第24話 僕はずっと、怖かった
じんわりと開いていく葉っぱの向こうから、美味しそうな匂いがふわっと立ち込め、肉汁でツヤツヤとしたお肉が姿を現す。
葉っぱで包まれている時はあまり感じなかったが、想像以上に、大きい。
「一枚でよかったかも」
と、ムーテの黄色の目から、光が消えかけている。
「少なくともオレは、半分食べきれるかどうかも怪しいな」
トーリが自信満々に自信なくてかわいい……。
「ねね、ムーテって、実は大食いだったり――」
「しないよ?」
「しないよねえ」
一応聞いてみたが、そうでもないらしい。屋台のあんちゃんは、心配そうに見ている。
「じゃあ、僕、一つもらうね。そっちは二人で分けてもらえるかな?」
「……お義兄さん、それ、全部食べきれるの?」
「余裕余裕。ま、普段はこんなに食べないけど。いただきまーす」
匙で切れるのだろうかと思いつつ、肉の表面にそっと立てれば――するりと、飲み込まれていく。
「おおおお!めちゃくちゃとろとろだ!」
匙いっぱいにすくって、はむっと、口に入れる。噛みごたえがまったくなく、肉汁だけを残して、舌の上でとろけてしまう。もっもっもっもっ――。
「ふぇー、こえがどあふいはー」
トーリは目を瞑ったままだが、大体の位置を教えてやれば、なんとなくこの辺、とアタリをつけて匙を差し入れる。
「へー、これがドラプリか。噛みごたえがないのは残念だが、肉の味がする別物として考えると、かなり美味しい部類に入るな」
「……お義兄さん、すごいパクパク食べるね」
はむ、はむっ。んまんま。溢れ出すジューシーな肉汁。とろける舌触り。程よい塩気。葉っぱで包むだけで葉脈の焦げ目がついてしまうほどに繊細な表面からは、香ばしい香りがする。
「いい食べっぷりだろ?」
「うん。見てて気持ちがいいね」
ふー、満足満足。
「ごちそうさまー」
「すご……」
二人の肉は、双方ともに半分も進んでいなさそうだ。手も止まっている。
「オレはもういい」
「私も、ちょっと限界かも」
「じゃあ、僕食べちゃうけど……遠慮とかしてない?」
「してるわけないだろ」
「お義兄さん、まだ食べれるんだ……。まあ、元気なのはいいことだよね」
残りもぺろりと平らげ、気づけば、人だかりに囲まれていた。割れんばかりの拍手は、ムーテのフルートのときと同等かもしれない。
「みんな、人が食べるところが、そんなに好きなのかな。普通、自分で食べたいって思わない?」
「レイの食べ方は見てると気持ちがいいからな。それに、屋台の方を見てみろ」
なんだろうと思って振り返ると、大行列ができていた。ミーザス広場を取り囲むようにして並んでおり、辿っていけば、ドラゴン焼きへと続いている。
「わーお。僕ってすごーいねー」
「間違いない」
食べ終わった葉を、表面にのった肉汁が流れていかないよう、くるくると丸めて、あんちゃんにごちそうさまを言いがてら、葉っぱと匙を渡す。
「ごちそうさま、あんちゃん。美味しかったよ」
「おうよ、ありがとな!おかげで盛況だ。しっかし、その細い体に、よく入るなあ……」
「でしょ、えっへん」
しかし、手持ちのお金的にも、二人の腹具合的にも、限界だろう。他の屋台はまた別の機会にするしかない。
また、トーリと手を繋いで、歩いていく。
「とーりす、奢ってくれてありがと。ごちそうさま。……でも、本当によかったの?」
「ああ」
あまりの金額に、さすがのムーテも気が引けているようだ。
トーリの思考を予測するに、こんなに近くにある屋台を食べたことがないということは、今後も食べられる可能性が低い、と考えてのことだろうが。
トーリは見ずに済んだものの、あんな家に住んでいるのだ。自由なんて、そうそうないのかもしれない。
「それで、さっきの話だけど」
――トーリは、よくも悪くも真面目だし、記憶力がいい。だから、誤魔化すことを嫌うし、できる限り、誠意を持って対応しようとする。
「さっきのって?」
「オレたちが今、喧嘩してるのかって話だ」
「あー」
トーリの答えを、聞きたくない。
「オレたちは――」
「ねえねえ、ムーテ。他にも紹介してよ。あんまり、お金はないけど。お店も見るだけならお金かからないし」
「うん?いいよ。他にも行きたいとこあったし。まだ一つしか紹介してないからね」
「レイノン、話をそらすな」
その指摘をなかったことにして、話を続ける。
「ちなみに、行きたいところって、どこ?」
「え?んーと、虹すくいとか」
「虹がすくえるの?何それ、めちゃくちゃ気になる。すくって飾ったりするの?」
「おい、レイノン――」
トーリが諦めないのなんて知っているから、沈黙を作らないように。
「そうだけど……お義兄さん。とーりすの話、聞いてあげたほうがいいんじゃ――」
「虹を部屋に飾れるなんていいよねえ。トーリスも好き――」
「レイノン!」
しまった。トーリは今、目が見えないことになっているんだった。
監視の目は絶えず、僕らにつき纏っているはずだ。もし、本当は見えるのだと、魔族だとバレたら――。
「ご、ごめん。無神経なこと言って。昔の、話だった」
そう取り繕うしかない。視線を上げられない。トーリが怖い。
「……何をそんなに怯えている」
「別に。怯えてない」
「そんなにオレが怖いのか」
図星だ。僕はずっと、トーリが怖かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます