第18話 魔法の不完全さ

「ルジって、魔法が使えないの?」


 ズバッと、核心を突いてきた。まあ、あそこで物理攻撃していたら、そう思うのも無理はない。


「使えるよ。無駄に使わないだけで」


「さっきのは、使いどころだったと思うけどな」


「まあ、咄嗟にね」


「魔法が使えない、八歳以上の人って、見たことある?」


 トーリスとレイノンの様子をうかがえば、ムーテが何を聞きたいかは、ちゃんと分かっているらしい。



 ――魔法は、ほんの七年前に、神から、世界が生まれて千年の節目を祝して与えられたものだ。



 それを魔法降天と呼び、それまで魔法は、三人の「原初の人類」にのみ許されていた。


 魔法降天により、八歳以上の全人類に魔法が与えられ、以来、子どもたちは、八歳の誕生日に魔法が使えるようになった。


「ないなあ」


「そっか。あと、その左目、見えないの?」


「うん、まったく」


「目だと、魔法でも治らないって、本当なんだ」


 ずっと左目を閉じているから、そう思ったのだろうと。魔法降天の後、人々は魔法を治療に活かすことを考え、魔法医学発祥に至る。


 あれから七年――目の傷、切られた髪、割れた爪など、魔法では治せそうにないものが、ちらほらと見つかり始めている。まあ、欠損した四肢は、無事に生えてくるが。


 トーリスも今は見えないことになっているが、本当に見えなくなっていたら、治らなかった。


「それと、二人は、兄弟なの?」


 と思えば、今度はまったく関係のない質問が飛んできた。俺ばかり話していたって仕方ないので、二人に対応を任せることにする。


「……」


 が、トーリスは答えない。なぜなら、こういうときの窓口は、いつもレイノンだから。


「つーん」


 そのレイノンは、いつもなら、誰とでも仲良くするタイプなのだが、珍しく、つーんとしていて、話す気がないらしい。仕方ない。


「トーリス、ムーテと話してやってくれ」


 俺が立ち止まれば、レイノンが止まり、手を繋いでいるトーリスも足を止める。足を止めたトーリスはしばし沈黙し、レイノンの様子を確認してから、反応する。


「双子で、レイノンが先だ。――って、レイノン、どうしたんだ、黙り込んで。いつも、もっとうるさいだろ」


「いやあ。正直さ、ムーテちゃん、聞く前から知ってたでしょ?僕さっき、弟ってはっきり言ったし」


「お、おぉ、何そんなに怒ってるんだ。落ち着けレイノン」


「怒ってないよ」


 かなり珍しい――レイノンがここまで敵意を剥き出しにするのは。先ほどはあんなに、親しみやすく話しかけていたのに。トーリスが気を使うなんて、相当だ。


 まあ、人の好き嫌いが少ないからこそ、ごく狭い、ものすごく嫌なところに触れてしまったんだろうが。理由自体は、先の会話を思えば、想像に容易い。


「ごめんなさい。そうだったね、お義兄さん。まだみんなのことよく知らないから、色々と、知りたいなあと思って」


「ムーテちゃんって回りくどいんだね。聞きたいことがあるなら、はっきり聞いたら?」


「うーん、いまはいやっ」


 にこっとするムーテ、笑顔ながらもいらっとするレイノン、わたわたするトーリス。なんだか、新鮮な感じだ。


「でも、とーりすが顔を見せてくれるなら、私も安心できるかも」


「うーん。今は嫌だ」


「ふっ」


 ムーテとそっくりだったからか、言い返せたような気持ちになったからか、レイノンが嘲けり笑う。バチバチだなぁ……。


「あ、私の家、ここね」


 その家は、緑の壁に、黒い屋根だった。



 ――この家には、トーリスを立ち入らせては、ならない。絶対に。



 瞬時に、そう思った。


「じゃあ、俺たちはこれで――」


「私を助けてくれたお礼もしたいから、上がっていって。そうしないと、お母さんに打たれちゃう」


 早々に立ち去ろうとすると、ムーテは満面の笑みと、不釣り合いな言葉で俺たちを釘付けにした。


 俺はそれでも、無理やり立ち去ろうとするが、


「打たれるって」


 トーリスが尋ねてしまう。しまった。



 笑みを崩さないムーテが袖を捲り上げると、その白い腕には、痛々しい、ムチの跡が、一〇や二〇では済まないほどに刻まれていた。



「仇を受けたなら殺しなさい。恩を受けたなら、一生をかけて返しなさい。――そういう教えなの。まだお母さんには嘘がバレちゃうから。着いてきて、くれるよね?」


 目を瞑っていても、俺たちの反応でそれが真実だと気づいてしまっただろう。


 もう、俺に何を言われても、トーリスが黙って立ち去ることは、できない。

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