第3話 小柄のツインテール



 如月 さな。彼女も、頭がいい……と。

 いいじゃないか、この魔王の恋人ともなれば、バカには務まらんからな。

 だが悪く思うなさな。いかに面倒な入試トップの挨拶があったとはいえ、俺は常に一番でないと気が済まんのだ。勉学も運動も何事も。


 魔王、だからな。


「ふふふふ……」


「おい、あいつ笑ってるぞ」


「やだ、先生呼ぶ?」


 おっと、思わず感情が昂ぶってしまった。


 そのさなだが、さっきから机に座ったまま、俯いて顔を上げようともしない。なんだか耳が赤いような気もするが、まさか風邪か?

 魔族は風邪など引かない。が、軟弱な人間の体は脆い。この俺でさえ、この体で何度風邪に犯されたことか。


 まったく、仕方ないな。未来の恋人の体調を気遣うのも、魔王たる俺の務めか。


「あ、立ち上がったわよ」


「如月さんの席に向かってない?」


 俺は席を立ち、さなの席へと向かう。

 先ほどは告白を断られてしまったからな……ここで、気遣いの出来る男アピールだ。


「さな、どうした。具合でも悪いのか?」


「名前呼び!?」


 背後から声が聞こえた。振り向くと、先ほどからこそこそやっている女子が、しまったと言わんばかりに口を押さえていた。

 まったく無粋な。少しは静かにできんのか。


「どうしたさな、聞こえているか?」


 返答は、ない。


「……あいつ、公開告白して振られたんだよな」


「正確には、如月さんが逃げたって話だけど」


「そんなの私だって逃げるわよ」


「つまりあいつは、公開告白して逃げられた相手に、傷も癒えないうちに下の名前で呼びかけてんのか? メンタルどうなってんだよ」


 やれやれ、外野がうるさいが……ま、どうでもいいか。

 俺が用があるのは、さなだけなのだから。


 それから何度か名前を呼びかけるが、本人は小刻みに震えながらうつむくばかり。

 やはり風邪か?


 今日はすでに終わった始業式と、その後のホームルームのみだ。具合が悪いなら、早く帰るに越したことはない。


 なんなら、俺が送ってやろうか。

 そう、声をかけようとしたとき……


「ちょっと待ったぁ!」


 ダンッ、と、机を叩く音が聞こえた。それは、さなの机の隣から……座っていた女子生徒が「ひっ」と声を漏らした。

 机を叩いた人物は「あ、ごめん」と平謝り。


 俺は、視線を……下へと滑らせる。俺の目線に、そいつはいなかったからだ。

 視線を落とした先……そこには、一人の小柄な女が立っていた。


「なんの用だ、チビ」


「ちっ……!」


 女は、固まった。なんだ、なにか用事があるから話しかけてきたのではないのか。黙ってるんじゃない。

 徐々に、女は顔を赤くしていく。トマトのようだ。


 その後、何度か深呼吸を繰り返し……


「ふぅ……し、初対面でチビ呼ばわりか。ふぅん、なかなかおもしろいね、キミ。そのおもしろさに免じて、許してあげるよ」


 かなり無理をした様子で、そう言った。

 そしてなんか知らんが、許された。


 それにしても……小柄ではあるが、度胸はあるらしいな。

 他の連中が遠巻きに見てくるだけだった中、ただ一人、俺に物申した。

 女であるからと軽く見るわけではないが……なかなか、見どころがある。


 強気に見えるツリ目がちの目、小柄だかどこか迫力を感じさせる雰囲気。

 茶髪を、左右で結って……あれ、なんて言うんだっけか……


「なんだ、その……尻尾みたいな……」


「ツインテール! キミやっぱり失礼だな!」


 そうツインテールだ。短めのツインテール。そうだそうだ。

 小柄のツインテールは、腰に手を当て俺を見上げている。


「あ、あいちゃん……」


「安心してさなちゃん。ボクがビシッと言ってやるから」


 ふむ、体格の違う異性にも物怖じしない度胸。やはりなかなかの好評価に値するぞ。


 というか、ここに来て初めてさなの声を聞いたな……一言だけではあるが。

 うん、鈴の音のように凛として、それでいて透き通るような、実に耳当たりのいい声だ。


「あの、聞いてる?」


「もちろん聞いているぞ。

 ……で、なんの用だ小柄のツインテール」


「っ……言い返してたら一生話が進まない気がするから、ひとまずそこは置いて……はおけないけど、とりあえず話を進めようか」


「うむ」


 言葉にならないかのように、手をぶんぶんさせている。どうした急に。

 その後、これまたなにかわからないが、謎の葛藤を終えたらしい。

 小柄のツインテールは、改めて俺に向き直る。


 長いな、小柄のツインテールって。


「コホン。ただその前に、まず、ボクには静海しずみ あいって名前があるんだから、チビとかツインテールとか、体の特徴で呼ばないでほしいかな」


「そうか……それはすまなかったな」


 やっぱり、ひとまず置いてはおけなかったようだ。


 ただ……指摘されて、ハッとする。確かに俺も、昔デカ男とか言われた時には、それを言った女を消しずっみにしてやろうと思った。

 やられて嫌なことはやらない。人間世界の常識だ。


「お、おう。なんか素直に謝られると気味悪いな」


「俺だって、悪いと思えば謝るさ」


 そう、悪いと思えば謝る。

 人間世界の常識以前に、俺は素直な性格なのだ。

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