第23話 ドラゴン焼き

 トーリは魔族だから食べる量も三倍――と言いたいところだが、そう単純な話ではないらしく。エネルギーこうりつ?が三倍ノクセニきそたいしゃ?が三倍だとかで、とにかく、人間と同じくらいの量しか食べない。


 油の入った容器がふわっと浮いて、鉄板を濡らしていき、薄く、均等にいきわたる。


 空間収納から、屋台のあんちゃんがどでかい、真っ赤な肉を取り出す。間近で見ると、顔三つ分くらいの大きさだ。明らかに「枚」じゃない。


 それを豪快に鉄板の上に乗せ、もうひとかたまりも、別の鉄板の上に。少しすると、じゅぅ……とお肉が小さな悲鳴を上げ始める。


「おお……」


 いい匂いがしてきた。鉄板の下は透けており、魔法の火が一箇所に留まることなく、踊っているのが見える。


 あっという間に、断面まで白くなってくる。魔法でお肉の裏側を見たり、動かしたり。


「おらよっと」


 ひっくり返して、また、じゅぅ……と焼いていく。


「おー!」


 焼き加減を見て鉄板から宙に浮かせ、大きな葉っぱで包み込むと、目の前におろしてくれる。


「いや、でかいな」


 目の前に来ると改めてその異常さが分かる。


「食べごろになったら葉っぱの方から開いてくれるから、それまで絶対に触らねえようにな。そこの机でいいか?」


 葉っぱに乗ったお肉が、大きい机にどどんと二つ、置かれる。


「うおおー!!」


 めちゃくちゃいい匂い。ナンダコレェ……!


「はい、匙ね。使い終わったら葉っぱと一緒に返してくれ」


 と、あんちゃんに木の匙を渡される。旅をする中でも、匙の木というやつはよくあって、いろんな形の匙が丸い方を下にしてぶら下がっている。そんなに数が生えるものでもないため、洗って大切に使う。木は比較的生えているが、銀とか、鉄とかは少なめだ。


「でもこれ、匙だけでどうやって食べるんだ?」


 トーリの言う通り、問題はそこ。ルジは、食べやすい大きさに切ったものを串に刺して焼いてくれるからいいが、これにかぶりつけ、と言われても、ちょっと無理がある。熱そうだし。


「食べてみれば分かるよ。開くまで待とう?」


 ムーテの言葉通り、待つことに。


「なんで触っちゃだめなんだろうね?」


「ああ、葉っぱが魔法植物だからだな。魔法が使えないっていうのは、魔法が効かないってことほぼ同義だ。つまり、オレたちが触れば、葉が開いてしまい、食べごろが分からなくなる」


 さすがトーリ。詳しい。


「え、お義兄さん、知らなかったんだ」


「トーリス、詳しいね。ところで、ドラゴンプリラダって、何?」


 ムーテをさらっと無視すると、


「え、知らないの!?」


「レイノン、ドラプリを知らないのか!?」


 先ほど以上の反応が返ってきた。それも、トーリも合わせてだ。


「え、そんなにやばい?」


 うんうんと、二人が激しく首を縦に振る。そんなことを言われても、原因は教えなかったルジにあると思うの。


「どんなやつ?」


「どんなってそりゃあ、おっきくてかわいくて――」


「もふもふでつよいよね」


「爪が鋭くて――」


「あと、地面から生えてるかな」


 地面から生えてる、でそれまでの想像すべてが吹き飛んだ。全然分からん。ドラプリ、一体何者なんだ。僕はこれから何を食べようとしているんだ。


「ねえ、二人は双子なんでしょ?どうしてそこまで知識に偏りがあるの?」


 ムーテが単純な疑問を口にする。トーリが勉強熱心で、僕がサボってきたというだけの違いだが。


「単に、オレが読書好きで、レイノンは冒険好きってだけだ。いつも一緒にいるわけじゃない」


 別に、僕は冒険が好きなわけじゃないよ、という言葉は、のみ込んだ。


「へえ。双子って、案外一緒にいないんだ」


「まあでも、昔はずっと一緒だったよね」


「昔ってほど前じゃないだろ」


 トーリにとっては、そうだろう。僕にとっては、ずっと一緒にいて仲が良かったのなんて、一年も前の話だ。


「昔は、ってことは、今は喧嘩してるの?」


 そうは見えない、という響きを持った問いかけだった。


 僕はトーリの顔をちらと見やるが、フードに隠れて、その表情を窺い知ることはできない。


 そりゃあ、どれだけ避けようと、どうしても一緒に過ごすことは多くなるから。ずっと話さずにいることはできない。喧嘩をしたわけではないから、話さない明確な理由もない。


 沈黙が続くほど、誰も、何も言えなくなる。


「……あ、お肉ができたみたい。食べよ食べよ」


 この場は、誤魔化すことにした。ご飯のときに暗い話をしてはいけないとルジに言われているから、トーリも何も言わない。

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