第34話 暗闇の目覚め
目が覚めると、真っ暗闇だった。何も聞こえない――否、腕の中の鼓動が、オレの他にもう一つ聞こえる。
「おい、ムーテ――」
大丈夫かと、問おうとして、目の前の少女は傷を隠すだろうと思い、やめる。
暗闇にも目が慣れてきたため、ムーテの意識がないことを確認して、その隙に、痛めやすそうなところを軽く確認していく。
とはいえ、本で読んだ知識の真似事だが。
「いっ……」
強くやりすぎただろうか。左の足首を捻ったようだ。その痛みで目を覚ましたムーテは、キョロキョロと辺りを見渡し――暗闇の中で、オレと目が合う。
「どうした?」
意識の外から、パンッ、と眼前で手が鳴る。
思わず、目を瞑る。
「やっぱり、見えてるでしょ」
目を開けていたから、反射的に閉じてしまった。いきなり崖が崩れて、ムーテが心配ですっかり、忘れていた。
「正直、見えてる」
「あっさり認めちゃうのかい」
「今はそれどころじゃないだろ」
暗闇に手を伸ばしてみるが、何も触れられない。結構、広いようだ。
ムーテを片手で抱えて立ち上がり、とりあえず、前に手を出して、一方向に歩いてみる。
「……このお姫様抱っこは、なあに?」
また心臓がバクバク鳴っている。怒って血圧が上がっているのだろう。女の子、難しい。
「こうされてたら分からないかもしれないが、足を痛めてる。無理に動くな」
「そんなことな……」
試しにぐるっと足首を回そうとして、わずかに、動きが止まる。
「ほら、言っただろ」
「痛くない。降ろして」
思った通りの反応だ。と、そこで壁に手が当たる。壁の材質は、土のようだ。そこから、ムーテを無理やり抱えて、壁伝いにぐるりと歩く。こんこんと、軽く壁を叩きながら、一周する。
「そんなに広くもないし、こうも、光がどこにもないと、生き埋めになった可能性もあるな。うまい具合に隙間ができただけかもしれない」
「そっかそっか。降ろして?」
一通り見て回ったので、ムーテを両手で抱え直す。まあ、立っている必要はないのだが、地面はしっとりとほのかに濡れていて、このまま降ろすと、服が汚れてしまう。
「ここが一番、壁が薄そうだな」
「話聞いてよー」
ムーテを抱えたまま蹴りを入れる。ぱらっと、土壁が剥がれ落ちた。続けざまに、数発入れれば、光が透けて見える。
「やっぱりここだな」
なんとか、壁を崩すことに成功し、外に出る。オレは目を瞑り、ムーテがむーむー言って、不満そうにしていた。
――瞬間、ドサッと大きな音がした。ムーテの反応を見るに、やはり、運が良かっただけのようだ。
「……本当に生き埋めになるところだったな」
「こわ」
しかし、誰が崖を切り崩したのか。生憎と、オレには、命を狙われるようなことをした覚えはない。
「心当たりは?とうもろこしだけか?」
「とうもろこしだけだよ。私、善良なヘントセレナ共和国民だから」
普通に考えて、命を狙われるような心当たりなんてあるはずがない。しかし、とうもろこしの音――脈動、呼吸、足音などは覚えているが、この近くでは聞いていない。オレたちを追ってきたことはないと思われる。
それに、スクラバダケを採った痕跡があったことから、この山を通ったものの犯行だと考えるのが妥当だ。そのときは、追手がいるかどうかなど、意識もしていなかった。が。
「すまん。多分、ルジ関係だ」
「ルジは、悪い人なの?」
「色々と、因縁があるみたいでな」
ルジは必ず、追手に気づく。それは、この七年半が証明だ。オレが幽霊だと思ったあれは、人だったのだろう。
「何が、そういうこともあるだろうね、だ。初めから知ってたんだろ」
悪態をつきながらしばらく歩いて――腕の中の存在を思い出す。
「大丈夫だ。この辺りに気配はない。狙いはやっぱり、オレたちじゃないみたいだ」
「そう――。気配って、どうやって分かるの?」
「違和感、だな。なんとなく、普通と違う感じがする」
オレは気配というよりも、音を感じ取っているだけだ。ブリェミャーの杖からは、振り子の音がするように。
「あでっ」
何かに躓いて転ぶ。咄嗟にムーテを庇い、背中から地面に叩きつけられた。見えないくせに、山中を歩くからだ。
「……大丈夫?」
「さすがに目を瞑って歩くのは無理があるな」
「できる風だったのに」
「風ってつく時点で本物じゃないだろ」
ムーテを歩かせるわけにもいかないし、かといって、ここで目を開けて色を確認されたら――目覚めたのが暗闇でよかった。
「あっれぇー?まだ生きてたんだぁ?」
女の声は、完全に意識の外から、降ってきた。空から降る初めの一滴に気づかず当たってしまうように。
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