第21話 紙芝居とフルート

 紙芝居が始まると、辺りを闇の壁が満たしていき、壁の向こう側が見えなくなる。トーリには見えないだろうから、説明することに。


「球状の暗闇?に囲まれて、なんかいい感じになってる」


「ああ、結界か。なるほど、こういう使い方もあるんだな……」


 魔法が使える者にとってどのような効果をもたらすかは分からないが、僕たちのように魔法が使えない子どもにとっては、触れれば壊れる景色でしかない。


 その暗闇から、星の粒が落ちてくる。暗闇の中で星が流れているのかと思えば、どうやら、聞きに来た全員に、光る金平糖が与えられているようだ。


 それは僕やトーリス、ムーテの目の前にもふわふわと舞いながらやってきて、そっと両手で包み込むと手のひらに落ちた。不思議そうなトーリの手も、金平糖に伸ばしてやる。




 ――直後、横向きの笛による演奏が始まる。音色がゆったりとしていて、眠くなってくる。


「……下手くそ」


 すごい小声で、ムーテがそう呟いた。僕はぎょっとしたが、トーリも、うんうんと頷いている。


「我らが唯一神たる主神マナにより、この星が生みだされて一〇〇〇年が経った、七年前のあの日。魔法は全員に等しく与えられました」


 銀の横笛を吹きながら話すのも、魔法なんだろうか。二人は下手だと言うが、上手いか下手かも、僕にはよく分からない。


「このとき、主神によって生み出されたクレセリアは、魔族だけでなく、人間も見境なく蹂躙しました。――世界の人数が半分になるまでという、あまりにも恐ろしい期限を定めて」


 音色が不安になってくる。この音楽は、そわそわして好きじゃない。てか、世界の人数を半分って怖すぎ。


「クレセリアは、ここヘントセレナに降り立ち、まるで、柔らかい土を踏みつけてならすように、我々を蹂躙しました」


 はっ、と、ムーテがせせら笑う。馬鹿にするほど悪くないと思うけど……。


「そんなある日、勇者ミーザス様は、現れ――」


 と、ムーテが鞄から何か細長いものを取り出して、かちゃかちゃと組み立て、横に持ち、顔の高さまであげる。



 ――トー……。



 横笛の音だ。ムーテが鳴らしたその音は、たったの一音で、場の空気を支配した。


「――ミーザス様は現れ、まず我々に、地下にこもって一ヶ月は暮らせるほどの食料を与えてくださいました」


 無視して続けようとするお姉さんの演奏に合わせ、合わさせ、音を、のみこんでいく――。


「ナンダコレェ……」


「ムーテのフルートしか記憶に残らなそうだな」


 あの横笛は、フルートというらしい。暗くてよく見えない。


「我々は元々、寒さを凌ぐために、地下で暮らしておりました。クレセリアといえども、地下に隠れられてしまっては、そう簡単に蹂躙などできません」


 ――トートロロータラッターターララー!


 ふざけているのかと思うくらいに、ムーテの音はおどろおどろしく広がり、本来の音楽をかき消す。紙芝居のお姉さんはついに、フルートを置いた。


「勇者ミーザスはその命をもって、クレセリアの脅威を跳ね返し――」


 紙芝居そっちのけで、音楽に聞き入ってしまい、


「――こうして、勇者ミーザス様により、クレセリアの脅威は去り、それを祝して我々は、強さを込めた色彩豊かな街を創り上げております」


 気づいたら、終わっていた。


 紙芝居のお姉さんは、両手から色とりどりのシャボン玉を出す。シャボンはふわふわと漂い、様々な色にきらめく。


「此度の上演を盛り上げてくれた彼女に、拍手を!」


 拍手喝采とともに、闇は割れて、明るい空と、真っ黒な石造りの街が現れる。



 ムーテは拍手に一礼を返すとフルートをまた、解体して――その場で手入れを始めた。フルートは、銀色の枝のような見た目をしていた。



「誰かさんみたいだ……」


「ははっ、確かに。ルジと一緒だな」


 あ、トーリがちょっと笑ってくれた。すごく嬉しい。


 ルジも箜篌の演奏後には必ず、手入れしている。なんでも、五種類の筆を使い分けているとかなんとか。


「あなた、すごいわね!まだ小さいのに」


 お姉さんが話しかけてきた。


「あなたが下手くそなだけでしょ。フルートがつまらないって嘆いてる。――そんないい楽器持ってるのに、あんなのしか弾けないの?」


 が、目線も上げず、フルートを磨きながら答えるムーテは無表情だ。厳しすぎない?


「ちょっと。そ、それでもあたしは、演奏と朗読を同時に行う魔法で、ここまでやってきたんだから」


「確かに、もの珍しさはある。初めて見た人は驚くかもね。でも、その程度。もう一度、あなたの紙芝居を見たいとは思わない」


 その瞳は、いつか僕が誤って食べてしまった、マンチニールによく似ていて――。


「グサッ。めちゃくちゃはっきり言うじゃん、この子……」


「――僕は、お姉さんの紙芝居、もう一回見たいけどね」


 落ち込んでいるお姉さんを励ましたかったからというのもあるが、単純に、ムーテの演奏に邪魔されて聞きそびれたからというのが大きい。


 それに、まともに聞いていた最初の部分だけで決めつけるのはよくないだろうし、僕自身は別に、下手とは思わなかったから。


「まあ、ムーテほどの才能はないにしても、伸びしろはあるんじゃないか」


「この子もはっきり言うなあー……。でも、がんばるよ。あたし、もっと有名になるから、また三人で聞きに来てね」


「ありがとう、お姉さん。またね」


「ありがとうございました」


 お姉さんに手を振り返す僕と、律儀にお礼を言うトーリス。ムーテは特に何も言うつもりはないらしい。


 お姉さんは、準備を整えたらまた始めるようで、その場に留まる。ムーテは手入れが終わったのか、フルートを鞄にしまって立ち上がる。


 何を考えているのか、表情は抜け落ちたようで、ものすごく静かだ。トーリも何か考え事をしているみたいで、黙り込んでいるし。


 こういうとき、トーリに話しかけても、ああ、とか、ほーんとかへーとかしか返ってこない。この場にルジがいてほしいと、切実に思う。

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