第31話 人間は強い
動けば、なんとなくなどではないと、悟られてしまう。そこに、本物の殺意がなくても、少女に魔法が使えなくても、武器を差し向けられるのは怖い。そんなの、誰だってそうだろ。
「どうした。急に立ち止まって」
肩を借りているため、そう尋ねることにする。恐怖と涙を見せるのは、できる限り、ルジの前だけと決めている。レイノンが覗いているときもあるようだが。
「とーりすは、お義兄さんと双子なんだよね?」
「そうだ」
だからこそ、門番の警備もくぐり抜けられた。髪の色は心理的負担により白髪になったとでも解釈してくれたのだろう。フードを被っていたところで、髪色くらいは見えるはずだ。
「目の色も同じなの?」
「違う」
想定していた質問の一つだ。淡々と答えればいい。幸い、常にレイノンに悟られないようにしてきたから、表には出ない。
「じゃあ、何色?」
「青だった。魔族に目をくりぬかれてからは、何も入ってないけどな」
ルジが青だから。これも想定していたものの一つ。理由は、門番に使ったのと同じ嘘を使う。
「それは嘘」
ムーテが立ち止まる。どんなに見つめられたって、目を開けない限り、大丈夫だ。大丈夫。まぶた越しに色なんて見えるわけがない。
「赤だよね」
ハッタリだ。あるいは、オレの態度が怪しかったことからそう結論付けたか。ともあれ、この少女の前で目を開けていない以上、確信なんてあるはずがない。
「どうしてそう思う」
「なんとなく」
また、歩みを再開する。レイノンの音はどこにも聞こえない。
「とーりすは、人間をどう思う?」
それは、想定にない質問だ。とはいえ、どう、という抽象的な質問にある程度時間がかかったところで、不自然ではない。
「そうだな。人間は、強いと思う」
レイノンを思い浮かべて言う。
「強い?魔族の方が強いって、よく聞くけど」
「魔族は能力が高いから、見捨てることができる。最悪、里を滅ぼされても、築き直せばいい。住む場所だって、ほとんどの環境に適用できる。諦めて、次を探せばいいんだ。――だが、人間はそうはいかない。だから、諦めない。そういう意味で、人間は強い。間違いなく、魔族よりも」
能力差で言えば、魔族が上なのは明らかだ。けれど、オレはレイノンとの喧嘩で、負けた回数の方が多い。
それは、今のように接し方を考えるより前、遠慮なんてものも、種族の違いも知らなかった頃の話だ。
「国境に着いたか」
「へー。見えてなくても分かるんだ、すごいね」
音の気配が異質だから、分かりやすい。遠くに聞こえる賑やかと、近くのピリついた静寂。
「一つ聞きたいんだが、いいか?」
「うん、何?」
「ムーテは、どうしてそんなに強いんだ」
「え?どういう意味?」
「家に居場所がないんだろ。それでも、食べたいものがある、したいことがある、夢を描ける。恐怖を怒りで隠して、堂々とあれる。――特に、フルートに至っては、才能だけじゃたどり着けない努力の跡が、音から伝わってくる。これは、他のことに気を取られていて、なし得るようなものじゃない。それを強さと、オレは認識している」
ムーテは、呼吸を止めていた。その再開と同時に、どっと、心臓が強く鳴り始める。怒らせてしまったのだろうか。
「家に居場所がない、か。そう考えたことはなかったな」
もう少し国境に近づけば、警備が現れるだろうが、今は、誰も周りにいない。
「誰か頼れる大人がいるのか。それとも、安らげる場所があるのか」
「うーん。難しくて、よく分からないかなー」
「聞き方を変える。――これまでに、母親からの暴力について、誰かに相談したことは?」
「……」
「ないのか」
「どうして、全部気づいちゃうのかな」
ひんやりと、冷たい音がする。触れてはいけないところに、触れてしまったらしい。
「悪いな」
「怒ってないよ。ただ、すごいなあって」
その声は、オレを褒めてはいなかった。
「でも。なんでもかんでも、問い詰めるのはよくないと思う。あなたは違っても、私には隠したいことだってあるんだから」
「気づいてるんだから、その時点で、隠されてることにはならないだろ」
「なるよ。隠してる側が何も知らなければ、それでいいんだから」
「気づいてて言わないのは、オレは、違うと思う」
「じゃあ、とーりすには隠したいこと、ないの?」
――赤い目の魔族。
オレが、ムーテに問い詰められて困っていたから、ムーテはそれ以上、追及してこなかったのか。
「オレも、まだまだだな。悪かった。気を使ってもらったのに」
「分かればいいんだよ」
ムーテが、あまりにも得意げな顔をしていたので、なんだか、笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんでも。――しかし、この分だと、レイノンはもしかしたら、国境を越えたかもしれないな」
「へー。外は危ないから出ちゃだめって、お母さんがよく言ってるけど」
「……だよな」
オレたちが無傷でいられるのは、あくまで、ルジがいてくれるおかげだ。モンスターがいれば倒してくれるし、いなさそうな道を選んでくれる。
「――行くの?」
「ああ。念のため、な」
「死んじゃうかもよ。酷い傷を負ってる人も、よく見るし」
「人間の話だろ」
頑丈さがそもそもからして違う。人間の骨が折れるからと言って、オレの骨はそう簡単には折れない。人間が死ぬような攻撃を受ければその限りではないが。
「ムーテはここで待っててくれ」
「でも私、おにーさんからとーりすのこと、任されてるし」
「なんとかなるだろ」
その手を離れ、人気の少ない方に歩いていこうとして――ぎゅっと、袖口を掴まれる。
「やめておけ。出たって知られたら、また打たれるんだろ」
「大丈夫。私、嘘得意だから」
「オレに散々、見破られてるのにか?」
「とーりすが特別なだけだよ。お母さんにはバレたことないもん。――ね、一緒に行かせて」
ムーテも、この街の外に出たかったのかもしれない。その決意は固く、揺らぎすらしそうにはなかった。
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