第17話 誘拐の理由

「るぅー……」


「ごめん、リア。すぐに直してあげられなくて。ああ、代われるものなら、代わってあげたい」


 リアがお尻を痛そうに、気にして、丸まったり、立ち上がってみたり、そわそわとしている。楽器のこんな使い方、人生で一度たりともしたことはなかったのに。箜篌の姿で見ても、やはり欠けていた。ネコではないので、自然に治ることはない。


 男が持つ杖は、あの場の全員が見ていた。今頃、国に捕らえられていることだろう。


 ブリェミャーの杖を持つだけで犯罪、ということにはならないが、子どもを誘拐、それも過去に殺人まで犯したという説得力には繋がる。


 魔法が使えるのだから、あの程度では死んでいないはずだし、魔法があるのだから、口を割らせる方法など、いくらでもある。


「それで、ルジ。これからどうするんだ?」


「どうしようねっ」


「あははっ、投げやりじゃん!」


 どのみち、逮捕されれば、しばらくは出てこられないだろうし、殺人罪ともなれば、死刑か無期懲役だ。だから、とうもろこしのヒゲのことは、もうどうだっていい。


「てかなんだよ、とうもろこしのヒゲって。あまり人の容姿を悪く言いたくはないが、あんまりすぎるだろ」


「オレは思ったことを言っただけだ。そもそも見えてないから、知らん」


「ひーっひひっひっ、ははっ、ははふはっ!」


 レイノンは一度ツボに入ると、なかなか抜け出せない。まあ、トーリスは目を閉じていたし適当に言ったんだろうが、本当に、とうもろこしのヒゲみたいだったからな……。


 ともあれ喫緊の問題は、目立ちすぎたこと。事情聴取とかで国に呼ばれるのだけは、何としてでも避けたい。――少なくとも、あと半年は。


 ちらと見れば、桃の色をした髪の少女はトーリスから離れ、レイノンに彼の手を譲り渡していた。瞳の黄色は例えるなら、マンチニール――別名、死の小林檎。猛毒のリンゴの色。


 絶えずニコニコとしているが、どうも、心の底から笑っているようには見えず、毒を隠し持っているような印象を受ける。


 それは、トーリスが「殺意」なんて表現をしたからかもしれないし、耳が取れているのに、痛がる素振りも見せず、笑顔だからかもしれない。


 今は右耳があったところにタペの葉――密閉できるシートのようなものを貼りつけている。幸い、血は止まったようだ。


 その血液は先ほどまで虚空――恐らくはとうもろこしの空間収納に集められていたが、無事に捕まってからは、ぼたぼたと流れ始めたので、ひとまず塞いだ。


 根本的な解決にはなっていないが、耳を生やすとなれば、一筋縄ではいかない。現段階では、なんともしようがない。


「とりあえず、ムーテ……って名前は、本名でいいのかな」


「うんうん」


 ムーテが首を一生懸命、縦に振ると、肩の辺りで揃えられた柔らかい髪の毛がぴょこぴょこ跳ねる。丸い片耳が、見え隠れした。


「ムーテはどうしてあの男に捕まってたのかな?」


「捕まりに行ったの、殺したかったから」


 ムーテの無邪気な笑顔に、トーリスがびくっと震え、レイノンの笑いが収まる。俺が育てたとは思えないくらい、正常な反応だ。


「あの男は、誰を殺したの?」


「私のお父さん。お父さんはね、ブリェミャーの杖で心臓を刺されて死んだんだって。――あれ。まあいっか。とにかく、耳の代わりにあいつをこの世から排除できた。ありがとう、ルジ」


 リアもありがとうと言って微笑みかけると、リアは、


「ラーウ」


 ――耳以上に怪我がなくてよかったわ、と返していた。


「……ルジ。リアはラーラー言ってるだけだからな。何か言ってたら、翻訳してくれよ」


「あ、そうだった」


 トーリスが言ってくれなかったら、つい、リアの言葉は全員が分かるものだとして、話を進めてしまうところだった。


 俺にもラーしか聞こえないが、些細な雰囲気の違いで言いたいことは何となく分かる。長い付き合いだからな。


「リアがムーテに、耳以外に怪我がなくてよかったわ、って言ってるよ。まあ、耳も相当な怪我だけどね」


「ラ」


「あと、俺にめちゃくちゃ怒ってる……」


 仕方ない。あれ以外の方法が思いつかなかったのだから。別にグーパンでいい、と言われればそうだが、一撃で確実に仕留めることを考えたら最適解だったろう。まあまあ強そうだったし。やっと機嫌が直ったと思ったのに。


「このネコちゃん、ハープなの?」


「ハープじゃなくて、箜篌って言うんだ。あ、もしかして、何か、楽器とかやってる?」


「ニコニコ」


 あ、答えてくれなさそう。


「ムーテの家って、こっちの道で合ってるかな?」


「うん」


 ニコニコしている。かといって、はしゃぐわけでも、辺りを見回すでもなく、大人しく家に向かっているみたいだ。


「私も、色々聞いていい?」


「ああ、ごめんね、質問攻めにして。どうぞどうぞ」


「ルジって、魔法が使えないの?」

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