第22話 目がキラキラ

 気まずい沈黙を打ち破るのは、この場では、僕しかいない。


「ムーテは、僕たちに合う楽器って何だと思う?実はルジから、楽器をやってみてもいいかも、なんて言われててさ」


「うーん。少なくとも、フルートには向いてないかな。二人ともね」


 わりと、普通に答えてくれた。


「へえ、見ただけで分かるんだ?」


「うん。顔が向いてないから」


 フルートに向いてない顔って、何。


「ムーテは、なんでフルートを?」


「家にたまたま置いてあって、たまたま吹いてみたら、吹けちゃったから」


 そんなに簡単に吹けるようなものなのだろうか。なんか大事そうだし、貸してとも言いづらい。


 それにしても、嫌味にすら聞こえるほど、なんでもないことのように、ムーテは言う。


「すごいね」


「ありがとう」


 やっと少し、わざとらしい笑顔を取り戻した。


「フルートの練習って、一人でやってるの?俗に言う、どくがく、ってやつ?」


「そうだよ。他に吹ける人いないから」


「へー!すっごいねー!」


 なんだろう。教わることなくしてあれだけ吹けてしまうのは、本当にすごいことのはずなのに、素直に褒めようと思えない。


「――あのお姉さん、左手の人差し指の付け根に、タコができてた。人間の指なんて脆いから、すぐにできるものかもしれないが、すごく、練習してるんだろうな。まだ若いのに」


 考え事をしていたトーリが、ふっと言う。さすが、よく見ている。僕は全然、気がつかなかった。ちなみに、僕から見ればお姉さんでも、トーリの――魔族の感覚だと、そう変わらない年齢に見えるのだとか。


「持ち方が下手だとああなるの。右手が上がりすぎてる」


「ふーん。知ってるってことは、なったことがあるのか」


「なってる人を見たことがあるだけだよ?」


「でも、他に吹ける人、いないんだろ」


 トーリには、問い詰める意図なんてない。単純に、思ったことを口にしているだけだ。


 けれど、本人が誤魔化そうとしているのを汲んでやらないのは、少し、残酷だ。努力の跡を隠したいだけなのだから。


「僕、お腹空いたぁ。なんか食べよー」


「レイノンはいつも腹ペコだな……。ムーテはどれが一番好きなんだ?」


「僕には聞かないの?」


「お前は毒リンゴでも喜んで食べるだろ」


 その通りです。はい。


 露店は見きれないほど立ち並んでおり、食べ物だけでも相当な数だ。全部食べるわけにもいかないとなれば、美味しいものを食べたい。


「ドラゴン焼き!」


 黄色の目をキラキラ輝かせて、ムーテはビシッと、屋台を見もせず、指さした。その先で、屋台のあんちゃんの顔くらい分厚い肉が、焼かれていた。


「あれ、火通るのか?」


「ドラゴン――正確には、ドラゴンプリラダのお肉は、火の通りがよくて、柔らかくて、下の腕とろけちゃうんだって!」


「へー。食べたことないのか」


「食べてみたい!」


 食いつくムーテに、トーリが驚き、ぴくっとする。


 なんとなく、嫌な予感はしたが、トーリがそうしたいと言うなら、別に止めはしない。僕とトーリで将来、半分ずつ負担することになるとしても、それで構わない。まあ、僕も食べてみたいし。


「ドラゴン焼き、三つください」


「坊主、大丈夫か?一つ、二〇〇〇〇ルーザハだぞ」


 カチンと、トーリが固まる。あの紙芝居が一〇〇ルーザハだと考えると、かなり高いのは僕でも分かる。


「それに、食べ切れるか?大人でも、食べきれない人、結構いるぞ」


「……二つで」


 と言って、財布から手探りで紙幣を探し出し、四枚数え、僕にも確認してから差し出す。どうやら、紙幣の大きさが違うらしい。


 さすがに、ルジに怒られるんじゃないだろうか。まあ、そうなったら、なんとかとりなしてあげよう。


「坊主も男だな。――あいよ、ドラゴン焼き二つ!」

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