進んでいて、研究所発行の「考古学便り」にも掲載されている。

 これまでわかっただけの情報から、不完全でも復元をしてみたかった。

 他の研究機関と違って、考古学研究所は、研究成果はすべて公開という方針だ。ゆえに、研究員たちの守秘義務はとても緩い。グループで研究した結果を自分だけの成果のように発表することは出来ないとしても、逆に言えば、タブーはそれくらいだ。

 つまり、勝手にやっても契約違反ではない。そんな契約など、結ばれていないのだから。

「はぁ、行っちゃうのかぁ。私がお膳立てしたんだけど。寂しくなるわ」

 サヤがサンドイッチを手にため息をつく。

「サヤのおかげだわ。ドルスタからお土産いっぱい送るわ」

「気を遣わないで。でも異国のお土産は嬉しいわね。結婚式は三か月以内よね? 彼らが出発するのは四か月後って聞いてるわ」

「すんごい早業よね。普通は最短で半年でしょ。婚約期間をそれくらいはおくわよ。式の準備もあるし」

「仕方ないわ。調査団のメンバーが決まった途端、婚約者たちが逃げたんだから。国も、手続きとか諸々の便宜を図ってくれるはずよ」

「万が一、カイトさんが侯爵家で副団長のカイトさんなら、うちの実家の強突張りどもがお金をゆすりに行きそうだわ」

 リタはうんざりと愚痴りながらこめかみを指で押さえた。

「うーん、もしも侯爵家のカイトさんだったら、大丈夫と思うよ」

 サヤは胸の内で「復讐もしてくれるかもよ」と楽しみに思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る